命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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見つけよう、いい男(4)
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     私が思うに結婚対象としての「いい男」は「母親に対して冷たいところのある男」です。誤解の無いように。「母親に冷たい男」「母を大切にしない男」ではありません。「母親に対して冷たいところのある男」「母を大切にしすぎない男」さらに言い換えるなら「母親に必要以上の愛着の無い男」です。

     聖書は「父母を離れて結び合い」と教えます。結婚にふさわしい男性はきちんと母親から心理的分離をしているはず。一方聖書は「父母を敬え」とあります。ですから、私は結婚を考えるような青年たちには「親は捨てて愛するものだ」と教えています。つまり、子どもが親に依存したり、親に愛着を持つような気持ちで愛して敬うのではないということです。言い換えるなら、親離れをした大人として同じ大人の親を愛し、敬うということです。聖書的な息子の母に対する態度は「愛着なき敬愛」と呼ぶべきものなのでは?

     日本社会は世界で最も息子と母親の「母子密着」が起こりやすい社会だとか。教会でも片クリ子はそうした危険度が高くなりがちのようです。夫がクリスチャンではないクリスチャン女性が、息子に必要以上に愛着を持つのは、好ましくないとは言えある意味、当然のこと。決して責めてはならないでしょう。しかし、それが母子密着を生み出し、自立を妨げるとしたら残念でなりません。

     結婚を考えるなら、必ずその男性と母親との関係をしっかりと観察することをお勧めします。きちんと「一定の分離があるか?」「必要以上の愛着で結ばれていないか」を判断しましょう。特に夫の母親と同居するならそれは不可欠かと思います。

     「妻と子を泣かせても、母親を泣かせられない」そうした男性は、幸せな結婚生活を築き上げることはできないでしょう。聖書の原則に反するからです。

     結婚前に魅力的かどうか?それはあまり大切なことではありません。結婚するものとして準備OKの男性か?結婚した後、自分を母親より愛してくれる人か?その方がよっぽど、大切なポイントではないでしょうか?そういういい男を見つけましょうよ。
    | | 「ツチノコ男」&「いい男」シリーズ | 11:44 | comments(6) | trackbacks(0) | - |
    然り。御使いもまた言う、「アーメン。」

    黙示録のフレーズで賛同させていただきます。

    ひとつに結ばれて、自分の一部になった妻より、母親が上なんて矛盾はゆるせません。
    | 細木 | 2008/02/15 2:21 PM |
    黙視的な賛同に感謝。「夫婦の一体化」と「親子の分離」は本ブログで繰り返し訴えてきたこと。自らの「ゆるされざる矛盾」を「ゆるしてしまうこと」から問題が起こっているのでしょうね。
    | ヤンキー牧師 | 2008/02/15 3:12 PM |
    めっちゃ勉強なります!
    主の中でいい女になって
    いい男つかまえます 笑

    | ゆり | 2008/02/15 6:15 PM |
    ストレートな意思表示と気合!最高です!!
    | ヤンキー牧師 | 2008/02/15 8:59 PM |
    ご無沙汰しています。ミーちゃんはーちゃんです。
    片クリ子であることをカミングアウトします。(そんなたいそうなことではないですが、ははは・・・)

    片クリ子って、ある面つらいんですよね。私が3歳の時に母が信仰を持ったので、ミーちゃんはーちゃんは、元片クリ子でした。(父は召される3年位前に信仰を持ったので、一応、片クリ子ではなくなりましたが・・・。)

    基本的に、信仰について、よいものなので、母がそれを大切にしようとしますし、時に父がそれに抵抗しました。そのときは、結構その両親の間でゆれる思いなんですね。

    日曜日、母は子供とよいことだから、教会(日曜学校)に行くものと思っていて、また、昔の教会のお話は長いし、子供には訳わからないし、お行儀よくしていないといろいろあとで言われるので、あんまり楽しくないけれどもいかなきゃいかんと教えられているので、半分仕方なく行っていました。

    時に、父親が、動物園とか水族館、遊園地に日曜日に連れて行くと宣言した日には、これはもう大変。子供ごころには絶対に動物園とか遊園地に行きたい。しかし、動物園にいって日曜学校に行かないと母との気まずい週明け2-3日のブルーな日が待っているのでした。

    一度は、この件で、夫婦喧嘩して、どっちをとるのかお父さんとお母さんの前で言いなさい、なんて言わされたようなうっすらとした記憶も。幼稚園児にそんなん聞くなよぉ。動物園にきまってるじゃん。でもよい子でありたいと思う素直な子(ミーちゃんはーちゃんにもそんな純粋な時期が・・・・)としては、よい子として日曜学校といわなきゃいかんと思うし。でも、素直な、ミーちゃんはーちゃんは、「動物園!」と主張し、妹と一緒に教会サボって、楽しく動物園に行き父とカレーライスを食べました。

    聖書には、当時の文化背景もあり男性優位とられかねない表現もないわけではないので、信者として立派に育てて、家庭での聖書とか家庭礼拝を取り仕切ることを期待されていることを片クリ子の息子はひしひしと感じながら、生きなければならないので、つらい部分ってないわけじゃないんですよ。今は、あんまり見なくなりましたが、中学生くらいの男の子と、その妹とおかあさんとで、ちゃぶ台のところで家庭礼拝をしている絵が、昭和40年代までは時々見られたのですが(最近、見ないですねぇ、そういえば)、あの中学生も片クリ子だったのかなぁ。ヤンキー先生、ご存知ですか、その絵。

    妻より母の優先、それは確かに非常に問題ですが、片クリ子のお母さん、息子を信者にする、息子を立派な信者に仕立て上げようとして必要以上に期待するより前に、皆さんの立派な証しで、夫を信者にしてください。片クリ子からの必死のお願いでございます。片クリ子、最後の最後のお願いをもうしあげております。あ、手を振ってくださった、片クリ子の皆さん、応援ありがとう。(なぜか、選挙戦最後の選挙カー風)

    それと、片クリ子の皆さん、片クリ子であることを意識したら、遠くの下宿しないといけないような大学に行く、あるいは、親の目がまったく届かない職場に就職して、しばらく離れていたほうが人間的成長と親からの自立ができていいかもしれません。荒野で、自らの信仰を吟味し、生活力が確実に自分のものにできると思います。私は、大学時代に親元を離れて正解だったと思います。

    以上元片クリ子の主張でした。
    | ミーちゃんはーちゃん | 2008/02/16 10:21 PM |
    ミーちゃんはーちゃん、あのレトロで敬虔な絵は私も知っております。確かに片クリ家庭を想像しますね。
     片クリ子からの真実な訴え!読者の声援が聞こえてきそうです。いただいたコメントは多くの共感を得ていると思いますよ。多くの祈りと応援がありますから、一人でないことを覚えて母上たち、励みましょう!
    | ヤンキー牧師 | 2008/02/18 8:46 PM |









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