命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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「父になる旅路」から考える母性愛、父性愛(2)日本の家庭における父性愛の欠損
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     もう10年以上前だと思います。「父性の復権」という書物が話題となりました。単に父親が役割を果たす必要性を訴えているのではありません。家庭にも、社会にも「父性」という原理が失われたことが、現代日本が持つ様々な課題の原因であり、父性の復権こそが、それらを克服するとの趣旨だったと記憶します。

     確かに今日の日本の子どもたちの問題のいくつかは、父性愛の欠損に起因すると思われます。これは豊田先生も著書の中で指摘しておられます。母性愛によって、あるがままで愛されて子どもは、安心や自己肯定感を持つでしょう。しかし、父性愛を注がれないと、期待と要求に応答し努力した結果として承認によって得られる自信、そして課題に取り組む勇気が育まれません。

     長時間労働などで父親が機能できないことも多いのが日本の現実。ならば、母親が期待し、要求していけば、父性愛の欠如は補えるのでしょうか?私は賢くかつ意識的に努力すれば、母親による父性愛は可能だと思います。

     しかし、母親にとってはそれはかなり難しいのだろうと考えています。たとえば、夫に愛想をつかしている場合などは、息子に向かって「〜ちゃん、勉強頑張ってねー。ママはあなただけが希望なの。パパはダメだから」というようなお約束フレーズで、子どもにプレッシャーをかけてしまいます。男児への母の期待や要求夫への失望の裏返しである場合、その期待と要求が息子を「いい子疲れ」や「いい子破たん」に向かわせてしまいます。

     また、父親の場合は「親からの期待・要求→子の努力と達成→親から子への承認」があまり意識的に努力しなくても、それなりにできるようですが、母親はなかなかそうはいかないように観察します。母親からの期待や要求に男児が応えても承認がないケースをよく見かけます。

     たとえば、ある母親は達成できなくても努力していたことを認めて承認しようとしません。「できなかったけど、がんばっていたのを知ってるわよ。ママはうれしいわ」という褒め方、励まし方ができる母親はあまり多くないように思うのです。結果より過程を評価することが、誠実に努力する子どもを育てます。逆に、結果だけを評価するなら、それは親子ではなく、上司と部下でしょう。それでは、逆に母性愛を欠いてしまい、子どもが不安を覚えてしまいます。

     また、母親によっては、息子が期待や要求を達成しても承認せずに、減点法で評価してしまうことも。達成した事実や努力を評価せず、「まだ、ここがダメ」「こっちもできなければ意味がない」と努力して達成したのに、認めず、足らないことの指摘をするわけです。いわば「永遠の期待要求と永遠の不承認と永遠のダメ出しの三点セット」です。このことを息子だけでなく夫に対してもしている女性を見かけます。夫に改善を要求し、妻のために頑張った夫を認めず、夫の成長意欲を削ぎ、浮気心を増幅させる妻です。

     どうも、男性が自分のためにする努力を認めず、無意識に文句をつける女性というのは、日本では珍しくないようです。自らは無意識のうちに、息子であれ、夫であれ、男性の向上心を削ぎ、成長を妨げながら、自分は家族男性の文句ばかり言っているというパターンです。周囲の女性や男性指導者などが、指摘しても認めず、場合によっては逆切れする方もおり、周囲は腫れ物にさわるような態度をとらざるをえなくなっている場合も。身に覚えのある方は、一度、なぜ、自分が男性の誠実な努力を評価も承認もできず、無意識に文句をつけたり、否定をしてしまうのか?お考えになることをお勧めします。


     ただ、賢く意識的に努力すれば、私は母親も、男児をたくましく誠実に育てる父性愛は可能だと考えています。また、母子家庭などでは、血縁者や教会の男性などが、一定、男児に必要な父性愛を満たしていくことが大切だと思っています。

     近年見られる男性の晩婚化の原因は、当人たちにアンケートをとるとに「自信がない」というのが第一位なのだとか。日本男性の結婚先送り傾向も、父性愛の欠損が一因ではないかと思われます。承認されてきた経験がないと、自分の本当の課題を認めて、向き合い、克服していこうとする克己の精神や向上心は、育まれません。これは、賢い女性にとっては、結婚相手としては大きな不安材料となります。

     自信のなさと課題に向き合えず逃げるメンタリティーは当然「働きたがらない息子」「社会参加を拒否して夢に生きる男の子」などにつながります。自信のなさは劣等感を生み出し、それを認めたくない男性は、「仮想優越感」に浸り、現実社会にコミットしません。かくして、できるだけ社会参加と結婚を先送りにしようとするわけです。その傾向が強ければ、社会適応できなかったり、女性とのコミュニケーション自体が不能となってしまいます。

     創世記2章には、神との交わり、職業、結婚のスタートが記されており、3章には、神との断絶、職業の呪い、結婚の呪いが記されています。クリスチャン男子が、無意味に職業生活から逃避し、結婚を先送りにしようとするのは、3章から2章への回復を願う神様の御こころに真っ向から反するように思えてなりません。


     自分が傷つくことも他者を傷つけることも恐れ、やさしいさを持つ反面、責任回避傾向が強く、自己保身的で、自分の課題に向き合おうとせず、ヘタレという当世の男子気質。やはり、必要なのは母性愛と父性愛のセットかと思うのです。否定せず、あるがままで受け入れていくと同時に、プレッシャーを与え過ぎない適切な期待や要求をして、努力や達成を承認し育てていくことの両面が望まれるように思います。

     各家庭の中で、そのために何ができるか?とりわけ親の側の意識変革を考えられたらと願います。
    | ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承シリーズもの | 21:44 | - | - | - |
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