命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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見つけよう、いい男(3)
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     私が思うに「いい男」は礼拝に遅刻しません。「とてもいい男」になると早めに来て祈っていたり、諸準備に携わったりします。

     神様に対する具体的な態度はかなりの程度、結婚後の妻に対する態度に反映するというのが私なりの持論。つまり、愛すべき対象に対して、現実的にその愛にふさわしく行動するか?それとも愛するといいながら、時間、お金、労力といった現実面で愛の対象をないがしろにするかは、礼拝への遅刻で予想がつくのでは?

     礼拝への遅刻常習犯と交際したとしましょう。もしかしたら、デートの時間には遅刻しないかもしれません。でも、油断禁物です。そのように時間に忠実なのも、結婚するまで、つまりモノにするまでで、結婚後は、そうでなくなる可能性は大きそうです。

     昔の岸田さとし(古っ!)ではありませんが、「いらない、もういらない、言葉だけの愛なんて」と神様は礼拝遅刻常習犯に歌い、そうした夫を持つ妻もやがて、夫にそう言うでしょう。

     愛は確かに心の問題です。しかし、愛は寛容する、愛は親切する・・・・。聖書の原文では全部「愛は〜する」という動詞です。愛はその現れにおいては行動や姿勢なのです。

     先日の朝のラジオ番組で妻たちが夫に「ばかやろー」を言う投書が読まれていました。風邪で寝ているのに夫から「大変そうだから明日の弁当はおにぎりでいいから・・・・」と言われ「なんで、弁当はいらないからと言えんのか!」とぶちきれる妻の怒りの投書が読まれていました。日本の男性はこうした観念的で抽象的な愛で、「愛しているつもり」の世界に入りやすいもの。

     特別な理由の無い限り、礼拝遅刻常習者は現実的に愛すべき対象を愛し得ない人物ではないか?と危惧します。礼拝が家庭に、神が妻に移り変わっても同様のことが起こるのではないかと思うわけです。

     逆に、礼拝に忠実に出席し、なおかつ早めに来て備えるような男性は、結婚後の妻への愛情表現も期待できますぞ。外見や収入に多少ご不満はあっても、そうした男性を伴侶候補としてお考えになることを未婚女性の皆様には、お勧めしておきます。
    | | 「ツチノコ男」&「いい男」シリーズ | 09:18 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
    愛には想像力が大事で、この想像力によって相手の立場を知るのだということを、私達の共通の師も言っていたように思います。

    「おにぎりでいいよ」に近い発想を私もしたことがあります。外食して来る、か、自分で作るって言ったように思います。でも、相手は、「あなたが私の分まで調理して欲しい」と思うぐらい体が弱っているかもしれないんですよね。
    | 細木 | 2008/02/14 4:38 PM |
    「私達の共通の師」とは、身内ネタですね。(注:私と細木氏とは一時、同じ教会に集っておりました。)まさに愛は相手の心情や環境、そして願いや必要を想像しますね。最も身近な存在なのにそれが難しいのが夫婦かもしれません。
    | ヤンキー牧師 | 2008/02/14 8:32 PM |









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