命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
<< 全米普及率No.1の結婚心理テストを用いたカウンセラー養成講座が再び名古屋に! | main | プロ野球ポッドキャスト番組で、ドラゴンズを語りまくったぞ >>
「若手を自分色に染めるより、自分が若手に染まった方が早いし効果的」って、けっこう聖書的かも
0
     今朝のラジオで番組で、引退を発表したAKB48総監督の高橋みなみの著書「リーダー学」が紹介されておりました。これが、侮れない内容で、評価が高いそうです。今やAKB48は日本のビジネスモデルの一つですから、たかみなのリダーシップも注目されるのでしょう。本日のタイトルはその中の言葉を要約したものです。

    若手を自分色に染めるより、自分が若手に染まった方が早いし効果的
     
     ネット上の情報によれば「上の代が下の代に、近づいていく、降りていく。『私たちはこうやってきたんだから』と押し付けても、今の若手メンバーはついてこない。だったら自分たちが、若手メンバーたちに混ざっていけばいい。」というような内容だそうです。


      これは、キリスト教会には、有益な「リーダー学」なのでは?「私たちはこうやってきたんだから」との押し付けは、時に未来のキリスト教会を担うはずの若い芽を摘み次世代との断絶を生み出しかねない行為と言えるでしょう。どうも、これを無自覚に行いながら、「若い人がいない」「若い人が来ない」「どうして?」「自分たちの若いころは・・・」とお嘆きのベテランクリスチャンも少なくないように観察しています。

     でも、この手の失敗って、パウロもやってるんじゃないかと思うのです。バルナバと伝道旅行へ出かけようとした時のこと、パウロは、前回の伝道旅行で離脱したマルコを同行すべきてないと主張します。マルコを同行すべきと主張するバルナバと反目となり、別個で伝道旅行に出かけます。

     これは、想像ですが、パウロには、「若手を自分色に染める」発想があったのかも。次世代リーダーのマルコに対して「私たちはこうやってきたんだから」との押し付けがあったのではないかと想像するのです。パウロは、迫害で石打ちにあって死んだと思いきや、起き上がり伝道旅行を続けるような器でした。「どっこい生きてるシャツの中」ならぬ「どっこい生きてる石の中」のど根性伝道者です。パウロが、マルコに自分同様のど根性を伝道者の必須条件するのは、当然の心情です。でも、現実のマルコは、伝道旅行から離脱する「根性なし」なのです。どう考えても、パウロ色に染めるのは無理です。世代間格差とはそういうものです。自分にとっての標準が、世代を超えての普遍的標準とは限らないのです。

     これに対して、バルナバは、自分が若手に染まったのでしょう。きっと、伝道旅行中にも、根性なしのマルコの心情に寄り添い、賜物である慰めと励ましで、マルコを第一線の伝道者にまで育てたのでしょう。結果論だけで言えば、ご存知のように、マルコは、晩年のパウロが認める第一線の伝道者となりました。

     この事件「パウロ、やっちゃまったなー」と受け止めることもできるのでは?まあ、パウロ大先生でもやっちまうのですから、今日、日本のキリスト教会で、ど根性伝道者が、根性なし伝道者を潰したり、熱血ベテランクリスチャンが若手ヘタレクリスチャンに気合を入れ過ぎて、教会に来れなくしてしまうことも、ある意味、「残念な必然」「避けがたい悲劇」なのでしょう。

     そういうわけで、身に覚えのある方々は、「パウロの振り見て、我がふり直せ」として受け止めてみてはどうでしょう。自覚のない方も、せめて、パウロのしくじりを、同じしくじりをしないための反面教師として受け止めていただければと願うばかり。


     こんなしくじりに学んだからでしょうか。晩年のパウロの草食系ヘタレ伝道者テモテに対しての手紙は、まさに「若手を自分色に染めるより、自分が若手に染まった方が早いし効果的」を具現化したような文面です。マルコにダメ出しして、バルナバと反目したあのパウロはどこへやら。「パウロ先生、バルナバ入ってません?」と申し上げたくなるような変貌ぶりであります。

     自戒を込めて思うのですが、長年、忠実に励んできたからこそ、パウロのようにしくじりやすいのです。「若手を自分色に染める」発想に陥ってしまい、そこから抜けられないのです。「私たちはこうやってきたんだから」と押し付けることが、若手にとってのよいことだという間違った確信を持ってしまうのです。

     そして、「もっと若い人に教会に来てほしい、そして、私たちがやってきたことを続けて欲しい」と願うのです。一つの目的を実現する方法を自分がしてきたこと一つに限定するのです。同じ目的を果たすための次世代のあり方や表現や方法論を否定するのです。ダメ出しと否定をしておいて「若い人に来てほしい」と切望し、「若い人が去っていくのはなぜ?」と嘆いておられるケースも少なくないように観察します。


     お互い、50、60を過ぎたら、いい加減、「マルコダメ出し系パウロ」から「テモテ励まし系パウロ」に脱皮したいものです。いい歳してマルコ潰ししていては、神様から「あんた、何のために聖書を読んでんの?」と呆れられしまいます。この点については、パウロも「しくじり先生」でした。ましてや、私たちは、同様のしくじりを免れないことでしょう。でも、せっかく聖書がパウロの「恥ずかしいしくじり」と、「バルナバ入ってます的変貌」を記しているのですから、どこかの時点で、シフトチェンジして、パウロのように次世代を励まし育てる晩年を送りたいと願うのです。


    若手を自分色に染めるより、自分が若手に染まった方が早いし効果的

     たかみなのこのリーダー学、侮れませんな。結構、聖書に通ずる真理なのかもしれません。
    | ヤンキー牧師 | キリスト教界(論説読みきり) | 20:53 | - | - | - |
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << March 2017 >>
    + SELECTED ENTRIES
    + RECENT COMMENTS
    + RECENT TRACKBACK
    + CATEGORIES
    + ARCHIVES
    + MOBILE
    qrcode
    + LINKS
    + PROFILE