命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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君はお坊さんネット相談"hasunoha"を知っているか?(3)
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     今日で最終回です。このサイトにおいてダントツで「有り難し」の数を得ているのが、丹下 覚元(たんげ かくげん)とおっしゃる僧侶。紹介文によれば、このサイトの主催者でもあるようです。

     その丹下僧侶の回答集がこちらです。
    http://hasunoha.jp/users/109


     いつくかのQ&Aを紹介しながら、考えたことを記してみます。

     テレビ番組で紹介されていたのは、この質問とそれへの回答でした。多分、「最多有り難し」と獲得しているのでしょう。
    死んじゃいたい。

     この究極の質問に対して、ご自身の壮絶な経験を交えて真摯に回答しておられます。キリスト教的に言えば、神様からいただいたご自身の経験を証して、教理を説いて、適用しておられるということでしょう。回答者自身が経験した試練を通じての恵みは、やはり、相談者の心に届き、説得力もあるのかと思います。


     次はこの質問ですが、心が痛みます。

    母を救った宗教に疑問を感じてしまう

     救われた喜びに満たされて宗教に熱心な母親によって、寂しい経験を繰り返してきたその子どもの正直な疑問です。30代の女性が、母が喜んでいる宗教に疑問を感じ、素直に喜べず、入信したいと思えない心に葛藤しているわけです。

     これは戦後2世代目のクリスチャンが経験することもおおいタイプの葛藤なのでは?逆に、「熱心に信仰生活を送ってきたのに、子どもが救われないのはなぜ?」と悩んでいる方は、この質問が子どもの声であり、自分を客観視できる場合もあるでしょう。子どもがこの質問者の母親が、正統的なキリスト教会のクリスチャンである可能性は否めません。回答は、質問者の心を理解し、整理するよいものだと私は思います。ただ、子どもである質問者が不健全な宗教ではないと評価いしているのですから、母親は教団に取り込まれたり、洗脳されてるではないでしょう。

     何より、相談に答える動機の中心に、「自分の宗教に勧誘しよう」との思いがないことが、信頼を受ける理由の一つだろうと思います。そのことは、以前、本ブログでも以下の記事で扱いました。

    葬儀を宣教の機会と考えるのは「助平根性」か?


     続くこちらは、仏道に歩み方からのシリアスな相談。
     
    大罪

     相談者の心に寄り添う回答が多い中、ここでは、「喝」を入れております。仏道にいた相談者ということで、相手を見て法を説いておられるのでしょうか?

     仏教における「懺悔」や「悔い改め」の一端が分かる相談と回答だと思います。この僧侶は、どうも来世や輪廻転生を文字通りには信じておられないようです。意外かもしれませんが、宗派によっては、あるいは僧侶によっては、来世の存在を信じない教理に立つ方も少なくはないようです。聖書でもサドカイ派は、来世を認めない宗派だったのですから、それなりに理解できるのでは?


     性的な問題に対していの丹下僧侶のこの回答はヤバいです。面白いのを通り越して、アブナイです。

    性欲の強さに困っています

     他の僧侶が真面目に答えている中、丹下僧侶の回答は、異例です。この回答、仏教用語を下ネタと結び付けているので、厳格な方からは「冒涜的」と非難を受けることでしょう。実在の一休さんが、かなり破天荒な僧侶で、庶民に人気があったように、この方の人気の一因はこうした破天荒さにあるのかもしれません。ふざけているようでも正しく「性欲の方向性」を示しているのはさすがです。

     心理学では「自己開示の相互性」というのがあるそうです。権威ある回答者が自らの弱さや恥ずかしい面を開示することで、相談者も、より深い自己開示ができるのでしょう。「じつは私もアタマの中はいつもHの事だらけ。Hと本堂の債務のことばかりのH坊主」と自らを煩悩の塊として示す自己開示は、過激だけれども、相談者の心に届く要素でもあるのでは?(もちろんマイナス要素が多すぎるとは思いますが)。少なくとも、性の問題については、上から目線でなく、回答者も性的葛藤を持つ者として、応えていくことが、相談者の尊厳を保ち、向上心を励ますことにもなると思うのです。


     いろいろ見てきましたが、キリスト教会でのQ&Aはどうでしょう?多くの場合は、聖書の原則が正しく適応されて、相談者がそれに従えば、問題解決に向います。でも、いつも、うまくいくわけではありません。

     時々「相談する前から、回答が予想できるから牧師には相談しない」という声をお聞きします。少し、悲しい思いがすると同時に、「イエス様はそうでなかったのに、なぜ今日の牧師はそうなっているのか?」と反省させられます。私など身に覚えがありすぎるのですが、真面目な日本人にありがちな「道徳主義的な信仰理解」を持ち、聖書を「クリスチャンルールブック」のように扱う指導者などは、信徒に相談してもらえない代表になりかねないのでしょう。

     仏教の僧侶たちの名回答には、学ぶところが多々ありますが、イエス様はじめ、信仰リーダーたちの「ありきたりでない答え」「予想を裏切る非正論」などのQ&Aが聖書には、多く記されています。時にイエス様による弟子たちの愚問への賢い回答伝統的教理に立った素直な質問への革新的回答などは、模範と言えそうです。

     そして、思うのです。「聖書中のQ&A実例」に注目して学び、キリストの心で相談者に接するなら、丹下僧侶に負けない回答者になれるのかも。
    | ヤンキー牧師 | キリスト教会(出来事・情報) | 11:47 | - | - | - |
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