命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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婚活クリスチャン女子のための十戒(2)「あなたには、わたしの時のほかに時があってはならない」
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     本日は第二戒です。

    「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
     あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
     あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない



     第二戒は、第一戒は結婚相手の導きについての戒めで、結婚時期の導きについての戒めなのです。分かりやすく言い換えるなら、「したくなったら、しよう」「したいと思える人と出会ったらしよう」という考えはやめたほうがいいということです。


     理由は簡単です。「したくなった時=最善の時」とは限らないからです。確かに神様は人の心に働きかけ、みこころにかなった思いをお与えになる方ですから、結婚をしたいと願った時が、「神様の時」である場合も多くあるでしょう。あるいは、御心に従って召された職業や使命に専念する中、結婚する思いが与えられず、職業人として一人前になれた頃に結婚を考える気になることもあるでしょう。多くの場合、そこにも結婚時期についての神様の導きはあると思うのです。それを、神様の時でない自己都合や肉的判断だとは申しません。

     また、神様は出会いを導かれますから、「したいと思える人に出会った時」が「神様の時」である場合も大いにあるでしょう。ですから、何も私は「したくなった時=神様がお考えの最善の時」を全否定しているのではありません。あくまで、「そうとは限らないからそういう考え方については再検討を」と呼びかけているわけです。

     では、なぜ、再検討が必要なのでしょう。それは「したくなったら、しよう」「したいと思える人と出会ったらしよう。」との発想が、神様の時より自分の時を優先することになりかねないからです。場合によっては、神様の導きより、自分の気分や都合を優先しかねません。自分の思いや気持ちを優先するあまり、神様からの導きによるタイミングを逃してしまうこともなきにしもあらずなのです。


     そもそもクリスチャンにとって結婚は「したいからする」「したくないからしない」ではないでしょう。「神様が自分を結婚に召してられるかどうか?」の問題です。つまり人間側の思いでなく神様の召しの問題です。いろいろな見解がありますが、人生を一人で生きることに孤独を感じて結婚を願う人は、独身の賜物も与えられておらず、独身に召されておらず、原則としては、結婚に召されていると私は考えています。

     ですから、「したくなくても、召されているなら、いつでも召しに応える準備を」と願うのです。実際に、20代の時にチャンスがあったけど、その時は結婚する気がなかった。あの時しておけばと今になって後悔している。」と語る30代クリスチャン女性は少なくありません。「是非ともと思う相手でなかったので、見送った。それ以来、彼以上の男性と出会えていない、あの人にしておけばよかったのかも」のようなお話しもよく聞きます。

     大抵は20代で結婚願望が弱かったり、相手選びでは強気であった女性が、30代に入って、結婚願望が本気モードになった時には、強気でいられない厳しい現実を突きつけられるわけです。本気モードになった頃には、結婚したいと思える年上と同年代のクリスチャン男性は、既に結婚していることが多いのです。したくなった時には手遅れとは言いませんが、かなりのハンデレースは覚悟しなくてはなりません。

     
     ですから、私のお勧めは、20代後半になったら、「婚活本気モード」に入ることです。受験勉強同様、早く始めた者が有利で、早めの本気モード突入が勝利の秘訣なのかもしれません。

     とは言え、なかなか本気になれない現実もあるでしょうから、本気になれなくても、自分が結婚に召されていると考えるなら、「いつ、招待状が来ても心の準備はできています」モードにはしておきましょう。使命や奉仕などとの関連もあるでしょうから「結婚、いつしよう」と考えるのは当然です。でも、その一方で「結婚に召されているのだから、神様の時ならいつでも」という思いを持ってみてはどうでしょう?

     結婚は、人間側の内側らの思いが大きなきっかけになります。しかし、結婚へと導き、召しておられるのは神様です。結婚したくないけど導かれる時もあれば、したくてたまらなくても、神が留められる時もあります。神様は必ずしも私たちの都合や思いに合わせて、働かれるとは限りません。神様の導きですから、主役は神様であって人間側ではないのです。しかし、神様は私たちの最善を願って導かれる愛なる神様なのです。だから、神様の時を信頼しましょう。

     結婚のタイミングにあっても神様が導き手であって、人間がそれに従っていくのです。それが最善のタイミングなのです。結婚時期についても、「神様の時を見逃さない」「いたずらに延期しない」ことが大切です。逆に「神様の時を待つ」「焦って、勇み足をしない」という忍耐が問われることもあるでしょう。


    親孝行について日本では古来からこんな諺があります。

    親孝行、したい時には、親はなし

    婚活クリスチャン女子の皆さんには、こんな諺を送ります。

    結婚を、したい時には、チャンスなし」 


     親孝行であれ、結婚であれ「できるようになったらしよう」という発想は、「永遠にできなくなる危険性」を孕んでいるのです。「いつかしよう」との姿勢は、「やがて対象者が不在となる」というリスクと背中合わせなのです。

     結婚を願いながら、「したくなったら」「いい人がいたら」と考えているクリスチャン女性は、この現実をしっかりと認識していただきたいのです。なぜなら、この手の認識不足から、チャンスを逃し、後悔しているクリスチャン女性を山ほど見てきたからです。

     むしろ、20代の後半になったら、「あまりしたくなくても、神様の召しなら」とか「そんなにいい人でなくても、導きなら」という姿勢であって欲しいと願っています。それは、決して「不信仰な妥協」ではなく、「神様の導きへの信頼」でありましょう。また、「人に褒められ、自分も満足できる相手」と考えている女性にとっては、「肉的プライドの破たんによる神中心への転換」だと思うのです。


     では、改めて、第二戒です。

    「あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない」

     結婚の相手だけでなく「時」についても、神様優先で歩みたいですね。
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 21:34 | - | - | - |
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