命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
釣った魚にこそ、餌をやれ!(1)
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     釣った魚に餌をやらないという男性は、クリスチャンにもいるようで、私は怒り心頭であります。「キリストが教会のためにご自身をささげられたように」という聖書の模範に反するどころか、それじゃあ、正反対でしょーが!これは、言語道断の悪行三昧であります。私としては非難ごうごうマッハゴーゴーゴーであります。(何のこっちゃ?)

     そこで、既婚者クリスチャン男性に、申し上げたいのです。釣った魚だからこそ、餌をやるのであります。餌で釣っておいて、釣ってから餌をやらないのは、男として卑怯千万、かっこ悪いです。やはり男としての理想は、餌がなくても、魚が釣られたがって群がってきて、逆に釣った後には餌をやる男であります。これめちゃめちゃ、カッコいいですがなー。そんな男、まずいないけどなー。

     結婚は成立後が勝負であります。どんな女性と結婚するか?より大切なのは、結婚した後、どんな女性に育てるか?(実際には相互成長)であります。そのためには、餌を惜しんではなりません。結婚とは、釣ってから、魚に餌を与えて育てる世界であります。妻が成長しないのは夫の責任です。特に結婚後に劣化していくのは、多くの場合、夫側に原因があるようですぞ。釣ってから餌を与えないと、「素敵な女性」も、いつの間か、「不敵な女性」に・・・。

     今日は、釣ってから餌を与えないと妻がどう変貌していくか?夫はどうなるか?を記してみましょう。

    釣ってから餌を与えないと、妻は愛情不足になります。
    そうなればストレスが高くなり、不機嫌になります。
    夫にとってキツい妻になります。

    愛情をもてないので、家事も手抜きになります。
    美容にも悪いので、容姿が急速に劣化します。
    愛情不足とストレス解消から食欲に走ります。
    体重が急速に増加します。これら容姿の激変は夫としてはキツイです。

    そんな妻を避けたくなり、夫の帰宅が遅くなります。
    そうなると夫に強い浮気心が芽生えてきます。

    餌を与えないセコイ夫を妻は尊敬できません。
    そのために、夫を見下し始めます。

    夫のプライドを傷つける言動を平気でするようになります。
    子どもの前で、夫の不在時に夫の悪口を言うようになります。
    両親夫婦を見て育ったは結婚に失望し、晩婚、非婚傾向になります。

    夫が尊敬できない妻は、夫に見切りをつけて子どもに入れ込みます。
    息子に夫の代理機能させ、母子密着となり息子が自立できなくなります。

    愛情実感がなければ、妻は結婚継続を苦痛と感じます。
    お金と子どもの父親であることの二点だけで結婚を継続します。
    夫が退職し、子どもが自立すれば、当然、訪れるのは熟年離婚の危機であります。

    餌をもらえないと妻は、愛情実感がなく、孤独を覚えます。
    そのため、最悪の場合は妻が不倫に走ります。
    かくして、結婚と家庭は、破綻の危機を迎えます。

     
     こうして列挙してみると、釣った魚に餌を与えないと、ロクなことがありません。妻がキツイ女に変貌していくのも、加齢以上に醜く肥っていくのも、息子が一向に自立できないのも、娘がいつまでお結婚したがらないのも、元をただせば、釣った魚に餌をやらない夫に責任があるのかもしれませんぞ。

     悪い事は申しません。幸せな結婚生活平和な家庭子どもたちの健全な成長を願うのでしたら、既婚者男性の皆さん!釣った魚にこそ、餌を与えましょう!
    | ヤンキー牧師 | 夫の課題と成長 | 14:50 | - | - | - |
    クリスチャン夫への手紙第一「夫たちよ。みのさんの後悔に学びなさい」
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       クリスチャン夫への手紙第一

      1.テレビワイドショー視聴者から、日本の教会に集う夫たちへ。

      2.夫たちよ。みのもんたの後悔に学びなさい。ギネス級の多忙司会者、その活躍も素晴らしい伴侶あってのことではありませんか。

      3.昨日の報道されたみのさんの言葉を思い出しなさい。

       「結婚、40年過ぎて家に帰るのが楽しくなった。」

       「 素晴らしい伴侶だったのに気がつくのが遅すぎた。」

       「心の中でいつも思っていた『ありがとう』、生きている間に言えなかった。

       「病気のことは、もう少し早く気がついていれば・・・。」

      4.あなた方は、こうした後悔、失敗をしないように、神様に召されているのですから、召しにふさわしく歩もうではありませんか。長時間労働、多忙と疲労の中にあっても、そのように励みましょう。

      5.夫たちよ、妻が生きている間、日々の生活の中で、神が与え給た妻を愛し、妻との交わりを喜び、感謝を示し、 弱い器である妻を覚えて配慮しなさい。それこそ、キリストが教会のためにご自身をささげられた愛の実行です。

      6.結婚の恵みを与えられた神の助けが、クリスチャン夫たちの上に豊かにありますように。
       
      | | 夫の課題と成長 | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
      脱「棚上げの祈り」
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         先日ある方から「夫への伝道の決め手」と題したレポートをメールでいただきました。その教会ではここ3年ほど、先に救われ妻たちが夫のために祈ってきたそうです。そして、祈りの第一目標は・・・・。

         「救われた妻たちの夫に対する態度が変えられるように」という祈り。


         真心を持って自分の夫に仕え、喜んで従う者になれるように。また、「たとい、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって、神のものとされるようになる」(?ペテロ3:1)が成就するように祈ってきたとのこと。その結果、夫たちの態度に変化が見られたとの証しが多く出てきたとのこと。

         夫の伝道のための祈りは、「夫が救われますように」「夫が変えられますように」ではなく、自分が?ペテロ3:1の言葉に生きられるようにとの祈りであるはず。

         同じく、子どもへの信仰継承の祈りは、「子どもが救われますように」ではなく、自分がエペソ6:4の言葉に生きられますように。つまり、自分が、子どもを怒らせず(人格尊重)、(親ではなく)主の教育と訓戒によって育てる者でありますようにとの祈りであるはず。

         いつも他者の変化を祈る前に、なすべきことがあるはず。それは、まず祈り手である自らその件に言及している聖書の言葉に従うための祈りをささげるべき。夫に仕える気も従う気もない妻の祈り、子どもを自分のものであるかのように、聖書とは異なる親の方針で育てる親の祈りは、神様にどのように届くでしょう。夫や子どもたちの目には、そうした妻や親の姿はどう映るでしょう。そのようにして、最短距離である?ぺテロ3:1やエペソ6:4の実行を避けて、わざわざ遠回りの祈りをしているということがないでしょうか?

         そう、私たち罪人は、こっけいなまでに自らが聖書の言葉に従うことを祈らずに、他者が変えられることばかり祈っているものです。多くのクリスチャンは、他者の救いや変化を願う祈りについては、絶望的なまでに、的をはずしているのかも。神様は「おい、おい自分のこと棚に上げるなよ」「まず、お前が変えられろよ」と呆れておられるかも。夫や子どもなど、祈りの対象となっている人物からも、同様に呆れられていることも。

         このメールは、私にとっては、神様や未信者の視点から、自らを含めたクリスチャンの自己矛盾や愚かさを客観視させるものとなりました。私自身も、他人事でなく、思い当たることが多々あり、悔改めるばかり。

         夫や妻の救い、子どもの信仰継承を切に願う者が、検討すべきことの一つは、自らが問われることなき「棚上げの祈り」を脱することかも。今日からでも、第一に祈るべき内容を変えてみては?誰かの救いや変化から、自らのみことばへの従順へと。

         
        | | 夫の課題と成長 | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
        サドルバックの牧師に学ぶ女性理解
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           今日は名古屋でもたれた災害カウンセリングセミナーに出席。実に有意義なセミナーでありました。また、昼食時の支援団体の活動報告や情報交流は有意義という言葉ももどかしいほどで、是非次の機会をとお願いしたい程。

           このセミナー本来の目的は別な面で興味深い記事を書いてみます。講師のボブ・ベイカー牧師(米国サドルバック教会、牧会ケア担当牧師)は、大変ユーモラスな方でもありました。次のお話しには、夫、男性というものの本質と女性理解の困難さを改めて教えられました。

           ベイカー先生が結婚生活がうまく行かず苦しんでいた時、何かをプレゼントして、夫婦関係を好転させようと考えました。そして、「これだ!」とあるプレゼントを思いついたのです。きっと、神様からのインスピレーションだと勝手に信じたベイカー先生は、車を30キロも走らせて、あるプレゼントを買って、妻にプレゼント。

           ところが、妻は一瞥して、何の反応もなし。ベイカー先生は「こんなにまでしたのに、喜びもしない何て自己中な女なんだ!」とお怒りだったとか。

           さて、皆さん、ベイカー先生が妻に贈ったプレゼントは何だったと思います。
          それは何と・・・・・

           電子計算機

           家計簿をつけて、計算に苦労している妻を見て、これなら喜んでくれるはず、自分の愛が伝わるはずと確信し、これぞ神様からのインスピレーションだと思い込んでいたのだそうです。

           会衆の中で、このエピソードに、笑い声を上げたのは、女性ばかり。男性は大なり小なり身に覚えがあるのでしょう。あるいは、何がいけないのかもわからないのでしょうか?笑い声が聞こえませんでした。

           このはずし方はすごいです。でも、これが男性です。ここまで女心が分からないのです。男性が考え、感じるように女性は考えたり感じたりしません。この当たり前のことが分からないのです。私もかつてはこれに近いレベルで、未だにその名残りだらけです。

           ベイカー先生は仰いました。自分はサドルバック教会の牧会ケア担当牧師で精神分析の専門家だが、女性の心だけは、分からないと。こんな立派な牧師で専門家でも分からないのだから、自分が分からないのは仕方ないと、「おい、そっちかい!」の合理化をしてしまった私であります。

           少し前の記事で歴史上最も女心が分かった男性はイエス様だろうと記しました。
          http://blog.chiisana.org/?eid=1407767

           この面において、自分も含めて、「いかに自らがキリストに似ていないか?」を突きつけられるような気分であります。自分を振り返っても、家事代行、肩もみ、家族サービスなど、どれだけ、「電子計算機」をプレゼントしては、はずしまくってきたことか・・・。はずれていると指摘されても、理解できなかったことか・・・。

           実際、妻を愛そうと願う堅物のクリスチャン男性こそ、こういう状態にはまりがちなものです。失礼ながら現段階において、電子計算機状態にある既婚者男性の皆様におかれましては、この記事が自覚症状と治療意欲を起こさせることを願っております。

          | | 夫の課題と成長 | 08:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
          歴史上最も女心の分かる男は誰?
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             我が家の家族構成は女性二人に男性一人。そして、二人の女性から「女心が分からない」とのお叱りを受けることもしばしばの私であります。そこで考えました。

             人類史上で最も女心が分かる男性は誰か

             歴史に名を残すプレーボーイであるドン・ファンか?はたまた、新宿歌舞伎町のナンバーワン・ホストか?いいや、こういうのは女心を理解して受け止めているか疑問。それならば、女性の悩みを聞いてきた売れっ子男性占い師か?女性の深い悩みを受け止めてきた神父様や駆け込み寺の和尚さんが、そうなのかも。

             しかし、私の結論は単純明快。「人類史上で最も女心が分かる男性は誰か?」

            迷うことなくイエス・キリストであります。

             日陰の女、演歌の女、恋愛依存症で結婚不適応者?であるサマリヤの女!彼女の深い愛の渇きを理解し、正しいニーズに応答し、渇くことなき愛の世界に導いたわけです。これはきれい事ではないかなり生々しい女の情念という部分もあるでしょうに・・・。

             生々しいと言えば、長血の女婦人科系の病気ですから羞恥心いっぱい。さらには宗教的汚れと結び付けられての被差別と社会的孤立。そんな彼女に対して、衣に触れば癒されるとの異教的方法にもかかわらず、その信仰を褒め称えたイエス様。

             さらには、病気のわが子の癒しを願って、多くの母親がイエス様のもとを訪ねました。イエス様はきっとわが子の病をわが事以上に受け止める母の心を理解しておられたのでしょう。

             これらの聖書記事には深い信仰的真理があるのでしょうが、私のような俗物は、「イエス様って女心が分かる方だよなー」とおかしな角度で感心してしまうわけです。

             ある牧師がおっしゃいました。「女はバカだと言う男は本物のバカだ」と。私もその通りだと思います。過去の自分は正真正銘のバカだったと後悔しています。

             そうかんがえると、「女心の分かる男こそ、最高の男」ということになるのであります。(おい、力づくの展開だな!)そこで、やはり、イエス・キリストは男の中の男。男性にとっての最高のモデルだと確信するに至るのであります。

             これは結構マジなのですが、男性にとって「キリストに似る」ことの一つは、女心が分かるようになることだろうと、ここ20年ほどは考えている私なのです。「キリストにならいて」の一部門は「女性心理理解」というわけです。よく考えてみるとものすごい下世話な聖化論なのでしょうが、サマリヤの女、長血の女、子どもの癒しを願う母たちの思いを受け止めたキリストを思うなら、意外とこの下世話な聖化論も聖書的かも?

             男性読者の皆さんには、不謹慎な暴論と即決されず、ご検討いただければ感謝。


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            | | 夫の課題と成長 | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
            妻より低収入の夫、浮気率は5倍
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               先日、妻がタイトルのような内容のサイトをyahooのトップページに発見。

               http://netallica.yahoo.co.jp/collect/mark/140220

               アメリカの大学の調査によれば、高収入の男性が浮気をするかと言えばさにあらず。妻やパートナーより夫が低収入の場合、浮気率が5倍にもなるのだとか。最も浮気をしやすいのはどうも、女性パートナーに対して劣等意識を持つ男性、表現を変えると男性のプライドを保てなくなった男性のようですよ。

               私は夫が浮気への強い衝動を受けるのは次の三つの場合だと思います。
              (1)妻が夫の性的要求を拒否する場合 
               リアルにこれは危険です。聖書の?コリント7:3はこうした正しいニーズを満たすように、また満たさぬ場合の危険性を明記しています。

              (2)夫が妻に対して劣等意識を持つ場合
               妻が夫より収入、社会的地位、知名度、能力、周囲の評価、などが高い場合は、危険度は上昇。ただし、妻が夫を十分尊敬し、評価しているなら、そして夫に伝わっていれば大丈夫そう。つまり現実に社会的な評価で劣っていても、劣等意識にならなければ安全。夫が最も褒められたいのは妻から。そして、妻からの尊敬や賞賛は「最高の浮気防止薬」です。

              (3)夫が妻から軽蔑されている、見下されていると感じた場合
               事実、軽蔑していたり、見下しているなら、これはもう妻が夫に「浮気を誘導している」ようなものだと私は思います。もちろん、悪いのは浮気する夫ですが、そうそむけているのに気がつかない妻もあまりに愚かです。
               たとい、軽蔑・見下していなくても、「そう感じさせる」言動は気をつけましょう。これは、なかなか女性には分からないもの。何がそれに相当するかは「愛されたい妻・尊敬されたい夫」を読んで勉強しましょう。この書物は、妻にとっての浮気防止対策バイブルのようなもの?とも言えそう。

              愛されたい妻・尊敬されたい夫」の詳細はこちらを参照下さい。(一部を読むことができます)

              http://www.ffj.gr.jp/new/books03.htm
              | | 夫の課題と成長 | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
              夫への敬意伝達は最高の浮気環境対策じゃ!
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                 本ブログの記事はよく小グループやセル、女性の交わりなどで題材にしていただいているようで感謝。今日の記事は、結婚年数の浅い既婚者クリスチャン女性の交わりには最適でしょう。

                 夫が浮気する理由は多々あれど、真面目な男性が浮気をしてしまう最大の原因は妻からの尊敬を受けていないと感じている場合だろうと思われます。妻から「見下されている」「ばかにされている」「軽蔑されている」と感じている心理的環境は、いわば「浮気誘発環境」であります。女性には想像しがたいことでしょうが、真面目な男性は決してスケベだけで浮気はしないもの。妻からの拒絶感、疎外感などがベースにあるもの。その最たるものが、妻からの敬意が実感できない心理状態なのです。

                 多くの日本の男性は家庭では尊敬されにくい要素が多いもの。妻から尊敬の言葉や態度を受け取ることはあまりなく、その反対の言葉や反応を受けることがしばしば。

                 しかし、「昼間のパパは男だぜ」になる男性が多いのです。家庭では今ひとつでも、職場の女性からは信頼されたり、尊敬されたり、評価を受けていたり・・・・。

                 家庭では妻から軽蔑をされており、職場では周囲の女性に敬意を持たれているとしたら・・・。この落差が大きいほど、あぶないですね。普段は特別魅力を覚えないような女性でも男性は行ってしまいかねません。それ程、妻からの敬意を実感できない心理状態は危険なのです。

                 「愛されたい妻、尊敬されたい夫」には浮気夫の証言が。自分の罪と責任を認めながらも、そのクリスチャン男性が語った正直な思いは「妻からは実感できなかった敬意や評価をしてくれる女性だったから」というもの。

                 もちろん浮気をする男性に責任はあります。しかし、こうした男性心理をご理解いただき、夫の浮気環境対策としていただきたいもの。これは単に男の身勝手やわがままな要求ではないことを、同著は示してくれているように思います。
                | | 夫の課題と成長 | 13:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                尊敬されないと愛するのがキツい夫たち
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                   続いて「愛されたい妻、尊敬されたい夫」から。昨日、同著を紹介したら関係者からお礼のメールが。何でも2ヶ月で初版を売りつくし、既に第二刷だそうで。この書物は、間違いなくロングセラーになると私は予想しています。将来はスタンダード、定番と言われるような評価を与えられるかもしれません。それ程、普遍的で聖書的、さらに結婚関係に変化をもたらす現実的な力ある書物だと思います。

                   日本の夫婦の場合、あくまで私見ですが、どちらかと言えば夫の側に未熟さや問題の原因が多いケースが目立ちます。本ブログの記事も「女性に甘く、男性に厳しい」との声を男性ではなく女性読者からいただくことも。

                   この著書の中には「結婚セミナー、また、夫が叱られるかと思っていたら違っていた」との受講者の感想があります。男性の自己理解に大変役立ちます。「己を知り、妻を知る」ような極意もあるように思います。いかに夫である自分が妻からの尊敬を願っているかが自覚できます。

                   私も自分自身を振り返り、妻を愛することに最も困難を感じるケースを思い起こすと、やはり「妻に尊敬されていない」「妻に侮辱された」と感じた時です。実際に尊敬されず、侮辱されているのではありません。「そう感じてしまった」時であります。

                   そう感じてしまうと、妻の話を聞くことを避けたり、妻と向き合うことから逃げたくなるものです。そうした態度は当然愛を求める妻に怒りを引き起こします。大なり小なりこの悪循環をほとんどの夫婦は経験するのでは?私自身もクリスチャンで聖書の指針がなければ、結婚全体がこの悪循環に巻き込まれ、破綻をするか、悲惨な結婚生活を継続していたでしょう。

                   こうした場合は、妻たちは「一方的に夫が悪い」と信じていますが、夫の側にはそれなりの言い分もあるわけです。神様の視点から見れば、「夫に尊敬されていないと感じさせた妻の責任」と「尊敬されていないと感じたことを理由に、妻を愛する努力をしない夫の責任」の両者があるのでしょう。

                   「夫が愛してくれない」とご不満の既婚者女性の皆さん、夫を尊敬していますか?その尊敬心を言葉と態度で示していますか?それは夫に伝わっているでしょうか?

                   逆に、夫が「尊敬されていない」「見下された」「軽蔑された」と感じるような言動をしていないでしょうか?「そんな覚えはない」とおっしゃる方こそ、本書をお読みいただきたいです。「夫は、妻のどんな言動を侮辱と感じるか?」を知っていただきたいからです。ここに深い真の男性理解があります。そして、そこから妻が変るのです。夫婦が変るのです。

                   聖書は命じます。「あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻も自分の夫を敬いなさい。」(エペソ5:33)

                   これは神様が夫婦を祝福に導こうと願っての切実な命令だと思います。この命令への従順と不従順が結婚を決定付けるのでしょう。ご自分がクリスチャンだから、自分たちがクリスチャン夫婦だから、自動的に結婚が祝されるのではありません。ご聖霊の助けをいただき信仰の交わりに支えられながら、こうした命令に従う夫婦が祝福されるのです。

                   妻である読者の皆さんは、「夫が愛してくれない」と夫がこの命令に従うことを願う前に、まず、ご自分が「夫を敬いなさい」との命令に従うことでしょう。結婚は相手がみことばに従うのをまっていたら、一生平行線、死ぬまで、成長も変革も望みえません。自分がみことばに従い、自分が成長し変えられるとき、自らが発信源と成り夫婦関係に変革がもたらされます。

                   「妻の夫への尊敬とその表現や実行」、それが発火点となり、再生する結婚、祝福へV字回復する夫婦関係は少なくないだろうと私は予想します。同著を読みましょう。そして書かれている事を実行しましょう。それは、エペソ5:33に従う具体的な歩みであり、祝福の約束を伴うものですから!
                  | | 夫の課題と成長 | 09:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                  初心者クリスチャン夫育てのコツ?
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                     最近、一人のクリスチャン既婚者女性にお会いしました。未信者であった彼氏を救いに導いての結婚から約三年が経過。初心者クリスチャンの夫一定の信仰生活送ってきた妻の関係ですから、少し心配もあって「どうですか?」と尋ねてみました。返ってきた彼女の答は、驚くやらうれしいやら。

                     「私が10年かけた成長を彼は三年で成し遂げました。今では、信仰面では彼の方が先に行っています」

                     何と頼もしいクリスチャン夫でしょう!しかし、ここまで夫が成長したのは妻の賢さによるのだろうと思い、夫成長のコツを尋ねてみました。

                     その答えを要約すれば・・・・「責めずに成長を期待し、忍耐祈ること」だとか。

                     これは多くのクリスチャン妻たちが最も苦手とすることです。それを、この女性は見事に成し遂げてきたようです。夫を責めることは成長にとっては逆効果、それは、自然にする成長さえ阻害しかねません。忍耐し祈れば夫が成長するとは思えない現実もあるでしょう。本当に信仰が試されます。

                     愛は相手の悪を思いませんから、悪と判断はしても簡単には責めません。責めずに愛をもって改善に導こうとするでしょう。愛は寛容ですから、相手の欠点や課題についてすぐに怒ったりはしません。愛はすべてを耐え忍びますから、忍耐して祈ります。愛はすべてを期待しますから、失望せず夫の信仰的成長を願い続けます。

                     そう考えますとこのクリスチャン妻の夫への愛がいかに聖書的な愛であるかが分かります。

                     妻の側ばかりにチャレンジしてしまうようで恐縮なのですが、やはり「責めずに、成長を期待して忍耐もって祈る」のが、王道。基本中の基本だと思うのです。同時にそれは、至難の業。責めてはいけないむしろマイナスだと知りながら責めてしまう妻たちの苦悩、次には責めてしまった自分を責め続ける妻たちも少なくありません。

                     妻が夫を聖書的な愛で愛することは、至難の業、しかし、やはり王道。日々チャレンジし続けるべき世界ではないでしょうか?
                    | | 夫の課題と成長 | 11:45 | comments(0) | trackbacks(0) | - |
                    よき夫よき父よき人>世界一の○○
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                       タイガーウッズが、来年度のツアーについて無期限の出場自粛だとか発表された声明によれば理由は「よき夫、よき父、よき人になるため」とか。日本のメディアやゴルフ関係者からは「残念」「そこまでする必要はない」「ゴルフをしないウッズなんて」などの声も。きっと本国アメリカ市民の声は大きく異なることでしょう。

                       もちろん、「子どもを失いたくないから」、「離婚して多額の慰謝料を払いたくないから」などの理由も予想されますから、冒頭の発言を真に受けてはならないのでしょう。

                       しかし、発言自体は正しいかな?と思う私です。たとえ、ある分野で世界一になっても、よき家庭人でなければ、神様はそれを喜ばれるでしょうか?「世界一のゴルファーで愛人二桁夫」と「生活も厳しい三流プロゴルファーでよき家庭人」のどちらを神様は喜ばれるでしょうか?

                       日本の文化は家庭を犠牲にしてでも職業や使命で一流を極めることを美徳とするところがあります。その文化が聖書の教理や優先順位を超えて、教会の文化、クリスチャンのあり方になりやすいのも事実。家庭を犠牲にすることが献身度の指標や自己満足度向上になったりすることも。

                       逆に言えば、一流の政治家、芸能人、スポーツ選手であれば、愛人の存在や不倫程度は許容されかねないのが日本の社会。これは「滅私奉公」の拡大代解釈か?それとも間違った適用か?「」である家庭を「滅ぼし」てでも、「公の世界」で「奉仕し」貢献することをよしとする価値観は、日本社会の根底に歴史的を通じて今も流れているのでは?

                       「自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会の世話をすることができるでしょう」と第一テモテ3章は、監督職の適正基準として明確に家庭人としての実績を挙げています。直接的には監督であり今日の牧師等のリーダーを対象としているのでしょうが、同じ優先順位はすべての男性クリスチャンに当てはまると解釈できるでしょう。

                      よき夫、よき父、よき人>世界一の○○」

                       ○○の箇所が、プロゴルファーであろうが、政治家であろうが、実業家であろうが、はたまた牧師、宣教師、クリスチャン男性であろうが、これは「公式」ですから、神様の前には、この不等号は不変逆転することはないと思うのですが、どうでしょうか?
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