命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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育てよう健全信徒(33)号泣議員クリスチャン
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     兵庫県民、西宮市民の皆様、ごめんなさい。不謹慎にも笑ってしまいました。税金からの政務調査費の不正使用疑惑なのですから、真面目に考えなくてはならないのですが、3時間弱の会見のあの場面だけ報道されますと、あまりのすごさに笑うしかありませんでした。でも、あの場面以外の三時間も笑えないだけで、恐ろしく意味のない会見だったようです。

     上島竜平には、激怒した直後に我に返って急に冷静になり「どうも、取り乱してすみませんでした」と謝罪するギャグがありますが、それをでやったようで、よく考えると笑っている場合でなく怖いです。だって、47歳でしょう?あの幼児性は、異常でしょう。

     名門高校を経て有名大学を卒業しての公務員、なぜか、政治家を目指しながら、秘書をするでなし、既成政党に入ることもなく、市長選などに連敗。ようやく「西宮維新の会」という「維新の会」とは無関係なのに、誤解を招くような政党名を名乗って、僅差で県議に当選。性格は極めて真面目で熱心感情の起伏はかなり激しく、周囲からは、議員になってから人が変わったとの声も。今朝のテレビ報道では、仲間の議員に送った「恨みますメール」も、紹介され、その幼児性が暴露されています。

     やはり、一連の行動を見ていると、極端な幼児性を感じてしまいます。主観性の強さ、他者交流の欠如、感情制御不能、号泣時の幼稚な発言と態度は、この議員が何らかの原因で、強い幼児性を温存してきたように見えます。大人になり切れておらず、柔軟で狡猾な応答をする自信がないので、恐れに支配され、極端な自己防衛に走ったように観察します。人格的な面については子どものまま、大人になり、社会に出てしまい、それでもなお、子どもじみた夢に生きてしまったように予想します。

     言うなら、真面目で熱意ある中学生男子が、学校を変えたいと願い、生徒会に立候補するようなノリで、地方政治の現場に出てしまったのでは?と心配です。もしかしたら、大学進学に際して、友人たち負けたとの劣等感は、公務員になることでは、晴らすことができず、政治家になることで一発逆転を狙っていたのかもしれません。社会に出てからも、学校時の劣等感を持ち続け、等身大の自分で折り合いをつけられないのは、子どもじみています。

     自分から会見を申し出ておきながらの極端な自己防衛的態度、尋ねられたことに応えず、自分の心情ばかり訴えて、釈明も謝罪もしない姿勢などは、著しい人格未発達を感じさせます。独身であること自体は何ら問題ありませんが、彼の場合は、子どもが大好きで、結婚願望を持ちながら、47まで独身ということで、やはり心配材料でしょう。こうした人物を「維新の会」の関係者と誤解した西宮市民が、投票してしまったとしたら、それは不幸としか言いようがありません。


     でも、このタイプのクリスチャンは希にお見かけするように思うのですがどうでしょう?

    まず、年齢が30代後半から、40代以降、つまり、社会的に年齢相応の成熟が当然とされる年齢。

    その年齢にもかかわらず極めて主観的な発言を一方的に続けるばかりで、対話が成立しない

    尋ねられたことには返答せず、自己心情、苦労、業績ばかりを感情的に話し続ける。

    感情を制御できず、号泣や激怒をしてしまい、それによって、信頼を失う

    逆に、号泣や激怒によって、周囲を威圧し、コントロールしてしまう。

    号泣や激怒などによって、説明責任、謝罪、悔い改めを回避する。

    そうした対応によって、多大な時間を浪費させても、相手に悪いとは思わない。

    幼児性のため、自己客観視能力に欠け、自らの幼稚な言動を周囲がどう評価するかを気にしない。

    命がけ」との言葉を連発し、それによって、具体的な問題を不問しようとするし、当人は不問にすべきと本気で思っている。

    独りよがりの主観的な熱意は、問題視される客観的事実や社会的規範違反さえ、チャラにできるとする「超主観的規範意識」を持つ。

    「献金?配慮?社会規範?大事ですよ。大事ですが、救霊、神の業という大きな括りのなかでは、極々小さなこと」などの「トンデモ相対性理論」で、大切なことさえ、壮大な事がらとの比較によって小さなことに錯覚させようとする。


     私はこうしたことは、人格的未成熟や幼児性だと思うのですが、専門科なら、何らかの障害や病理を指摘するのかもしれません。どこの世界にも、30代以降どころか、40を過ぎても、こうした方は、おられるものです。キリスト教会も決して例外ではありません。いわば、「号泣議員クリスチャン」はいるでしょうし、周囲はその言動に困惑させられることでしょう。もちろん、そうしたクリスチャンを交わりから排除してはならず、「どう受け止めるか?」「どう課題に向き合ってもらうか?」が問われます。

     真面目、熱心、子どものように夢に生きるそれなりの年齢のクリスチャンの中には、時に「号泣議員クリスチャン」がいるのでは?今回の号泣議員の件が、そうしたクリスチャンたちへの理解やよりよい導きの助けになればと願っています。
    | ヤンキー牧師 | 健全信徒・教会・コリント化シリーズ | 14:43 | - | - | - |
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