命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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黙らずオレについて来い?!(1)
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     いまどき「黙ってオレについて来い」などと言える男性は少ないでしょうし、言われてついていく女性もかなり珍しいでしょう。店主関白の皆様には失礼でしょうが、私は「黙ってオレについて来い」は大間違いだと思っています。妻に沈黙の従順を命じるのは、間違ったリーダーシップであり、夫に黙って従うのも、過ちの従順だと考えるのです。

     私はあえて言うなら「黙らずオレについてこい」というのが、聖書的な結婚観に近いのではないかと最近、思いつきました。結婚の一番の基本は「結び合い、一体となる」という夫婦の親密さ。心も体も一つにする最高の交わりが夫婦の本質であるはず。それが結婚創造の基本中の基本。夫が妻を愛し、妻が夫に従うという教えさえ、その前提の上に位置するのでは?

     だとしたら、夫婦で十分な話し合い、コミュニケーションなくして、「オレについて来い」は妻に対する非人格的機械的な従順の要求になってしまうでしょう。それに従順する妻は、非人格的な応答をする奴隷のような存在です。心通い合わない夫婦間での、夫の従順命令とそれに応答する妻の従順は、奴隷の従順に近くなってしまうのでは?

     聖書が命じる妻の夫への従順は、あくまで愛、信頼、尊敬、特に夫婦の心の通い合い、親密さ、一致を当然の前提としていると思うのです。それがない従順は、形だけの従順、ある意味、偽善的ですらあるのでは?聖書が命じているのは愛の交わりの中での夫のリーダーシップと妻の従順でしょう。言い換えるなら、夫婦が向かい合い、コミュニケーションをとり、一致し、使命やヴィジョンを共有するなかでのリーダーシップと従順。

     ですから、「黙ってオレについてこい」は夫婦が向かい合い心通い合わせることを拒否した従順の要求であり、真のリーダーシップではなく、単なる横暴に過ぎないと言えるのかも。それに従う妻も神の前での主体性を放棄した盲従になりかねません。

     もちろん、こうしてシリアスに論じてはならない部分があるのは承知しているつもりです。「黙って」の中には男の照れや、ぎこちなさもあるでしょう。その背後には妻への信頼や愛も隠されているでしょう。しかし、ともすれば、「黙ってオレについてこい」という美学が、本来の夫婦関係を歪めかねない現実を思って、今回の記事を書いております。

     そこで、「黙らずオレについて来い」なのです。妻は夫がその決断や選択をしたかを知る権利がありますし、愛しているなら理解したい、共有したいと願うのが当然。夫はめんどくさがらず、説明責任を果たし、ある理念や思いを共有することが大切。もちろん、何も言わなくても理解共有できているケースは例外ですが。
     
     私は「黙ってオレについてこい」では、本物の夫婦のパートナーシップは成立しないだろうと考えています。エバが交わりのために創造されたことを考えると「沈黙の従順」は、女性本来のあり方を否定しかねないのでは?

     自らへの戒めも含めて、夫である読者の皆様へ、今日のアピールを。
    「リーダーシップに勝るパートナーシップ」
    「パートナーシップなくして真のリーダーシップなし」

    ですから「夫たちよ、妻と話し合おう
    その上で言おう「黙らず、オレについて来い
    | | 夫婦相互の課題と成長 | 09:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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