命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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君は映画「スポットライト 世紀のスクープ」を知っているか?
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     映画には、ほぼ興味のない私ですが、これはスルーできません。先日、発表されたアカデミー賞の作品賞は、「スポットライト 世紀のスクープ」でした。最もすぐれた作品と評価されたこの映画は、新聞社「ボストングローブ」がカトリック聖職者による児童性虐待を報道した実話を描いたものです。

     wikipediaの以下の記事にも、この報道が、世界的な問題発覚となるきっかけになったことが記されています。

    wikipediaカトリック教会の性的虐待事件

     この記事にあるように2002年にボストングローブ社は、一司祭が30年で延べ130人もの児童に対する性的虐待を行って訴訟を起こされたこと、さらにカトリック教会が正しい対処を怠り、該当司祭を異動させただけで、事態悪化させたことを報道しました。これがきっかけとなり、世界規模で訴訟が起こり、また、同様の隠ぺい体質が明らかになっていきます。

    ローマ法王がこの件で謝罪したことも記憶に新しいです。
    「ローマ法王、児童の性的虐待問題で謝罪」
    http://www.cnn.co.jp/world/35046485.html

    また、法王が被害者とも面会し、教会の共犯を謝罪しています。
    「法王が性的虐待被害者と初面会、教会の「共犯行為」を謝罪」
    http://www.afpbb.com/articles/-/3019922

     最近は多額の賠償金の支払いのために、教会が不動産を売却するなどしているとの報道を読んだ記憶もあります。


    スポットライト 世紀のスクープ」の公式サイトはこちらです。
    http://spotlight-scoop.com/


     私はこのサイトを視聴して胸が張り裂けんばかりでした。とりわけ三つの言葉について記します。

    (1)「記事にしたら、誰が責任を取るのか?」との問い掛けに答えるジャーナリスト「では、記事にしなかった場合の責任は?」
     編集長が葛藤し、ジャーナリストが葛藤するのはなぜか?本来、取るべき責任を教会がとらないからです。パウロがコリント教会に性的罪を内部でさばくことができないことを非難したのと同様です。それどころか、同労者同士の隠ぺい体質があるからです。

    (2)「世に知らしめるために」との言葉が辛すぎます。「世に知らしめるべき」は、救い主キリストでも神の愛でもありません。教会の闇であったのです。それを知らしめることが、子どもたちを性犯罪被害から救うのです。救いの知らせが、聖書の福音ではなく、教職者の性犯罪事実なのです。

    (3)「暗闇を照らす一際まばゆい希望の光」。これが、「スポットライト」というタイトルの由来です。こんなに悲しいことがあるでしょうか!これは、「教会の暗闇を照らす、ジャーナリズムがもたらす希望の光」なのです。「世の暗闇を照らす教会がもたらす希望の光」ではないのです。まさに本末転倒です。

     
     これは、カトリック教会だけの問題、欧米のキリスト教会だけの問題ではないでしょう。極一部とは言え、日本のプロテスタント教会も例外ではありません。日本の聖公会では、同様の事件が起こり、やはり不誠実な対処で問題が深刻化しました。

    聖公会の該当教区からの正式な見解はこちら
    http://www.nskk.org/kyoto/houkoku/index.html

     また、最新号のMinistryの8ページには、辞職した牧師による「教授による少年への性加害を隠ぺいした神学校」という発言が登場します。これなどは「現代日本版ボストングローブ」でしょう。過去のこととはいえ、疑惑の神学校では、大変なことになってはいないかと心配です。


     被害者を児童に限らなければ、キリスト教教職者の性犯罪が、一般メディアでも取り上げられ、ネット上でも(誤報や不正確なものもありますが)明らかにされるようになってきました。

     「伝道の邪魔になるから、報道すべきでない」との声を未だにお聞きします。私はこの映画のジャーナリストのように「では、記事にしなかった場合の責任は?」と問いたいです。それは裏を返せば「伝道の前進のためなら、さらなる犠牲者と加害者を出してもよい」という意味になりはしないでしょうか?「伝道前進のための性犯罪被害者増加」。それは神様が望んでおられることでしょうか?

     私はすべて報道すべき、すべては公益通報だとは思いません。しかし、悪質で連続性のあるもの、また、加害者が正しく戒められておらず、被害拡大が予想される場合は、報道しなければ、事態悪化を招き、さらに主の御名が汚されるのではないかと考えています。むしろ、こうした不都合な事実を認め、向き合い、聖書的に対処することが、神様のみこころのように思います。そして、加害者や対処を誤った教会や団体を責めるだけではなく、共に痛み、執りなすお互いでありたいと願います。

     この映画は日本では4月15日から、全国ロードショーだそうです。


     キリスト教ジャーナリズムが、教職者の性犯罪などを報道することの是非、「どこまで、どう伝えるべきか?」については以前、シリーズで論じたので、その時の記事を参考になさってください。
           
    | ヤンキー牧師 | キリスト教会(出来事・情報) | 17:15 | - | - | - |
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