命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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信仰継承とは「三代目JSoul」と見つけたり(1)〜次々世代までを視野に
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     少し前の話になりますが、3月1日の主日は、所属教会で礼拝をささげました。早川恵三牧師による礼拝メッセージは、第二テモテの2章2節からでした。2月にKGK東海地区強力会主催の行われた青年宣教シンポジウムでの発題に準ずる内容でもありました。

    多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆだねなさい。

     説教の冒頭、この聖句には四つの世代が含まれているとのご指摘。これには、目からウロコ。

    命じているパウロは第一世代

    そのパウロに命じられているテモテは第二世代

    テモテがパウロから聞いたことを、委ねる相手は、他の人にも教える力のある忠実な第三世代

    そして、その第三世代から、教えられる他の人が第四世代


     なるほど、まさにここには、四つの世代が含まれています。それを納得したところで、牧師が語った適用がまさに私たちのこと。教会の大人たちの多くは戦後の「第二世代」のテモテに相当するのだから、次世代が次々世代を教えられるように育てるべきとのご指摘。近視眼的になりがちだが、教会は次世代でなく、次々世代までを視野に入れて歩むべきとのお勧めであります。

     
     これには、悔い改めました。本ブログでは、信仰継承、次世代の救いと育成などを論じてきましたが、それは、パウロの視点からすれば、近視眼的であったのです。パウロは、自分から見て四世代先まで、視野に入れて命じていたのですから。自分は戦後第二世代でしょうから、テモテが命じられたように、次々世代までを視野に入れて、考えるべきだったのです。ですから、聖書的な信仰継承とは、次世代への信仰継承ではなく、次世代が次々世代を教え導けるように育てることと言えるでしょう。

     そこで、今回のシリーズに付けたタイトルは・・・

    信仰継承は「三代目JSoul」と見つけたり!

     聖書的な信仰継承とは、自分から見て三代目までに”Jesus”の”Soul”を継承することなのであります。だから「三代目JSoul」というわけです。



     お孫さんを持つクリスチャン女性から、何度も、こういう言葉をお聞きします。

    自分の子どもの子育てを見て、初めて自分の子育てが評価できました」と。


     これは、聖書的な信仰継承にも通ずる経験だと思うのです。

    自分が導き育てた次世代クリスチャンが、次々世代を導き育てるのを見て、初めて、自分の信仰継承が評価できました。」

     きっと、聖書的な信仰継承を成し遂げた方は、長い年月を経て、こうした言葉が言えるのでは?と思ったりします。


     今、教会に次世代クリスチャンが一人しかいないとしても、その一人が、「他の人にも教える力のある忠実な人」に成長し、上の世代から継承してきたものをゆだねることができれば、次々世代クリスチャンは10人になるかもしれません。

     逆に、今、教会に次世代クリスチャンが10人いたとしても、その10人が「他の人にも教える力のある忠実な人」に成長せず、上の世代から継承してきたものをゆだねることができなければ、次々世代クリスチャンは1人になってしまうかもしれません。

     そうです。「次世代の1対10」は「次々世代の10対1」に逆転しうるのです。ですから、今、次世代が一人だからと言って、悲観している場合ではありません。その一人を、いいえ、貴重な一人だからこそ、愛し、祈り、支え、教えて、「他の人にも教える力のある忠実な人」に育てましょう。一方、次世代が10人もいるからと言って、感謝こそすれ、安易に喜んでいる場合ではないでしょう。「他の人にも教える力のある忠実な人」に育てなければ、次々世代においては、「昔はよかった」と今を喜べない状況に陥ることでしょう。


     信仰継承の評価対象は何でしょう?パウロの考えによれば、それは次々世代なのです。次々世代をもって、第一世代の働きは評価をされるのです。

     ですから、教会の次世代が増えること以上に、今いる次世代を、次々世代を教える力のある忠実な人に育てましょう。ベテランクリスチャンは、「若い人がいない」と嘆くより、次々世代を視野に入れて、今いる若い人を育てましょう。年齢によっては、自分の目の黒いうちに、教会に集う多くの若い人を見ようと思わず、地上での自分の祈りと愛と労が、報われているのを天から見るつもりで励みましょう。その報いはどんなにか大きなものでしょう。


     大切なのは「今、次世代が何人いるか?」ではなく、「今、自分世代がすべきことをしているか?」です。

     教会の将来を決めるのは「今の次世代人数」よりも「今の教会の信仰継承意欲と教育力」でしょう。

     聖書が私たちに示しているのは、「次世代への信仰継承」に留まらない「次々世代までの信仰継承」なのです。

     私たちが見たいと願うべきは「成熟した次世代」だけではなく「成熟に向かっていく次々世代」ではないでしょうか?

     お互いが「三代目JSoul」を目撃するのは、「地上」とは限らず「」であることも想定すべきでしょう。


    信仰継承とは「三代目JSoul」と見つけたり!

     少子高齢化だからこそ、「今」でなく、さらに「次世代だけ」でなく、「次々世代までも」視野に置きながら、「今、できること」「自分世代がすべきこと」を始めましょう。
    | ヤンキー牧師 | キリスト教界(論説シリーズ) | 15:30 | - | - | - |
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