命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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聖書人物、理想の男性は誰?
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     独身クリスチャン女性との交わりの中で、時々 「聖書に登場する男性の中で、誰が理想のタイプか?」ということが話題になります。あるいは、自分から理想の男性像として、聖書の登場人物を挙げる方もいらっしゃいます。そこで、本日はこの件について、「誰が人気で、誰が不人気か?」と「それはなぜか?」を書いてみます。

     日本中どこでもクリスチャン独身女子から人気が高いのが、ボアズです。やはり、誠実さとリーダーシップを兼ね備えているからでしょう。婚活系クリスチャン男子の読者、ここ、ポイントですぞ。誠実さとリーダーシップを兼ね備えていると希少価値もあっていけるのでは?同様の要素を持つダニエルあたりも、人気が高いです。あとは、バルナバです。この方は「癒し系年上男性」ですね。慰めと励ましを求める女性には最適でしょう。資産家の家系でもあったようだし、それも現実派の女性にはプラス材料になるかも。

     逆にイケメンなのに、理想の男性にあがることはほぼ皆無なのがダビデやソロモン。それもそのはず、女性問題があるし、家庭人としても失格と評価されてしまうからでしょう。

     モーセなどは、リーダーシップがあるから、好まれそうなのですが、そうでもありません。きっと、既婚者のイメージが強いのでしょう。本当は柔和なのですが、どうも、厳しそうで怒りっぽいイメージが定着してしまっているからかも。

     多くの預言者たちは孤高の人のイメージで、結婚対象外のようです。エリヤやエリシャなんかと結婚したら、生活大変そうだし、いつ殺されるかわからないし。バプテスマのヨハネなどは、妻が止めるのも聞かずに、言うべきことは言ってしまい、最後は殉教してしまいます。ヨナなどはヘタレで不従順で幼児性高そうだし、論外ということでしょう。


     そして、びっくりするほど人気がないのが、12使徒たちです。リーダー格のペテロなどは、妻帯者だからなのか?どうも、数々のしくじりがまずかったのか?お調子者的性格が災いしたのか、まったくダメです。

     ヨハネは若くて独身だからいいだろうと思うのですが、これまた意外と不人気。イエス様の母マリヤの介護をしたようですから、二世代同居や嫁姑問題がネックなのか?はたまた、最後は迫害され流刑になるからなのか?


     興味深いのは、パウロです。パウロは、女性からの評価が分かれる人物です。先日の女性合宿参加の一人は、「一つのことに打ち込む男性。でも、その一方で広くものごとを見ることのできる人」と理想の男性を語りました。そこで、私が「一事に励み、広い見識の持ち主なら、パウロがいいでしょう」と尋ねると、やはりパウロが好きだとのこと。不謹慎にも私はこれを「パウロ萌え」と命名してしまいました。

     神様のために文字通り命をかけるパウロの姿に、クリスチャン女子が萌えるのは、理解できます。聖書を読みながら、「パウロのような男性と共に伝道に励みたい」とクリスチャン女子が思うのは、極めて健全だし、宣教的で立派だと思うのです。しかし、パウロには、クリスチャン女子に敬遠されてしまう要素もあるようです。「もらった手紙が長そう」「話が理屈っぽくてうざいかも」「会って話してみると実はショボイ」「ペテロを面前で非難したのはドン引き」「バルナバと決裂するよう人は結婚生活も不安」・・・。結婚生活を想像する女性たちの目には、パウロはハイリスク・ハイリターンと映るのでは?

     
     一方の男性には「聖書人物萌え」というのは、極めて少ないようです。「聖書人物で誰が理想の女性か?」など、男性の交わりで話題にした記憶がありません。「熟女好きのルツ萌え」とか「セレブ好きのエステル萌え」のクリスチャン男子など出会った試しがありません。

     聖書には、信仰的で尊敬できる女性や外見上の美女も多く登場しますが、男性の聖書読者は、まず萌えません。結婚後に醜い女の争いを繰り広げたり、キツイ女に変貌するケースも多いからなのか?これは、男性が想像力(あるいは妄想傾向?)に乏しく、聖書の物語を読んでも、映像化しないからでしょう。むしろ、物語を通じての神様が語ろうとしている真理を思索してしまうからでしょう。

     「パウロ萌え」をしている女性などは、誤解を受けて、「そんな不純な動機で聖書を読むな!」とお叱りを受けてしまうのかもしれません。もちろん、この方を含めて、クリスチャン女性たちが、少女漫画のように理想の男性像を目当てに聖書を読んでいるわけではありません。「聖書の登場人物で理想の男性は?」と問われて「そんなふうに聖書読んだことないから、急には出てこない」という女性も多いのです。

     最初から、聖書の登場人物を恋愛対象として読むなら、それは不謹慎でしょう。でも、女性たちが、映像つきのように想像力をもって聖書を読み、登場人物の心情に寄り添い共感をする中で、特定の男性に尊敬や魅力を感じるのは決して不純ではないでしょう。むしろ、信仰的に恋愛や結婚の対象を考えるのですから、バーチャルな彼氏に萌える二次元萌えや韓流ドラマを見て仮想恋愛を楽しむより、よっぽど健全かつ信仰的かと思うのですが、どうでしょう?


     とりわけ文学や人物描写や物語を読む時、同じ聖書の記述を読んでも男女では大きな違いがあるのだろうと私は考えています。きっと男性は「情報処理」「真理追求」「情緒排除」という傾向が強いのでは?それに対して女性は「映像的」「想像発展的」「情緒を含む全人的」な読み方をしているのでは?と予想するのです。

     その差異の現われは、男女の「聖書人物萌え」の有無の違いにも現れているように思うのですが、どうでしょうか?
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 07:16 | - | - | - |
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