命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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24歳にして23児の父(2)経済的、技術的に可能で違法でなければいいのかよ?
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     御曹司にして資産家のこの青年には、代理人である弁護人が6人もついているようです。その一人は、弘中惇一郎弁護士です。この弁護士は、ロス疑惑、薬害エイズ、村木厚子事件、小沢一郎事件などの担当弁護士として知られ、「無罪請負人」とも呼ばれるほどの超敏腕弁護士なのだとか。

     一連のことも、高額の顧問料を支払って、弁護士たちに相談して、違法行為とならぬよう、犯罪者として拘束されぬよう進めてきたと予想されます。私自身は、この青年の倫理的問題とは別に、「弘中弁護士自身の弁護士倫理はどうなんだろう?」と疑問に感じています。

     犯罪の嫌疑をかけられ裁判で訴えられた被疑者を弁護して、冤罪を晴らしたり、依頼者のために無罪を勝ち取ることは、弁護士として正しいことでしょう。しかし、一般社会において、倫理的に問題ありとされる異常行為を、違法とならないようにその実現を手助けすることは、弁護士倫理としてどうかと思っています。こうした弁護士活動は、暴力団から多額の顧問料を受け取り、犯罪一歩手前の反社会的行為を助ける悪徳弁護士と同じことになりはしないかと心配をしているのです。

     代理母の乱用と評価すべき一連の出来事に対しての私の個人的抗議の声はこれです。

    経済的、技術的に可能で、違法でなければ、何をしてもいいのかよ?

     
     まず、一つ目は「金があれば何をやってもいいのかよ?」ということです。言い換えると「経済的交換性獲得上の倫理を保証するか?」という問題です。今回の件は、大変な経済力があって初めて実現可能となることです。いくら安価とは言え、代理母への依頼費用、ベビーシッターへの給与、将来の養育費を考えれば、莫大な経済力が求められます。実際に彼は、倫理的には異常に見えたとしても、莫大な経済力によって、正当な経済行為を通じて、経済的には正当に自己願望をかなえているのです。
     
     バブル期には、転売目的で、ヨーロッパの名作絵画を買い漁る日本人が、国際的に問題となりました。築地で最高値のまぐろを中国人が落札したとの情報は多くの日本人にひんしゅくをかいました(実際は、この中国人は寿司文化に命をかけた尊敬に値する人物だったようですが・・・)。やはり、文化のような国家の宝や民族の誇りに通ずるものは、「お金で買える=お金で買っていい」とは言い切れないものがあります。つまり、「金銭交換してはならない金銭交換可能商品」というものが社会通念上は存在するのです。

     以前、水樹奈々のライブ応募券が付いたポテトチップス約1000袋、約200キロを不法投棄したとして、25歳の会社員の男が逮捕されました。もちろん、応募券目当てで、応募券は切り取られての大量投棄なわけです。これは投棄方法が違法であっただけで、自宅でごみに出せば、合法であったのです。もちろん、熱烈ファンがライブチケット目当てで、大金を投資するのは自由ですが、やはりこれは、捨て方が合法であったとしても、社会通念上は、異常行為レベルであり、倫理的に疑問視されるでしょう。

     AKBの握手商法もしかり。AKBを生きがいするオタク青年労働者が、給料の大半をCD購入に注ぎこみ同一CDを何百枚も買うのは自由でしょう。そして、特定のメンバーと長時間の握手をするのも自由でしょう。しかし、こうした商業方法が倫理的に疑問視されているわけです。それは、単に異性との肉体的接触を金銭と交換することへの疑問だけではないでしょう。熱烈なファンにこうしたお金の使い方をさせていることへの道義的責任が問われているのだと思います。

     絵画やマグロやライブチケットや握手の権利なら、モノやサービスですから、まだ、金銭交換性が獲得を正当化する面もあるのかもしれません。しかし、本件でこの青年が獲得しているのは、人命なのです。しかも、大人数のわが子なのです。獲得目的の違いは、本件の倫理的問題性を飛躍的に高めているように思えてなりません。

     
     「もう一つは、技術的に可能なら、いいのか?」という問題です。これまた言い換えますなら「技術的可能性は、倫理的妥当性を保証するか?」という問題です。カメラの小型化の技術が、盗撮を可能にしました。IT技術が、ハッキングを可能にしました。技術の発達はある犯罪的行為や人権侵害行為を可能とします。ですから、法整備をして、それを犯罪として、処罰を伴う法律を作らなくてはなりません。

     生殖技術はその最たるものでしょう。近年、それらの技術が、可能にしたことはなにでしょう?それは、男女産み分け、高精度の出生前診断障碍児の選択的中絶などです。それは生まれてくる前の人命に対しての差別、人権侵害と考えられるので、法律や医師の倫理規定により禁止されたり、一定の制限が設けられます。

     代理母制度も、新たな生殖技術ですが、それによって起こる問題も多くあります。それ故に、先進国では、禁止されたり、無償のみに限定されたりしています。しかし、タイでは、医師間での倫理規定はあるようですが、代理母についての法律もなければ、罰則規定もないのが現実です。


     新たな技術の誕生によって、犯罪行為や人権侵害の危険性が予想されるなら、法律等によって禁止・規制されなくてはなりません。それが、まだ為されていないのは、事実です。しかし、だからと言って、その法的不備をついて「違法ではないから」と「合法性」を主張して、自らの行為の正当性を示すのはどうかと思うのです。


     「経済的、技術的に可能で違法でなければ何をしてもいい」と言わんばかりの今回の事件です。それは、脱宗教的で世俗化の極限に至った現代人らしい個人倫理とも言えるでしょう。社会通念上、明らかに異常とされる行為が、こうした理論で正当化されていいのでしょうか?また、弁護士が彼を支援することには、弁護士倫理上や国際間の倫理を問う声はこれから上がってくるのでしょうか?それとも、法律論的に問題がないでしょうから、事実上不問とされてしまうのでしょうか?


    日本人は、経済的、技術的に可能で、違法でなければ何をしてもいいと思っているのか?」

     タイの人々は日本にそんな思いを持つに至っているのかもしれません。日本人の金に任せた性的搾取を身近に見てきたタイの人々が、本件を機に、新たに日本人を軽蔑し、異常と思うとしたら、残念であり、申し訳ない思いでいっぱいです。
    | ヤンキー牧師 | 生命の尊厳・生命倫理・医療倫理 | 15:52 | - | - | - |
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