命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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人権週間に際して〜クリスマス気分に飢餓と戦火を突きつける聖飢魔兇痢岼魔のメリークリスマス」
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     本日で人権週間も最終日です。本日ご紹介しますのは、聖飢魔兇痢岼魔のメリークリスマス」。この曲、「お前もクリスマスツリーにしてやろうか?」とのホラー路線ではありません。また、クリスマスやキリストを冒涜する内容でもないのです。「おっ、意外と聖書的じゃん」という歌詞なのです。この曲には「青春編」と「完結編」というふたつバージョンがあるのですが、今回は「完結編」の方を紹介します。

    悪魔による歌詞はこちら。悪魔の視点から見た日本のクリスマスを描いています。
    http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B14138

     youtubeでは、実際の演奏と歌唱も見ることができます。詞の内容に合わせて、悪魔的演技は控えめで、持ち前の歌唱力を発揮してメッセージソングとして歌っているように思います。個人的にはクリスチャンが見ても大丈夫と思うのですが、一応、自称悪魔が悪魔の視点で歌っているので、断っておきましょう。「視聴は自己責任」でということでお願いします。

    youtube 「悪魔のメリークリスマス」(完結編)
    https://www.youtube.com/watch?v=J6aDETu51b0

     
     この楽曲は、悪魔の視点から日本のクリスマスを論じた見事な社会批評、文明批判だと思います。作詞はデーモン小暮閣下のようですが、さすがです。「自称悪魔」というフォーマットを最大限に活かしています。宗教的にはヘビメタ版「悪魔の手紙・クリスマス篇」のようにも受け取れます。

     この曲は二つの現象を描いています。一つはクリスマスの本質を失っている日本の様です。「聖夜」が「性夜」に変えられ、「イブの夜は高級レストランと高級ホテル」というあり方を歌っています(youtubeでは、テレビ出演のためこの部分の歌詞はカットされているようです)。その一方で、蠅を追い払う力もなく弱り命を終えていく飢えた子どもたち、民族紛争や内戦、戦争などで死んでいく人々を示しています。そうです。キリストの生誕を祝うことなどなど関係なく性と快楽を楽しむ日本のクリスマスと飢餓と戦火に苦しんで過ごすクリスマスを対照的に描いているのです。

     神もキリストもそっちのけで、飢餓と戦火の中で死にゆく子どもたちのことを覚えることもなく、そのために祈ることも寄付をすることもなく、自分の性欲の充足のためにクリスマスを利用する姿。ここまで、クリスマスから宗教性と精神性を奪いとり、自己目的のために利用している日本のクリスマスを悪魔の視点から、描いているわけです。


     そして、結論は、"Just make love & die"という呪いの言葉です。下品な表現で恐縮ですが、悪魔的には「やるだけやって死んでいけ」となるでしょうか。日本におけるクリスマスの過ごし方はまさに「生殖行為を繰り返して死んでいくだけの人生」を表現しています。「罪の喜びにふけりながら滅んでいく」のはまさに呪われた姿そのものです。

     こうした日本的なクリスマスのありようは、まさに「悪魔の思う壺」です。キリストも隣人愛もない自己目的達成手段とされたクリスマスを見た悪魔がその愚かさを侮蔑しながらも、大喜びをして、呪っているのです。きっと、閣下は、悪魔の視点から神の愛も拒否し、隣人愛にも生きようとしない日本のクリスマスを描き、社会批評と文化を批判をしているのでしょう。


     この日本社会にあって、クリスチャンがすべきことは何でしょう?

     「罪の喜びにふけりながら滅びに向かう人たちに本物のクリスマスを!」
     
     「だから、クリスマスに向けて伝道しましょう!」

     「友人知人をクリスマス集会に誘いましょう」

     今日は人権週間最終日ですので、そうしたアピールはしません。「クリスマスこそ伝道」は大正解でしょうが、神様のみこころは、果たして、それだけでしょうか?クリスチャン自身が、神様の前に喜ばれるアドベントの過ごし方をしながら、クリスマスを待ち望む者としてふさわしく隣人愛に生きるているかが問われるはずです。

     ピリピ1章1−11節は、クリスマスにおけるキリストの姿勢を、自己中心を離れて、他者を省みて仕える隣人愛の模範として示しています。キリストがご自身を無にされ、私たちに仕えられたその模範にならって、クリスチャンである者は隣人に仕えるようにと聖書は勧めています。伝道と集会勧誘が唯一の他者へのアプローチというわけではないでしょう。


     ですから、クリスマス前の人権週間最終日のこの時、アピールさせていただきます。

     「蠅を追い払う余力なく飢えて死んでいく子どもたちのために祈りましょう。」
     
     「内戦に苦しむ人々、難民となっている人々のために祈りましょう。」

     「基本的人権を侵害されている人々のことを覚えて祈りましょう。」

     「とりわけ生存権さえ保証されていない人々のために祈りましょう。」

     「悲惨な差別と抑圧の中にある人々のために祈りましょう。」

     「重荷と導きがあるのなら、クリスマスの時こそ、そうした方々の支援のために大胆にささげましょう。」

     「遠い国のことだけでなく、地域や家庭の中で、あなたの助けを必要としているいつも顔を合わせている身近な隣人に仕えましょう。」


     C.S.ルイスの「悪魔の手紙」がそうであるように、クリスチャンにとって、聖飢魔兇痢悪魔のメリークリスマス」は、悪魔の視点を通して逆説的にクリスマスの本質とそれに歩む道を示している楽曲として受け止めることもできるでしょう。人権週間の最終日は、皮肉にも悪魔に「正しいクリスマスの迎え方」を教えられた記事となりました。


     類似の趣旨を持った曲として、2008年にバンドエイドの"Do they know it's Chritmas?"を扱った記事を紹介しておきます。

    ロックスターに勝る道?
    | ヤンキー牧師 | 人権問題 | 11:59 | - | - | - |
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