命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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婚活クリスチャン女子のための十戒(1)「あなたには、わたしの導きのほかに赤い糸があってはならない」
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     予告通り、「十戒」の始まりです。何度か、別テーマをはさみながら、連載します。では、さっそく第一戒を前文と共に記します。

    「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。」


     以前、「さんまのホンマまでっか?TV」を視聴。いつものメンバーが台湾に日帰りツアーをしておりました。目的はなかなか結婚できない門倉先生の相手を見つけるためなのです。なぜ、台湾かと言えば、いわゆる「運命の赤い糸」の由来が中国で、台湾には、赤い糸で男女を結び付ける縁結びの神「月下老人」がまつられているからです。

     私は、「運命の赤い糸」は、キューピットのように、西洋の伝説だと思っていたのでちょっとビックリ。「中国系縁結びの神」が結ぶ糸だったのですね。詳細はwikipediaをご参照下さい。

    wikipedia「運命の赤い糸」


     とりわけ若いクリスチャン女性の中には、「キリスト教版赤い糸」を信じている方が結構いらっしゃいます。その信仰理解?は、簡単に言えば、「神様は既に一人の男性を自分の結婚相手に定めておられて、その男性と出会って結婚するのが、神様のみこころ」というものです。

     もちろん、「赤い糸」という言葉は出てきません。しかし、実質は同じで、「神様の導き」や「御心の人」という言葉に置き換わっているだけです。その根底には、「月下老人に代わって聖書が示す神様が、自分と一人の男性を既に結び付けておられる」という発想があるのです。これは、実質上、聖書が示す「神様の導き」とは別の「赤い糸」を信じていることを意味します。

     
     これ程までに聖書に反する異教的な発想が、なぜ、形を変えてクリスチャンの間に入り込んでしまうのでしょう。きっと、異教的な発想を持つ私たちは、リベカがイサクに、ルツがボアズに出会ったケースなどを「神が既に結びつけていた運命的な出会い」と考えてしまうのでしょう。それらの出会いには、確かに神様の導きがあり、遠大な摂理によるものでしょうし、神様が最善の異性を備えて下さっていたのでしょう。

     しかし、それを「神様が結び付けていた世界に一人の男性」と解釈し、なおかつ、今日のクリスチャンにとって普遍的な神の恵みとしてしまうのは、聖書の解釈としても、適用としても、あまりに飛躍しています。やはり、これは赤い糸的発想で、結婚相手についての神様の導きや摂理を曲解していると言えるのでは?



     以前、クリスチャンが主催するある結婚支援団体で、結婚したばかりのクリスチャン女性の証しを聞きました。彼女は「私は以前は、とても幼稚な考え方をしていました。神様は私の結婚相手に、世界中で一人だけの男性を定めておられ、いつか、その人と出会うと信じていました。でも、その考えを捨てたら結婚の道が開かれたのです。」

     私は思いました。「本当に赤い糸を信じるのをやめて、よかったなー」と。どうして、「キリスト教版赤い糸」を信じて「世界に一人だけの異性との出会いを待つ」という発想が、結婚を遠ざけてしまうのでしょう。一つは、非聖書的結婚観だからです。それは、多様で人知を超えた遠大なる神様の導きを、人の偏狭な発想に押し込めて、台無しにしてしまうからです。

     そして、もう一つの理由は、伴侶のストライクゾーンを極限まで狭めてしまうからです。昨日の記事にあるように、結婚の可能性を高めるのは自己変革や成熟であります。「10人中3人はいける」と思える大人に成長することです。しかし、「赤い糸信仰」をもってしまうと、「10人中一人もいけません」になってしまいます。なぜなら、世界にたった一人しかいない誰がが、10人の抽出メンバーにいる可能性は、天文学的に低いからです。そういうわけですから、赤い糸信仰者は、神様が身近に備えて下さった伴侶候補や既に出会っている結婚にふさわしい異性をスルーしやすいのです。



      さらにイメージしやすいように仮想事例をあげてみましょう。たとえば、結婚適齢期のクリスチャン男性が3人いるとします。3人の誰もが一長一短で、現時点では「結婚したい」とは、思えないし、導きを感じて居るわけでもありません。その三人は、以下のようなクリスチャン男性です。


    A君 一緒にいて楽しいが、信仰的に未熟でちょっとたよりない。
    B君 信仰的に尊敬できるが、異性としてあまり魅力を感じない。
    C君 信頼できるクリスチャンでタイプだが、収入低くて身分も不安定。

     さて、この三人のうち、誰が「御心の人」でしょうか?神様は、このクリスチャン女性を誰との結婚に導かれているのでしょう?私自身は、こう考えます。

     三名中の誰か一人がそうかも。
     あるいは二人がそうなのでは?
     もしかすると三名とも御心かも。
     残念ながら、三名とも導きでないかも。


     私はこれが聖書的な判断だと考えています。判断はしていますが、全く特定できていませんよね。現実には3名の中の誰かとの結婚をまず祈り始めては?と思うのです。大切なポイントは、もしかすると三名の誰と結婚しても、神様のみこころにかなう可能性もあるということです。間違っても、世界中にたった一人ではないということです。


     再度、第一戒を授けましょう。

    「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。」



     というわけで、今日は、誰もが忘れてしまった「ギター侍」のネタでしめます。


    ♪「わーたーしはークリスチャン、神様が 決められた たった一人の男性と

    出会うその日まで、わたしは祈り待ち臨みます」なんて言うじゃな〜い?♪

    でも、神様が、たった一人の男性を備えておられたのは・・・

    人類史上、エバだけですからー!  残念ーっ!


     というわけで、エバ以外の全クリスチャン女子は、結婚を願うなら、まずは、赤い糸信仰を捨てましょう
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 21:36 | - | - | - |
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