命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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すべきこと以外なら何でもする罪深さ
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     「どうしてテスト前になると読書がしたくなるのか?」高校生や大学生の時、本当に不思議でした。同じような症状の友人も多く、いろいろな説が出ましたが、私自身は40歳になるころ、ようやく自分なりに納得のいく回答を得ました。

     それは「人間は一番すべきことをしないためなら、二番目にすべきことも喜んでする。」「ベストを避けるためならセカンドベストを喜んで選ぶ」「最も為すべきことがある時、人はそれ以外のことなら、何でもする」というような内容。

     テストの準備勉強すべきだと思うと、普段しないような真面目な読書を無性にしたくなる。これは自分のやましさを解消するためか?それとも、単に嫌なことを避けるための口実を見つけて自分をごまかしているのか

     そもそも、必要以上に痛みや不快を避けたがるのが現代人。いわゆる「無痛文明人」であるのが現代人。向かい合うのがつらい現実があると、それを避けるためなら、平常しないような努力をしてしまうから不思議。

     私自身も、責任ある原稿の依頼を受けると、それに向かう前に、何日分もブログの記事を書き溜めたりします。つくづく、自分の未成熟さにあきれます。明らかに先にすべきことを後にしているのですから、これは「お子ちゃま」です。

     夫婦が実際に向かい合わないですむために、熱心に結婚の書物やセミナーを受講している不思議な既婚者。子育てにおいて自分の本当の問題に向かい合わないために、子ども自身の問題解決のために奔走する親。神様に全生涯をささげることを避けるために、熱心に集会出席し、奉仕するクリスチャン。これらはテスト勉強をせずに読書するとは、重大さが違います。

     ある人は、自分のそうした問題を自覚した上でそれをしています。これは問題が分っているだけに軽症。しかし、無意識で自覚がないとちょっと重症です。他者から指摘されても認めませんから。改めることは困難です。

     私たちは多かれ少なかれ、「本当にすべきことをしないためには、何でもしようとする罪深さ」を持っていると思うのです。結局、正しい優先順位と選択の問題なのでしょうが、なかなか克服しがたいものなのでは?

     その時点において最も為すべきことを、選び取っていけるのが成熟した大人だと私は思っていますし、私の一つの成熟の目標です。そうでなくては人生のかなりの時間を浪費してしまうでしょうから。
    | | キリスト教界(論説読みきり) | 08:29 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
    いつも興味深く読ませて頂いております。今回の記事には全く同感です。実は私も同じ事を考えた事があります!(その時の私の記事)→http://lovehim.at.webry.info/200703/article_1.html
    例えば「愛する」と言う事を頭では分かっていても、実際の行動には移せなかったりしますよね。「どこまで自分を捧げられるか」と言う事が課題でしょうか…。
    | LoveHim | 2007/11/26 9:27 AM |
    いつもいろいろとお世話になっております。名古屋に帰ったら、ご紹介の記事を拝読します!ご指摘のとおり「献身」が問われますよね。
    | ヤンキー牧師 | 2007/11/26 6:01 PM |









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