命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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親ラブ族の起源〜親の側の自立不足
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     ようやく「親ラブ族」シリーズに帰ってきました。ほとんど、シリーズであることが忘れられていることでしょう。初回の記事をアップした際に、FBにおいて、一人の牧師からこんなコメントをいただきました。その一部を抜粋して紹介します。


    「子どもが自立していない」という現象はまさしくその通り。
    ですが、「自分が自立しちゃうと、パパが/ママがかわいそう」という子ども心理が接する中で伝わってきます。
    まさに共依存なのですが、子どもの方が「依存してあげることで親の欲求を満足させてあげてる」という様子――。
    どんなもんでしょう?


     以上がコメントの引用です。

    自分が自立しちゃうと、パパが/ママがかわいそう

    依存してあげることで親の欲求を満足させてあげてる


     子ども側に見られるこの2点は、実に深刻な問題です。親が子どものニーズを考えて、それを満たしているのではありません。子どもの側が親のニーズを考えて、それを満たしているのです。これは親と子どもの関係が逆転しています。家族カウンセリングで学んだ覚えがあるのですが、確かこれは「逆転親子」などと呼ばれたりする家族病理に準ずるのではないか?と心配になります。

     親の過保護や過干渉が、子どもの自立を妨げることや、子離れできない親の問題は、数十年前から、指摘され続けてきました。しかし、近年台頭した「親ラブ族」はそれとは少し異なるようです。問題は親が「子ラブ族」であることです。言い換えるなら、親自身が自立できておらず、他者と依存的な関係しか築き得ず、子どもとも適切な距離感が持てないことです。


     このことを尾木直樹先生は著書「親子共依存」の中で強く指摘しておられます。そのことを私なりに消化して、説明させてください。親は大人なのですから、本来は精神的に自立しており、「個」を確立した上で、他者との関係を築くはずです。しかし、今の親は、精神的自立が不十分で、大人になりきれておらず、「個」が確立しないままで、「」や「つながり」などの他者との心情的なかかわりに依存をしているのです。つまり、大人同士の成熟した関係が築けず、依存的な関係しか築けないのです。


     個が一定確立していないと人は正しく愛することができません。

     自立不足で未熟な人物は依存関係を愛の関係と取り違えます。

     そうした人物が親になると、子どもに対しても、依存的な関係を築くのです。

     子どもとの心情的つながりに依存するのです。

     子どもの世話をすることで、自己価値確認をして依存するのです。

     子どもが依存対象ですから、世話を焼くことを止められません。

     子どもが成人しても、就職しても、結婚しても、それは続きます。

     子どもは親に依存をされていますから、心理的距離をとることは親を悲しませることです。

     そこで、子どもの側も親のために、依存を続け、世話を焼かせてあげるのです。

     こうした共依存は、親子の適切な心理的距離を取ることなく、双方が自立しない関係です。

     親が、子どもを自らの依存欲求の生贄とし、子どもを犠牲にして依存欲求を満たしているのです。

     しかし、当の親は、その異常な関係「親子の絆」「親子のつながり」と本気で信じています。

     恐ろしいことに、健全な心理的距離間のないこの病的な親子関係を「幸せな親子」と評価します。

     
     もう、お分かりだと思います。親ラブ族の起源は、その親である「子ラブ族」にあります。さらに突き詰めれば、親たちの自立不足とその裏返しの依存体質にあります。今の親たちの多くが「父親に育てられていないこと」などは、その主要な一因であろうと私は考えています。

     一体感はあっても他者感覚に欠け、つながる愛は得意でも、距離を取る愛は苦手。一般的傾向としては、それが母親の愛でしょう。他方、父親の愛は、一体感にかけ、冷たいようですが、他者感覚を持ちます。心情的につながることは苦手ですが、距離をとって愛することが得意です。子どもを自立させるためには、こうした「成熟した大人の男親の愛」言い換えれば「父性愛」が極めて有効だと思うのです。

     どうも、「成熟した大人の男親の愛」を受けずに育った親たちが、男女とも、自立不足のまま親となり、健全な父親モデルを持たないために、依存的な関係しか、子どもと持てなくなっているのでは?親自身が、自立していないために、子どもを依存対象とする親子関係しか築き得ないのでは?そんな恐ろしい、罪の拡大再生産を思い描いてしまします。

     
     聖書の創世記2章24節は「それゆえ、男はその父母を離れ」と教えます。これは、であるものが、子どもを自分から離れさせるべきことを教えているだけではありません。親である者に、自らの親からの心理的分離を問う言葉でもあることを覚えたいものです。
    | ヤンキー牧師 | 育児・信仰継承・家庭・養子 | 17:53 | - | - | - |
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