命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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同性愛〜存在を認めないことも差別の一形態
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     日本では、LGBTと表現されるような性的少数者は、全人口の7%程度と言われています。この数字がどこまで信頼できるかどうか疑問ですが、5%程度は存在するであろう方々を、クリスチャン人口1%未満の日本の教会が、最初から宣教対象や教会の交わりから、意図的ではなくても結果的に排除しているなら、それが果たして神様の御心だろうか?と誰もが思うことでしょう。

     キリスト教会内には、一般に考えられているより多くの性的少数者がおられます。同時に、苦悩した結果、黙って教会の交わりを去った方も少なくありません。10月17日の神戸での集会の中、JCMの藤田先生はこんな趣旨の発言をされていました。

     「同性愛についての講演後、ある牧師先生が『大切なお話しでした。感謝します。でも、うちの教会にはそういう方はおられません』とおっしゃいました。しかし、その牧師先生の牧しておられる教会の信徒から、私は同性愛の悩みの相談を受けていました。」


     「認識せざるは存在せざるなり」との事実誤認に気が付くことから、動きは始まるのでしょう。「差別」とは、対象者を違いの故に疎外、抑圧することだけではありません。その存在自体を否定、無視することも、差別だと私は思います。それは「日本は単一民族国家」との発言が、少数民族の存在否定と差別に相当するのと同様です。そう言われても、ピンと来ない方はこちらをご参照ください。日本の歴代首相の中には、「単一民族発言」で批判を受けた方々もおられたわけです。

    wikipedia「単一民族国家」中の一項目「日本」

     私自身もカミングアウトをしていただいたクリチャンの内、3名はかなり昔から知っていた方でした。「ああ、そうだったんだ」と驚いたり、気づいてあげられなくて申し訳なくなったりでした。そうです。少し交際範囲の広いクリスチャンなら、既に出会っている方々の中に、性的マイノリティーはいらっしゃると予想されます。


     「存在する可能性がある

     「知らないうちに、人格や存在を否定する言動をしてきたかもしれない」

     「いたのに黙って教会を去てしまった可能性もある。」


    教会に集う者たちが、存在や可能性に気が付くことから、

    存在自体を認めないことも差別の一形態であることに気が付くことから、

    新しい歩みが始まるのだろうと思っています。
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