命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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袋かぶり遺体事件に思う〜カニバリズムの奥に潜む性的歪み
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     幼児期から児童期にかけての親との関係が男児の健やかな性的発育を妨げるというテーマが続いています。今日は、昨日の続きの記事をアップする予定でしたが、明日以降に先送りすることとしました。ちょうど、同様のテーマに関連したタイムリーな事件が報じられているからです。それは、東京の福生で起こった「袋かぶり遺体事件」です。今、世間を戦慄させているこの事件をとりあげます。

     この事件については、当初から、養子縁組をした同性愛カップルであることは報じられていました。同性婚ができない日本では、家族となるために養子縁組をするカップルもいます。古くは衝撃的な自死を遂げた売れっ子二枚目俳優、沖雅也と養父である東大大学院で個性的なキャラで注目された日景忠男のカップルが有名です。私自身もこの事件が報じられて、同性婚の代理としての養子縁組というもの初めてを知りました。関心のある方は、wikipediaをご参照ください。

    wikipedia「沖雅也」、wikipedia「日景忠男
     
     今回の事件、その猟奇性が話題となっておりましたが、不明な点が多かったのも事実。しかし、今日になり、こんな報道がありました。yahooヘッドラインで私も知って驚きました。

    男性転換した元女性と男性「嫁」のカップル 「事実は小説より奇」だった「顔の皮剥ぎ事件」の家庭
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151113-00000004-jct-soci


     ポイントは二つあります。このカップルは同性愛者カップルではなく、性同一性障害者カップルだったような報道です。養父であった被害者男性は女性から身体も戸籍も男性に転換しています。逆に、養子である通報者は、男性ですが、女性への転換を願っていました。

     では、二人共が性同一性障害と言い切れるかといえば、そうでもなさそうです。もしかすると、養父のみが性同一性障害であって、養子の方は自分を男性と認識し、男性を愛する同性愛者である可能性も、私は考えてしまいます。つまり、養子は性同一性障害ではないのに、愛する男性からの愛を受けたいがために女性になりたがっていたという可能性も捨てきれないように思うのです。もし、そうだとすると、養父は「本物の女性がよい」として、男性ではなく、女性と関係があり、それが大きなトラブルとなっていたという想像もできます。


     (注意:ここから先はカニバリズム(人間を食べる行為)について書いているので、一定配慮はしていますが、閲覧注意です。自己責任でお読みください。)

     もう一つのポイントは、はがされた顔の皮がないのは、加害者が食べてしまった可能性があることです。この記事にあるように犯罪心理学者もその可能性を指摘し「同一化したかった」「真実の顔を知りたかった」との動機を予想しているようです。愛する相手の身体の一部を食べることは「カニバリズム」と言われます。これは元来は野蛮な宗教的行為として知られてきましたが、同時に、歪んだ性愛行為の一つでもあります。近年日本で起こったカニバリズムとして有名なものは以下の二つの事件でしょう。

     1981年のこと、パリの大学の博士課程にんでいた日本人男性留学生が、交際していたオランダ人人女性を殺害し、遺体の一部を食べるという事件がありました。彼は不起訴となり日本に帰国します。この事件は「パリ食人事件」と呼ばれ、後に「霧の中」というタイトルで実名小説可され、ベストセラーとなりました。

     また、1989年におこった埼玉連続幼女殺人事件では、犯人の宮崎勤(既に死刑執行)が殺害した幼女の遺体の一部を焼いて食べ、血を飲んでいたことが知られています。その異常な性的傾向は、不幸な親子関係、成育歴から生み出されたことも、定説となっています。

     これらのカニバリズムは、性愛対象者の肉体の一部を、自らの内に取り込むことよって、相手との一体化をはかろうとする性愛行為と理解されています。男性にとって、性的結合は、対象者とのつながりだけではなく、支配や所有を意味します。そして、通常は支配と所有によって性的満足を獲得します。しかし、いくつかの特殊な要因が重なり強く働くと、支配と所有を超えて、相手と一体化するところまで至ってしまうようです。

     上に紹介した二つの事件の場合は、「孤独と劣等感」であろうと説明されます。パリの日本人留学生は、日本人としても小柄で、ヨーロッパの女性に強い肉体的コンプレックスを抱き続けていました。また、異国生活の孤独感に共に暮らしていたオランダ人女性との不仲が拍車をかけて、より孤独を深めていたようです。

     宮崎勤も、手に軽い障碍があることなどから、強い劣等感を持っていました。支配と甘やかしの両極端が混在する家庭環境の中で、人格的に成熟に向かわないことで、人間関係もうまくいかず、さらに彼は強い劣等感をいだき、孤独を深めていったようです。ついに引きこもり生活に至った彼にとって、溺愛してくれていた祖父の死は、決定的な孤独に彼を陥れたようです。劣等感の強い彼は、現実世界では、幼児しか性的対象にできず、その性的征服欲を満たすためカニバリズムに至ったと理解されています。


     あくまで、今回の事件がカニバリズムだと仮定しての話ですが、今回の事件の犯人も、「自分が被害者から愛されなくなるのでは?」との劣等感や元来の孤独感に「相手が自分を離れかけている」という孤独が重なったのかもしれません。性器ではなく顔の皮や肉を食べたことは肉体的一致より人格的一致を切実に求めていたのかもしれません。深い劣等感と孤独感の中で、テレビのコメンテーターである犯罪心理学者の予想のように、きっと、愛する者との一体化を求め、移り気に見えた相手の「本当の顔」を知りたかったのでしょう。今回の事件にこれまでのカニバリズムとは異なる要素があるとしたら、食した部分が、顔の皮のみであったことでしょう。


     相手を殺害し、相手の肉体の一部を自らの内に取りれることによって、永遠に相手と一つとなれるし、相手は他の人のところへは行かないのです。そして、苦しんできた劣等感と孤独は癒され、克服されるのです。これがカニバリズムの発想なのでしょう。しかし、これは事実ではありません。歪んだ性愛がもたらす間違った妄想に過ぎません。


     猟奇的な要素に嫌悪感を持つのは当然の感性でしょう。また、商業主義的なマスコミはこの猟奇性の故に、興味本位でこのことを報道するでしょう。しかし、読者の皆様におかれましては、この事件の奥底にある性的歪みの深さ、さらに、それを生み出す私たち人間の罪深さの「両方の深さ」に向き合っていただきたいのです。不幸な親子関係や成育歴、そこに由来する劣等感や孤独が、どんなにか男児や少年たちの性を歪めてしまうかを知っていただきたいのです。

     その上で、身近な男児や少年たちの健やかな性の成長を見守り、助けていただければと願うばかりです。あくまでカニバリズムとの仮定に立った上での記事に過ぎませんが、辛すぎる真相が見えかけてきたこの事件の最新報道に接して、そんなことを考えています。
    | ヤンキー牧師 | ポルノ・アダルトサイト・性暴力 | 15:10 | - | - | - |
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