命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
婚活クリスチャン女子のための十戒(2)「あなたには、わたしの時のほかに時があってはならない」
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     本日は第二戒です。

    「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
     あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
     あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない



     第二戒は、第一戒は結婚相手の導きについての戒めで、結婚時期の導きについての戒めなのです。分かりやすく言い換えるなら、「したくなったら、しよう」「したいと思える人と出会ったらしよう」という考えはやめたほうがいいということです。


     理由は簡単です。「したくなった時=最善の時」とは限らないからです。確かに神様は人の心に働きかけ、みこころにかなった思いをお与えになる方ですから、結婚をしたいと願った時が、「神様の時」である場合も多くあるでしょう。あるいは、御心に従って召された職業や使命に専念する中、結婚する思いが与えられず、職業人として一人前になれた頃に結婚を考える気になることもあるでしょう。多くの場合、そこにも結婚時期についての神様の導きはあると思うのです。それを、神様の時でない自己都合や肉的判断だとは申しません。

     また、神様は出会いを導かれますから、「したいと思える人に出会った時」が「神様の時」である場合も大いにあるでしょう。ですから、何も私は「したくなった時=神様がお考えの最善の時」を全否定しているのではありません。あくまで、「そうとは限らないからそういう考え方については再検討を」と呼びかけているわけです。

     では、なぜ、再検討が必要なのでしょう。それは「したくなったら、しよう」「したいと思える人と出会ったらしよう。」との発想が、神様の時より自分の時を優先することになりかねないからです。場合によっては、神様の導きより、自分の気分や都合を優先しかねません。自分の思いや気持ちを優先するあまり、神様からの導きによるタイミングを逃してしまうこともなきにしもあらずなのです。


     そもそもクリスチャンにとって結婚は「したいからする」「したくないからしない」ではないでしょう。「神様が自分を結婚に召してられるかどうか?」の問題です。つまり人間側の思いでなく神様の召しの問題です。いろいろな見解がありますが、人生を一人で生きることに孤独を感じて結婚を願う人は、独身の賜物も与えられておらず、独身に召されておらず、原則としては、結婚に召されていると私は考えています。

     ですから、「したくなくても、召されているなら、いつでも召しに応える準備を」と願うのです。実際に、20代の時にチャンスがあったけど、その時は結婚する気がなかった。あの時しておけばと今になって後悔している。」と語る30代クリスチャン女性は少なくありません。「是非ともと思う相手でなかったので、見送った。それ以来、彼以上の男性と出会えていない、あの人にしておけばよかったのかも」のようなお話しもよく聞きます。

     大抵は20代で結婚願望が弱かったり、相手選びでは強気であった女性が、30代に入って、結婚願望が本気モードになった時には、強気でいられない厳しい現実を突きつけられるわけです。本気モードになった頃には、結婚したいと思える年上と同年代のクリスチャン男性は、既に結婚していることが多いのです。したくなった時には手遅れとは言いませんが、かなりのハンデレースは覚悟しなくてはなりません。

     
     ですから、私のお勧めは、20代後半になったら、「婚活本気モード」に入ることです。受験勉強同様、早く始めた者が有利で、早めの本気モード突入が勝利の秘訣なのかもしれません。

     とは言え、なかなか本気になれない現実もあるでしょうから、本気になれなくても、自分が結婚に召されていると考えるなら、「いつ、招待状が来ても心の準備はできています」モードにはしておきましょう。使命や奉仕などとの関連もあるでしょうから「結婚、いつしよう」と考えるのは当然です。でも、その一方で「結婚に召されているのだから、神様の時ならいつでも」という思いを持ってみてはどうでしょう?

     結婚は、人間側の内側らの思いが大きなきっかけになります。しかし、結婚へと導き、召しておられるのは神様です。結婚したくないけど導かれる時もあれば、したくてたまらなくても、神が留められる時もあります。神様は必ずしも私たちの都合や思いに合わせて、働かれるとは限りません。神様の導きですから、主役は神様であって人間側ではないのです。しかし、神様は私たちの最善を願って導かれる愛なる神様なのです。だから、神様の時を信頼しましょう。

     結婚のタイミングにあっても神様が導き手であって、人間がそれに従っていくのです。それが最善のタイミングなのです。結婚時期についても、「神様の時を見逃さない」「いたずらに延期しない」ことが大切です。逆に「神様の時を待つ」「焦って、勇み足をしない」という忍耐が問われることもあるでしょう。


    親孝行について日本では古来からこんな諺があります。

    親孝行、したい時には、親はなし

    婚活クリスチャン女子の皆さんには、こんな諺を送ります。

    結婚を、したい時には、チャンスなし」 


     親孝行であれ、結婚であれ「できるようになったらしよう」という発想は、「永遠にできなくなる危険性」を孕んでいるのです。「いつかしよう」との姿勢は、「やがて対象者が不在となる」というリスクと背中合わせなのです。

     結婚を願いながら、「したくなったら」「いい人がいたら」と考えているクリスチャン女性は、この現実をしっかりと認識していただきたいのです。なぜなら、この手の認識不足から、チャンスを逃し、後悔しているクリスチャン女性を山ほど見てきたからです。

     むしろ、20代の後半になったら、「あまりしたくなくても、神様の召しなら」とか「そんなにいい人でなくても、導きなら」という姿勢であって欲しいと願っています。それは、決して「不信仰な妥協」ではなく、「神様の導きへの信頼」でありましょう。また、「人に褒められ、自分も満足できる相手」と考えている女性にとっては、「肉的プライドの破たんによる神中心への転換」だと思うのです。


     では、改めて、第二戒です。

    「あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない」

     結婚の相手だけでなく「時」についても、神様優先で歩みたいですね。
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 21:34 | - | - | - |
    婚活クリスチャン女子のための十戒(1)「あなたには、わたしの導きのほかに赤い糸があってはならない」
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       予告通り、「十戒」の始まりです。何度か、別テーマをはさみながら、連載します。では、さっそく第一戒を前文と共に記します。

      「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。」


       以前、「さんまのホンマまでっか?TV」を視聴。いつものメンバーが台湾に日帰りツアーをしておりました。目的はなかなか結婚できない門倉先生の相手を見つけるためなのです。なぜ、台湾かと言えば、いわゆる「運命の赤い糸」の由来が中国で、台湾には、赤い糸で男女を結び付ける縁結びの神「月下老人」がまつられているからです。

       私は、「運命の赤い糸」は、キューピットのように、西洋の伝説だと思っていたのでちょっとビックリ。「中国系縁結びの神」が結ぶ糸だったのですね。詳細はwikipediaをご参照下さい。

      wikipedia「運命の赤い糸」


       とりわけ若いクリスチャン女性の中には、「キリスト教版赤い糸」を信じている方が結構いらっしゃいます。その信仰理解?は、簡単に言えば、「神様は既に一人の男性を自分の結婚相手に定めておられて、その男性と出会って結婚するのが、神様のみこころ」というものです。

       もちろん、「赤い糸」という言葉は出てきません。しかし、実質は同じで、「神様の導き」や「御心の人」という言葉に置き換わっているだけです。その根底には、「月下老人に代わって聖書が示す神様が、自分と一人の男性を既に結び付けておられる」という発想があるのです。これは、実質上、聖書が示す「神様の導き」とは別の「赤い糸」を信じていることを意味します。

       
       これ程までに聖書に反する異教的な発想が、なぜ、形を変えてクリスチャンの間に入り込んでしまうのでしょう。きっと、異教的な発想を持つ私たちは、リベカがイサクに、ルツがボアズに出会ったケースなどを「神が既に結びつけていた運命的な出会い」と考えてしまうのでしょう。それらの出会いには、確かに神様の導きがあり、遠大な摂理によるものでしょうし、神様が最善の異性を備えて下さっていたのでしょう。

       しかし、それを「神様が結び付けていた世界に一人の男性」と解釈し、なおかつ、今日のクリスチャンにとって普遍的な神の恵みとしてしまうのは、聖書の解釈としても、適用としても、あまりに飛躍しています。やはり、これは赤い糸的発想で、結婚相手についての神様の導きや摂理を曲解していると言えるのでは?



       以前、クリスチャンが主催するある結婚支援団体で、結婚したばかりのクリスチャン女性の証しを聞きました。彼女は「私は以前は、とても幼稚な考え方をしていました。神様は私の結婚相手に、世界中で一人だけの男性を定めておられ、いつか、その人と出会うと信じていました。でも、その考えを捨てたら結婚の道が開かれたのです。」

       私は思いました。「本当に赤い糸を信じるのをやめて、よかったなー」と。どうして、「キリスト教版赤い糸」を信じて「世界に一人だけの異性との出会いを待つ」という発想が、結婚を遠ざけてしまうのでしょう。一つは、非聖書的結婚観だからです。それは、多様で人知を超えた遠大なる神様の導きを、人の偏狭な発想に押し込めて、台無しにしてしまうからです。

       そして、もう一つの理由は、伴侶のストライクゾーンを極限まで狭めてしまうからです。昨日の記事にあるように、結婚の可能性を高めるのは自己変革や成熟であります。「10人中3人はいける」と思える大人に成長することです。しかし、「赤い糸信仰」をもってしまうと、「10人中一人もいけません」になってしまいます。なぜなら、世界にたった一人しかいない誰がが、10人の抽出メンバーにいる可能性は、天文学的に低いからです。そういうわけですから、赤い糸信仰者は、神様が身近に備えて下さった伴侶候補や既に出会っている結婚にふさわしい異性をスルーしやすいのです。



        さらにイメージしやすいように仮想事例をあげてみましょう。たとえば、結婚適齢期のクリスチャン男性が3人いるとします。3人の誰もが一長一短で、現時点では「結婚したい」とは、思えないし、導きを感じて居るわけでもありません。その三人は、以下のようなクリスチャン男性です。


      A君 一緒にいて楽しいが、信仰的に未熟でちょっとたよりない。
      B君 信仰的に尊敬できるが、異性としてあまり魅力を感じない。
      C君 信頼できるクリスチャンでタイプだが、収入低くて身分も不安定。

       さて、この三人のうち、誰が「御心の人」でしょうか?神様は、このクリスチャン女性を誰との結婚に導かれているのでしょう?私自身は、こう考えます。

       三名中の誰か一人がそうかも。
       あるいは二人がそうなのでは?
       もしかすると三名とも御心かも。
       残念ながら、三名とも導きでないかも。


       私はこれが聖書的な判断だと考えています。判断はしていますが、全く特定できていませんよね。現実には3名の中の誰かとの結婚をまず祈り始めては?と思うのです。大切なポイントは、もしかすると三名の誰と結婚しても、神様のみこころにかなう可能性もあるということです。間違っても、世界中にたった一人ではないということです。


       再度、第一戒を授けましょう。

      「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。」



       というわけで、今日は、誰もが忘れてしまった「ギター侍」のネタでしめます。


      ♪「わーたーしはークリスチャン、神様が 決められた たった一人の男性と

      出会うその日まで、わたしは祈り待ち臨みます」なんて言うじゃな〜い?♪

      でも、神様が、たった一人の男性を備えておられたのは・・・

      人類史上、エバだけですからー!  残念ーっ!


       というわけで、エバ以外の全クリスチャン女子は、結婚を願うなら、まずは、赤い糸信仰を捨てましょう
      | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 21:36 | - | - | - |
      婚活クリスチャンに紹介したい内田樹氏の持論
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         明日から「婚活クリスチャン女子のための十戒」という連載をスタートさせる予定です。それを書いている中で、知ったのが結婚についての内田樹(たづる)氏の持論。内田氏は倫理学者、思想家であり、神戸女学院大学の名誉教授。以前、本ブログでは、日ユ同祖論関連でその見解を引用したように記憶します。

         内田氏のブログ「内田樹の研究室」の2009年4月9日のこの記事に、ユニークで深い持論が書かれています。

         「学院標語と結婚の条件」

         特に以下の文章には、教えられるし、実感です。

         「異性が10人いたらそのうちの3人とは『結婚できそう』と思える」のが成人の条件であり、「10人いたら5人とはオッケー」というのが「成熟した大人」であり、「10人いたら、7人はいけます」というのが「達人」である。
        Someday my prince will come というようなお題目を唱えているうちは子どもである。


         結婚を願うクリスチャンの皆さん!結婚相手に適当な年齢で心身ともに健康なクリスチャンが10人いたら、そのうち、何人と「結婚できそう」と思えますか?私は、3人に至らない人は、やはり、大人ではないなーと思います。既婚者のクリスチャンの上から目線によれば、「御心の人」とのフレーズを口にしながら、逆に「自分のおこころ人」を求め続け、10人に一人もいないという「お子さま状態」にあるように見えてしまうのです。

         では、自分はどうだったかと言えば、27歳で結婚したのですが、やはり20代には3人は無理でした。1.5人程度でした。きっと、30歳まで独身だったら3人まで到達できたかも。偉そうなことは言えないわけです。結婚後10年も経過した頃に私も、「5人とはオッケー」となりました。銀婚式を終えた今は、「7人はいけるかな?」と思えていて、「達人」の域に近づいているようです。

         これは結婚生活の中で、人間として成熟し、相手をあるがままで受け止めて愛する愛の容量が増大した結果でしょう。結婚後に夫婦両者が聖書的努力をするなら、不徹底であっても、結婚生活はかなりの人間的成熟を私たちにもたらします。きっと、結婚しなければ、私は、50歳過ぎた今でも1.5から3人までだったとことでしょう。そう考えますと、上から目線で、3人に到達しない婚活クリスチャンを「お子様」とバッサリやってはならないだろうと思うわけです。


         ただ、あるがままで相手を受け止める愛の容量が、成熟度であること、自分の未成熟さが、結婚対象者のストライクゾーンを狭めているとの自覚は持っていただきたいと願うのです。

         「誰と結婚するか?は大切ですが、結婚してから聖書の教えに従うかどうかはもっと大切。結婚の質を決めるのは、伴侶選択が1割で、結婚後の聖書的努力が9割だと思います。親から自立したクリスチャンで結婚後に努力する誠実な異性なら、誰と結婚してもほとんど同じです!」


         これは、私はよく結婚セミナーなどで発する「暴言」です。これを聞いて、笑ってうなずくのは、大抵、幸いな結婚生活を送っている方々です。未婚者でこれを聞いて、実感はないけど、そういうものなのかなーと思えたら、きっとその方は、大人なのでしょう。10人中の3人に近いのだと思います。逆にとても受け入れられない暴論として、拒否する方は、まだ、どこか「お子様」を温存しているのではないかと思うのです。

         教会に男性が少ないのは今すぐには変えられません。好ましい異性が周囲にいない環境も、自分の努力では改善できません。そうです。他人と環境は変えられません。しかし、自分は変えられます。「10人中3人はいける」という大人の自分になることが、実は結婚に至る最短距離だったりするものです。

         とは言うものの20代の自分を思い返すと、そうした自己変革や成熟に向かうことの難しさも否定できません。それでも、思うのです。相手や教会や状況を変える葛藤は、ほとんど空しい結果に終わるのだと。それ故に同じ、結婚を願って葛藤するなら、確実に結婚に近づく自己変革や自分を成熟されるための努力に伴う葛藤をしたいものだと。


         そこで、婚活クリスチャンに送る松岡修造風叱咤激励です。

        相手や環境を変えるためにもがくな!同じもがくなら、自分を変えるためにもがけ!」


         婚活で苦戦しておられるクリスチャンの皆さん。内田先生のブログ記事を読み返しながら、そのあたりのことをお考えになってみてはどうでしょう?また、明日からの十戒も、苦戦を善戦に近づける参考として用いていただければと願っています。
        | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 20:48 | - | - | - |
        聖なる婚活者のための「香水理論」
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           聖なる婚活に励む皆様に、今日は怪しげな理論を展開します。名付けて「聖なる婚活者のための香水理論」!

           何でも香水は、三つの香りから作られているそうです。最初の香りは20分以内に消えるトップノート、その後、2,3時間持続するのがミドルノート、さらに次に香って反日持続するのが、ラストノート。

           そして、私が思うに、どうも、この三つの香りの成分は、男女の出会いや相性の持つ三つの側面に共通しているのです。その三つの成分を紹介しながら、男女のことに当てはめてみましょう。


           トップノート」は香りの第一印象となるもので、揮発性が高く成分としては、柑橘系の香料です。

           男女の出会いも、第一印象はめちゃめちゃ大切だと言われます。「付きあうと良さが分かる」というタイプは、日ごろからふれあっている異性には評価をしてもらえますが、婚活のような場面では不利なのです。よいクリスチャンで好ましい伴侶と思えても、第一印象で、NGにされてしまっては、きついです。

           これは持論ですが、昔から言われている「男は度胸、女は愛嬌」を拡大解釈して現代の婚活に応用することをお勧めします。ほんまでっかTVの植木先生によれば、男性は女性の笑顔を報酬と感じるそうです。男女ともルックスがよいことは、第一印象の良さにつながりますが、女性の場合は、それ以上に笑顔のあるなしが、第一印象を左右するでしょう。

           男性の場合は「男は度胸」です。恋愛と違い、女性にとっては、一生を預けるわけですから、賢い女性からは、度胸や頼もしさ、真面目さや誠実さなどが求められます。多少頼りなく見られたとしても、優しい笑顔(へらへら系はダメ)やしっかりした言動でカバーできると思うのです。


          ミドルノート」は、香水の中心的な香りで、花や果実を成分とする香りです。

           男女の出会いと相性におけるミドルノートは、その人格や価値観、信仰であります。間違っても、学歴、年収、職業ではありません。それらは大切でないとは申しませんが、それは「データ」に過ぎません。香水にたとえるなら、香水の成分でも香りでもなく、瓶に貼ってあるラベルや成分表示のようなものです。中身を推し測る参考にはなるでしょうが、本質ではありません。

           また、このミドルノートは、一定の時間をかけて、会話をしたり、交際をしないと判断も評価もできません。与えられた出会いについては、できるだけ、データだけで切り捨てない方が、よいと思います。また、多少トップノートが悪くても、ミドルノートの香りを嗅いでから、判断した方が賢明かと思うのです。万が一にも、神様が導いておられる異性を逃してはいけませんから。


          ラストノート」は、いわば香水の隠し味のようなものかと私は勝手に考えています。そして、その成分の代表は「けもの系」なのです。「ムスク」と言って昔は、ジャコウジカから採取する皮脂だったそうです。現在では、それに似せた合成香料となっています。これは、人をセクシーな気分にさせる効果があるのです。

           実は、男女が肉体を持つ性的存在である限りは、そうした生理的な要素を軽視してはならないだろうと思うのです。人間も相手の体臭で、遺伝子情報を得て、好ましい異性を無意識に判断して、その異性に魅力を感じると言われます。また、人には免疫のタイプがあって、自分の免疫を補うような免疫タイプの持ち主に、魅力を感じるという説もあります。意外な組み合わせの夫婦が、予想外にうまくいくケースの中には、こうした生理的相性の良さによるものもあるのかもしれないと予想しています。

           私はこういう動物のフェロモンのようなものを、「動物的」「肉的で下劣」と決めつけてはならないと考えています。これも、神様が、生理的に適切な異性を見分けるために人間の本能や整理に与えた恵みだと考えているからです。いわば「自然による啓示」で「一般恩寵」だと理解しているのです。ですから、フィーリングや直観先行で、異性を判断してはならないと思いますが、同時に、フィーリングや直感を軽視しすぎてもいけないと考えています。

           時々、男女とも、伝道者や神学生の結婚相談を受けることがありますが、最近は伴侶の条件に「異性として魅力を感じられる人」と答えるケースが多いです。私はこれは、肉的なのではなく、むしろ、霊的だと思っています。神様が結婚のために与えられた「性」の要素をちゃんと考慮しているからです。

           ですから、いくら使命やビジョンが一致していても、大御所牧師の紹介で断りづらくても、「好きになれそうにない」や「生理的に無理」と思う場合は、絶対にやめておくようにとアドバイスをしています。神様が人間を性的存在として造られたということは、こうした自覚的できないまでの深いところに、相手を取捨選択する能力を与えておられるのではないか?と考えています。それが、科学的に解明されてきたのが、フェロモンや免疫などの理論だろうと勝手に解釈しているところです。


           というわけで、香水の三つの香り成分を応用しての男女の出会いや相性についての怪しげな理論でした。間違っても、すぐに真に受けるのではなく、じっくりと検討していただき、信頼できるようなら参考になさってください。
           
          | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 20:18 | - | - | - |
          自分の幸せか?神の栄光か?結婚の第一目的が、幸福度を決める!
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             ある教会でこう語りました。

            自分の幸せのために結婚するのではありません。神様の栄光を現すために結婚するのです!自分の幸せを第一目標にする人は、どうしても、結婚後に相手への不満が多くなりがちですが、神様の栄光を第一にすると、そうではないようです」

             これは、多くのクリスチャン夫婦を見てきた私なりの観察結果です。その約半年後、この場におられた結婚して数年のクリスチャン女性から、感謝の報告をいただきました。その方は、私の言葉で意識を変えたというのです。「自分の幸せのためでなく、この人といっしょに神様の栄光を現すのだ」との意識で、結婚生活を送るようになったのです。すると、これまでとは違い、夫にあまり怒らなくなり、夫の言動に感情的にならずに済むようになったというのです。このご報告には、感謝をされた私が感謝でした。

             自分の幸せを第一目標として結婚するなら、結婚相手は「私を幸せにするための存在」となります。そうなるとどうしても自己中心的発想になり、相手にそれとは異なる言動があれば、「あなたは私を幸せにしてくれない」と当然、怒りや失望が生じます。その感情や思いは、結婚関係を悪化させるものです。

             逆に神様の栄光を第一に結婚するなら、結婚相手は「共に神様の栄光を現すパートナー」となります。そうなれば、自分の意識も神中心の発想となります。相手に自分の幸せに反する言動があったとしても、自分の幸せより神様の栄光が大切なのですから、かなり、寛容になれるものです。

             多少の傷つく言葉むかつく行動も、自分には問題でも、神様の栄光にとっては大した問題ではありませんから、感情的にならずに済むのです。そして、愛の本質の一つは寛容や忍耐ですから、結果的に夫婦の愛の関係は向上します。


             以上のように、自分の幸せを第一目的とする結婚は、結婚関係を悪化させやすく、結果的に幸せになりにくいようです。逆に、神様の栄光を第一目的とする結婚は、夫婦関係をよいものにし、結果として幸せになりやすいようです。このことを対比して図示するとこうなるでしょうか?


             目的:「自分の幸せのための結婚」VS「神の栄光のための結婚」

            →基本発想:「自分中心」VS「中心」

            →相手:「自分を幸せにすべき存在」VS「共に神の栄光を現すためのパートナー」

            →相手の不快な言動:「目的違反故の不満、怒り、失望」VS「同志故の寛容、忍耐、希望」

            →夫婦関係の展望:「感情的反目による問題の継続」VS「目的共有による発展、成長」

            →結婚生活幸福度:「低くなりがち」VS「高くなっていく」


             これはいわば、「結婚幸福度・目的決定説」であります。「何を目的として、結婚をするか?」あるいは「何を目的として結婚生活を送るか?」の問題です。言い換えるなら、「誰のために結婚し、結婚生活を送るのか」とも言えるでしょう。「何が目的か?」「誰のためか?」、それが最終的に結婚生活の幸福度を決めるのでしょう。

             この仮説が正しければ、幸せな結婚生活の秘訣は、至ってシンプル。自分の幸せより神様の栄光を現すこと第一目的として結婚生活を送ることです。結婚生活の中、自分の幸せを願う思いは当然でしょうが、それを第一目的としないことが肝心です。


             聖書は汽灰螢鵐硲隠亜В械でこう命じています。

            「こういうわけで、あなたがたは、食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」

             「何をするにも」の中に、結婚生活が含まれているのは、当然ですね。今日は、お互い、それを確認したいのです。


             結婚生活の中、自分の幸せを追い求めるなら、それは、あなたから逃げてゆくでしょう。

             結婚生活の中、神様の栄光を現すことを追い求めるなら、幸せの方が、あなたを追いかけてくることでしょう。
            | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 23:11 | - | - | - |
            女性求める「優しい人」とは?「優しい人」を求める女性とは?
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               先々週の水曜日のこと、「さんまのホンマでっかTV」を見ておりますと、マーケティング評論家の牛窪恵先生が、女性の言う「優しい人」の具体例を紹介。何でも、「優しいってのはどういう人だと思うか?」とのアンケートに対して、女性からの回答で多いのは、「さりげなく荷物を持ってくれる」、「私の話をずっと聞いてくれる」、「自分にだけ優しくしてくれる」などの回答なのだとか。

               そして、牛窪先生はズバリ本質を語ってくださいました。
               

              「女性の言う『優しい人』とは、自分にとって都合が良い男なんです。」


               この見解には、「おお、そうだったのかー!」と感激。自分はこの年齢までずっと世の女性たちに騙さ続けてきたのかもしれないと思えました。「男が望む女って、優しくて、かわいくてとか、結局、自分に都合のいい女なのよねー」と、男性は恋愛結婚対象の理想とする女性像について、その自己中心性を常に非難されてきました。でも、牛窪先生の見解で思ったのです。「何だ、女性だって同じじゃないかー!男性だけ非難されるのは、不公平だよなー」と。

               そして、他の先生からだったと思いますが、「だから、優しい男を望む女性は、かまってちゃんの傾向が強い」とのご指摘がありました。ブラマヨだったと記憶しますが、「優しい人がいいという女性は可愛いと思っていたが、実は、結構、わがままなんとちゃうか?」とショックを受けていました。

               そこから、出てきたのは「優しいとは何か?」というお話し。実は「優しい」という言葉は、古語の「やさし」に由来し、それは、「やせる」と共通の語源を持つのだとか。そういうわけで、「優しいとは、痩せる思いで、自分の身を削って相手に尽くすこと」というような解説をしておられました。

               そういうわけで、女性の有識者の皆様からの見解をまとめれば、こうなるのでしょう。

              女性求める「優しい人」とは「自分に都合のいい男」で、「優しい人」を求める女性とは「結構、わがままな女

               
               まあ、「ホンマでっか?」という気持ちで受け止めて楽しめばいいのでしょうが、考えさせられたのは、「優しい」の語源です。「痩せる」に通じる意味で、献身的な姿勢を意味するというのは、聖書的だと思うのです。これは、キリストが教会のためにご自身を与えられたように、夫が妻を愛する姿勢に共通することとして受け止めました。

              結婚してから、妻にとって「都合のいい男」という意味での「優しい人」でありたいとは思いませんが、「痩せる思いで、自分の身を削って相手に尽くす」という意味での「優しい人」ではありたいもの。そして、これは聖書が示す御心の夫の姿でありましょう。

               「結婚して優しかったのは、最初の数か月だけ」。日本の既婚者女性からは、そんな言葉をよくお聞きします。「釣った魚に餌をやらない」のは、動物的な雄の本能にして、男性の罪深さでもあり、それが結婚の質を低下させます。ですから、女性の皆さんは、結婚前に優しい男性ではなく、「結婚後も優しくあり続ける男性」を見抜くことですぞ。これが「男を見る眼」であります。


               婚活系クリスチャン女子の皆様。容姿、学歴、職種、収入、今の優しさは、肉眼で見える誰でもわかること。そこに本質はありません。しっかりと本質を見抜く眼を養われて、伴侶を決めてゆかれますよう願います。

               余計なお世話と思いますが、既婚者クリスチャン女性の皆様は、聖書の言葉を根拠に、夫に対して自分を献身的に愛する「優しさ」を求める前に、ご自身が「教会がキリストに従うように夫に従う」ことを実行されますように願います。聖書の言葉は相手に適用するより、まず、自分が従うことです。自分が実行せずに相手に御言葉を適用して裁くのは、クリスチャン夫婦が結婚の質を低下させる典型的パターンですからね。この記事が、その典型的パターンに読者夫婦を陥れてはなりませんので、老婆心ながら、記しました。

              | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 22:56 | - | - | - |
              J+Passion Tokyo パンフレット掲載「恋愛コラム」を公開
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                 先日のJ+Pasion Tokyoのパンフレットには2ページにわたって恋愛コラムを掲載していただきました。主催者側の意図は不明なのですが、ご依頼を受け、「面白いもので」ということなので、ブログで受けたお笑い恋愛ネタ二つを合体して記事にしてみました。本人的には、どうもパンフレット2ページに掲載するような内容とは思えず、うれしいような、また、恥ずかしいような気分ですが、今日はそれを公開させていただきます。


                 若恋愛トラブルを回避して、祝福の結婚を!

                 若い男女が集うなら、教会内でも恋愛トラブルは起こるもの。でも、それで自分や相手が教会を離れてしまうのは、残念なこと。そこで、「不要な恋愛トラブルを避けて、祝福の結婚に向かうための男女別ワンポイントレッスン」!
                 

                 まずは、女性の皆様に心得ていただきたいのは、男性の勘違いのしやすさ。お笑いコンビの「どぶろっく」は「もしかしてだけど〜」でそれを歌っています。そこで、今回、紹介するのは、私が作りました替え歌。題して「もしかしてだけど・教会バージョン」。
                 
                ♪ゞ飢颪亮付の姉妹が、貸し出し用の讃美歌を こっそりおいらに渡してくれだんだ
                 もしかしてだけどー、もしかしてだけどー しおりにメアドが書いてあるんじゃないの?

                ⇔蘿劼始まって、賛美リードの姉妹が、 おいらと目が合って にっこり微笑んだんだ
                 もしかしてだけどー、もしかしてだけどー 来週はデュエットしようとさそってるんじゃないの?

                B膤慇犬了佶紊、頼んだわけでもないのに、おいらの名前をあげて祈ったんだ、
                 もしかしてだけどー、もしかしてだけどー おいらと結婚、祈ってるんじゃないの?

                の蘿匕紊凌事で、青年会の姉妹が、 おいらに味噌汁 運んで来たんだ
                 もしかしてだけどー、もしかしてだけどー 一生、おいらの味噌汁、作りたいんじゃないの?
                 

                 女性の皆様には、「男性は優しくされるとすぐ勘違いすること」とを知っていただきたいもの。優しくされ続けると「もしかしてだけど」はやがて「きっとそうなんだけど」に発展し、最後は「絶対そうなんだけど」に至り、まったく気のないあなたに告白してくることも。

                「兄弟愛で愛してきたのに、勘違いされてショック!」と思うなら、それは男性理解が不足しておりますぞ。ですから、男性への継続的なフォローは、男性に依頼してご自分は、祈りに専念されることをお勧めします。



                 男性の皆様は、「教会内萌え」について考えてみて下さい。それには大きく分けて、三つの類型があります。すなわち・・・

                〇身リードする姉妹、ピアノを弾く姉妹が、実態以上に素敵に見えてしまう「賛美萌え」。

                ∋劼匹發吠_擦鮓譴觧佶紊信仰的で子ども好きに見えてきて、思わず結婚をイメージしてしまう「CS萌え」。

                お弁当を作ってもらう、二人きりで祈るなどを通じて心の距離が近くなり、恋愛感情が芽生える「親切萌え」の三つです。

                  そこで、冷静になって考えて下さい!「賛美萌え」には、多くの男性が女性アイドルに萌えるのと同様の要要素もあるのでは?「CS萌え」は、幼稚園男児が保母さんに萌えるのと似ているのでは?「親切萌え」は、男性患者が看護師さんに萌えるのとあまり変わらないのでじは?

                 君が好きになったのは、本当の彼女ではなく、勝手なイメージを投影した想像上の彼女かもよ。付き合ってみると期待とは違って、可憐でも、家庭的でも、献身的でもないと分かって後悔することも少なくないようです。そういうわけで素敵な女性に出会ったら、よく相手を観察して、実態を把握し、祈ってから、判断するのが、賢明かと思います。

                 独身男性の皆様、「教会内萌え注意報」は常時発令中ですぞ!

                 これらのおふざけアドバイスが、教会内でのトラブルを避け、祝福の結婚に向かう助けになれば感謝なことです。

                 
                | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 17:28 | - | - | - |
                「強さで孤独は消し去れない」って知ってた?
                0

                  Ms.OOJAと名乗る女性歌手の歌うカバー集の評価が高いので、遅ればせながら、先日TSUTAYAでをレンタル。歌唱力が抜群なのは当然で、歌詞が伝わる説得力や想像力を喚起する歌唱に感心するばかり。最後にボーナストラックとしてあったのが、オリジナルの”Be....”という歌の別バージョン。

                   オリジナルバージョンはこちらかと思います。(なぜか、上下さかさまですが、歌詞も出るのでこれにしました)

                  Ms.OOJA 『Be...』
                  http://www.youtube.com/watch?v=euUxpje9Ct0

                   つくづく、この歌詞に教えられました。一番の途中からサビの終わりまでの歌詞はこの通り。

                  もっと強くなれば 孤独さえも
                  消え去っていく そう思っていたけど

                  もしもこの未来に あなたがいるのなら
                  思い描いた景色も変わるかな
                  ありのままでずっと 笑って 泣ける場所
                  本当はいつでも きっと… 探してた

                   
                   自分が強くなれば、孤独は消え去る。強さが孤独を克服すると信じて、がんばってきた主人公の女性は、将来を共に生きる男性との出会いによって、自覚できないままでずっと抱いてきた思いを発見します。それが「ありのままでずっと 笑って 泣ける場所 本当はいつでも きっと… 探してた」ということ。

                   この歌詞には、孤独についての聖書的な本質を教えられます。そう、人はどんなに強くなっても、孤独を消し去る事はできません。逃げること、見ないようにすること、忘れるようにする事はできますが、孤独を消し去る事はできません。神様は人が一人でいるのをみて、「人が一人でいるのはよくない」と評価されました。神様とアダムの関係は、欠けがなかったでしょう。ですから、一人の人として神との個人的関係においては、完全だったのですが、他者との関係性において欠けていたようです。

                   そこで、神様は孤独を克服する他者との関係性として結婚を定められたのでしょう。神様は、決して、アダムに強くなり、単独で孤独を克服するようには、命じませんでした。あくまで、他者である異性と心身をひとつにすることによって、孤独を解消されたのです。

                   ありのままで受け入れ愛してくださる神様との関係がどれだけ深まっても、あるタイプの孤独は消え去りません。その孤独は、愛する異性と共に生きるという結婚によってしか満たされないものです。「もしもこの未来に あなたがいるのなら」との歌詞は一時的な恋愛ではなく、共に生きる結婚を意識しているように読めます。そうです。「ありのままでずっと 笑って 泣ける場所」それは、真実な結婚関係です。

                   独身の賜物が与えられていたり、独身に召されていない限り、ほとんどの人間は、孤独に苦しめられます。そして、強さでそこれを克服しようとする試みは、すべて無残な敗北を喫することでしょう。この歌詞のように「もっと強くなれば 孤独さえも消え去っていく」などとは思わないことです。それは聖書が示す孤独の本質に反するからです。

                   とりわけ、独身クリスチャン女性の皆様、人格面、能力面、信仰的に強くなれば、多くのことを克服できるでしょう。しかし、孤独だけは克服できません。そして、心の奥底で「ありのままでずっと 笑って 泣ける場所」を探しているのなら、その思いを、たとえそれが認めたくないとしても、正直に認めてみてはどうでしょう?神の前に正直な自分で歩むとはそういうことだと思うのです。そのことは決して、「弱い女」や「寂しい女」「惨めな女」を意味するのではないでしょう。それはむしろ、「神の前に真実な自分」「神に創造された自分らしい自分」、そして「本当の自分」ではないかと思うのです。

                   多くのクリスチャン女性の結婚についての葛藤を御聞きしてきた中で、よく耳にしてきた言葉のひとつは、「自分の本当の気持ちがわからない」というものでした。「Be...」という曲は、「強さが孤独を消し去ると思ってきた女性、自分の本当の気持ちに気がついた幸いな転機の歌」かと思います。

                   強さが孤独を消し去ることはありません。どうも、それは創造の摂理のようです。そして、「ありのままでずっと 笑って 泣ける場所」を探し求めるのも、神に創造された人間の本質なのでしょう。そのことを受け止めながら、自分の本当の気持ちに気がついていただければと願います。この拙い記事が、一人でも多くの読者にとって幸いな転機の助けになれば、感謝なことです。

                  | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 22:42 | - | - | - |
                  人間にもあるのか?「恋心スイッチ」
                  0
                     「愛は育むもの、恋は落ちるもの」などとよく言われます。恋とは、理屈ぬきである状態に陥って、自分や状況を見えなくさせるリスクがあります。分別ある大人真面目なクリスチャン青年が、周囲から見ると、どうかと思うような恋に落ち、「ありえんだろー」と突っこみたくなる判断や選択をすることも珍しくありません。

                     「どうも、スイッチのようなものがあるのでは?」と思っておりましたところ、今日のyahooヘッドラインでこの記事を発見。
                    http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140103-00000008-jnn-soci

                     東大の研究チームがめだかのメスに、「恋心スイッチ」と呼べるメカニズムを発見したとのこと。求愛され、追いかけられると逃げるメスが、ガラスを隔ててお見合いをすると、目でみて脳内で神経細胞が活性化するとのこと。今のところ、これはめだかのメスだけに発見されており、人間では、発見されていないのだとか。

                     松田聖子さんのビビビ婚が有名ですが、明石家さんまさんやココリコ遠藤さんもその類での結婚したらしいです。そう考えますと、メカニズムが解明されても、大切なのは、事前の観察力と結婚後の努力、そして健全な結婚観には違いないようですね。
                    ココリコの遠藤、
                     
                    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 12:03 | - | - | - |
                    婚活、婚勝!婚喝?(3)「昭和婚幻想・強制終了」の時代を考える
                    0

                        「婚活」なる言葉の共同発明者の一人である白河桃子さんは、婚活が必要となった以前の結婚のあり方を「昭和結婚」呼んでいます。それは、女性が男性に経済的に依存することが最も大きな要素です。基本的に、「男は仕事、女は家庭」のパターンで、女性は専業主婦かそれに準ずるというスタイルです。
                       そして、今回、本ブログではズバリ「昭和婚」と呼ぶことにいたしました。平成の世に入りしばらくすると、社会経済状況も変動し、雇用形態も激変。さらには、結婚観、性意識も大きく変化し、「昭和婚」は困難かつ一部の人々のものとなりました。

                       前回、女性の意識変革の必要は記しましたので、今回は男性の意識変革について記しましょう。言うまもなく、昭和婚を願う男性は、経済的裏づけがなければ、結婚不可能です。妻に専業主婦をさせられるだけの収入はどれくらいでしょう。持ち家か激安家賃でもなければ、それだけの収入を得られる30前後の男性はかなり限られることでしょう。ある意味、特別な職業人男性だけであります。
                       
                       そうではない大部分の男性は、妻も働くことが結婚の前提になります。そこで、問われるのは、夫の「家事育・児協力」です。「ちょっとサポート」「一部お手伝い」程度の昭和婚レベルの家事育児協力では、困るのです。そうした「昭和婚意識」では、女性から断られてしまいます。教会にはときどき30歳にもなって自炊ができない男性がいます。周囲から「料理くらいできないと結婚できないよ」と言われても、やろうとしない男性もいるようです。こういう人は高収入者か超イケメンでもでない限り、結婚は厳しいでしょう。

                       あるいは家事育児を妻と分担する意識を持ってはいても、物理的に不可能な男性も少なくありません。朝は6時前に家を出て帰宅が夜の11時以降という平日を送り、専業主婦をさせられない収入であれば、家事と育児を手伝うことすら不可能です。今、男性から「結婚したくてもできない」と相談されて、どうしようもなくて困っているのが、このパターンです。

                       今後、「昭和婚」は強制終了となっていくことでしょう。婚活系クリスチャン男子の皆さん!もし、あなたが「昭和婚希望者」で十分な収入がないから、是非とも、意識変革をお勧めします。可能なら、実家を離れて一人暮らしをして、炊事洗濯などご自分でされてはどうでしょう?実家暮らしでも自分で炊事洗濯掃除をされ、婚活パワーを高めることでしょう。そうでないと女性から敬遠されてしまい結婚は遠のくばかりですぞ。「昭和婚幻想」を持ち続けて、不本意な独身生活を続けるか?昭和婚幻想を捨てて、結婚のチャンスをゲットするか?それは、あなたの決断次第であります。
                       
                       こうした「昭和婚幻想の強制終了」は、キリスト教会も無関係ではいられませんぞ。信徒の高齢少子化も手伝って、あと10年もすれば、「専業牧師と専業主婦の牧師夫人」とのパターンは、一部だけとなるでしょう。特に30代、40代の牧師夫妻では、珍しくなるでしょう。牧師夫妻中心の教会のあり方を続けていくなら、残念ながら、教勢の衰退は目に見えています。

                       では、信徒の側はどうでしょう?日本の教会は、これまで専業主婦のクリスチャン女性たちに大いに支えられてきました。職業人として社会に出るよりも、専業主婦を選択し、家事育児に励みながら平日にも教会に集い、祈り、交わりを持ち、奉仕をして下さる方々が、霊的成長を遂げ、現実的にも教会の働きに絶大な貢献をしてきました。日本の教会形成や地域宣教はかなりの部分「専業主婦クリスチャン女性」に依存してきたように思うのです。牧師夫人の多くもそうした女性たちの一人やリーダーとして教会を支えてこられました。

                       しかし、今後はこのあり方も「強制終了」となるでしょう。いいえ、既に強制終了は始まっています。既婚クリスチャン女性の専業主婦志向は既に終わっているように観察しています。平日に教会の祈祷会に集い、奉仕をできるのは、少数派であり、なおかつそうした女性も高齢化しています。ご存知の教会に平日集っている女性たちを思い起こせば、この傾向は否めないでしょう。牧師夫妻が「最近の既婚者女性信徒は、教会生活を大切にしなくなった」とつぶやくのが現状認識不足とされるような新しい現象が始まっているのでしょう。

                       もちろん、今後も、専業主婦希望で、教会のために平日の時間を用いて仕えたいという思いは活かされるべきです。そして、それはクリスチャン女性としての一つの尊い選択肢には違いありません。しかし、高収入男性と結婚したり、持ち家であったりしない限りは、家賃の高い都市部では実行困難となるでしょう。

                       教会が近い将来に、嫌でも向き合わせられる課題は、高齢化・信仰継承失敗問題や牧師不足だけではありません。集っている30.40代の夫婦のあり方が激変しています。「昭和婚幻想の強制終了」は、専業主婦クリスチャン女性に依存しない教会のあり方を、私たちに強いることとなるでしょう。10年後には牧師夫人も含めて「専業主婦クリスチャン女性がほとんどいない教会」を思い描いて、今から、教会形成と地域宣教を考えていく必要があるでしょう。

                       「昭和婚幻想」は確実に「強制終了」に向かっている日本社会です。結婚希望のクリスチャン男女には幻想を捨てて、聖書的な結婚をどうこの社会で実現するかが、課題となると思うのです。そして、教会として「昭和婚強制終了時代」にあっての教会形成と地域宣教を模索する必要を覚えているのですが、どうでしょう?

                      | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 15:00 | - | - | - |
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