命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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人の不倫見て、わが不倫直せ?
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     このタイトル、ある職場では、教訓として語り継がれているのだとか。この教訓「自分とは無関係」と考えていたのですが、ある時、ふと思いついたのです。「霊的な不倫については、他人事ではないぞ!」と。

     たとえば、テレビドラマで、夫と愛人の不倫現場正妻が踏み込むという「修羅場シーン」を想像してみましょう。不倫夫は、名優、橋爪功をイメージしてください。ここからベタな展開とセリフが始まります。

    「あなた!あの女と、あたし、どっちをとるのよー!」と正妻が夫に迫ります。

    すると、橋爪功扮する不倫夫が、あの雰囲気で答えるのです。

    「いやー、そう言われても困んるだよねー、どっちも愛してるんだよねー」と返答。

    「もう、勝手にしなさい!離婚よ!」とブチ切れて、離婚を言い渡す妻、

    どっち付かずなんてサイテー」と、言い捨てて去っていく愛人。

    両方から愛想をつかされ、一人ぼっちとなるトホホな夫。橋爪功の顔がアップ。無言ながら、その表情が不倫夫の心情のすべてを表現し切っています。


     
     私は、こういう男、心からサイテーだと思います。読者の皆さんの多くも同意見でしょう。でもこれって、他人事でしょうか?

    神と富、どっちに仕えるのよ!」
    「いやー、そういわれても困んるだよねー、どっちも大切なんだよなー」

    神と世、どっちを愛してるのよ?」
    「どっちも愛しているんだよねー。両方とも愛しちゃいけないのかなー?」

    神と人、どちらを喜ばせて生きるの?」
    「そう言われてもなー、どっちにもいい顔しときたいんだよねー」

     お互いは、神様のみ言葉にこう問われながら、まるで、橋爪功のように、とぼけた返答をするのでしょうか?


     聖書は、「神と富」「神と世」「神と人」という組み合わせで、「究極の選択」を迫っています。最終的には、どちらを選択するのかの二者択一を聖書は、私たちに突きつけています。不謹慎なたとえでしょうが、ある意味、不倫現場に踏み込んだ正妻の問い掛けに似ています。

     そう考えますと、を捨てて契約を交わしてくれた正妻がいながら、不倫して、なおかつ、どっちつかずの態度をとる情けない不倫夫のことを、他人事と言い切れないように思ったのです。時に自分が「霊的橋爪功状態」にあるのでは?とドキッとさせられたのです。

     「人の不倫見て、わが(霊的)不倫直せ

     もしかすると、未信者の不倫を嫌悪し、悲しんでいる場合ではないのかもしれません。人の不倫を耳にしたら、同じことを神様にしてはないかの自己チェックをするチャンスとすべきなのかもしれませんね。

     
    | ヤンキー牧師 | 信仰エッセイ | 17:46 | - | - | - |
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