命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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育てよう健全信徒(31)〜サムラークリスチャン
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    このシリーズも31回目を迎えました。30回までを読み返したい方はこちらのカテゴリーをお読みください。

    「健全信徒・教会・コリント化シリーズ」
    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=3846

     さて、31回目に取り上げあるのが、「サムラークリスチャン」であります。かつて安室奈美恵さんに心酔し、そのファッションを真似る女性たちは、「アムラー」と呼ばれました。そのように、最近、別人が作曲していたことが判明した「元現代のベートーベン」の音楽を愛するファンは「サムラー」と呼ばれるそうです。

     そして、教会の中にもその生息が報告されているのが、「サムラークリスチャン」であります。サムラークリスチャンとは、別人作曲が判明した某作曲家の如き信仰姿勢で歩んでいるクリスチャンのことであります。まず、その信仰歴は、18年前後、あるいは、それ以上であります。ベテランとも言える信仰歴なのですが、実は、そのスタートから、この方の信仰姿勢はある特徴を持っています。

     それは、ずばり「セルフプロデュース」であります。言うまでもなく、そのセルフプロデュースが事実に反する虚偽を多く含んでいるから問題なのです。サムラークリスチャンは、信仰のスタート時から、人ばかりか、神様の前にも、セルフプロデュースをして歩んできているのです。あるがままの自分を隠して、自分が願う「理想のクリスチャン像」や「他者から認められるクリスチャン像」に自らをプロデュースするのです。そして、虚偽の自分を演じて、教会内でも神様の前にも生きていくわけです。

     サムラークリスチャンは、決して、幼子のように神様の前にできることはありません。神様の前にありのままで出られないのです。セルフプロデュースして相手の承認と称賛を得なければ、ならないのです。別の表現を用いるなら、他者からの承認と称賛に依存しての信仰生活なのです。御言葉に従えない惨めな自分、悔改めても同じ過ちを続ける自分、兄弟姉妹を愛し得ない自分・・・。そうした残念な自分の実態を、まず自分自身が受け止められません。正直な自己受容ができないのですから、他者と神様に対しても正直な自分ではありえず、セルフプロデュースをせざるを得ません。そのように、文字通り、あるがままで愛し受け入れてくださる神様の愛を信頼できず、18年以上も、自らを偽り、 別人格のクリスチャンを演じ続けてきたのです。

     周囲が、そうした問題点を、指摘すると「聖書を通じての神様からの語りかけに耳が閉ざされてきた」などと言い訳します。「そんなはずないだろ、聞こえてたはずだ」と証拠を上げて、反論すれば、「三年前から、聞こえるようになっていた」と、新たな言い訳が登場します。さらには、「嘘に嘘を重ねることはもうしないと決めました」という更なる嘘を重ねます。虚偽が明らかになっても、なおセルフプロデュースを捨て去ることも、正直な自分で人と神様の前に生きることができません。

     なぜなら、サムラークリスチャンは、他者からの承認と称賛に依存する体質だからです。あるがままの愛と受容を信頼できずに、承認と称賛に依存してしまうからです。この依存体質は、嘘がばれた程度では、なかなか改善されず、さらに、その危機を超えて継続してしまうこともあるようです。

     お互いは、基本中の基本を忘れてはなりません。クリスチャンにセルフプロデュース不要です。いいえ、それどころか、セルフプロデュースは神様の「聖なるプロデュース」を邪魔してしまうだけです。神と人からの承認と称賛を得ようとして、実態と異なる自らを演ずることは、キリスト者の実態そのものを変えようとする聖なるプロデュースを台無しにしかねません。神様が愛して受容して下さっている残念な自分を認めず受け止められず、自らの願う理想のクリスチャン像に向けて、セルフプロデュースをするなら、キリストの似姿に向けての聖なるプロデュースを破綻させてしまうのです。

     神様の願っておられることは、残念な自分の実態を認めて、それを受け入れて、正直に神様の前に出ることでしょう。神様はご自身の愛を信頼して、そのままで飛び込んで欲しいのです。そう考えますと、セルフプロデュースが、どんなに神様を悲しませるかが分かるでしょう。該当者の読者は、どうか、これ以上、神様に片想いをさせて、悲しませないで下さい。

     某作曲家の担当弁護士は、辞任をしました。きっと、嘘に嘘を重ねる依頼者とは信頼関係が築けないと判断したからでしょう。しかし、キリスト者の弁護を担当してくださるイエス・キリストは決して辞任しません。嘘に嘘を重ねて、神の前に出続ける者を、愛し続け、忍耐をもって、正直な自分で出てくれることを待っておられるのです。そして、何とかキリストの似姿にプロデュースしようと願っておられるのです。
    クリスチャンが、これほどまでに真実な神様の愛に応えないでどうすんの?と申し上げたいです。


     今回の記事は、「育てよう健全信徒」として記しましたが、実は、教会の中で、最もセルフ・プロデュースに陥りやすいのは、牧師なのかもしれません。信徒からの承認と称賛を受けるようにセルフプロデュースし続けて、神の前に正直に生きることなく、別人格に生きながら、行き詰まりや破綻を経験する危険は、どんなに大きいかと思います。牧師のようなリーダーに委譲されている権威は、模範を示すためです。ですから、リーダーこそが、信徒が求める偽りの自分を演ずるのではなく、正直な自分で神様の前に出て、キリストの似姿にプロデュースしてもらい信徒に模範を示したいものです。信徒から好まれるのは、前者かもしれませんが、信徒からの本物の信頼と称賛を得て、教会が建て上げられていくのは、後者の歩みの方ではないでしょうか?

     今回の事件を受けて、願うのです。キリスト者たるもの、セルフプロデュースは不要なのだと。神様の前に嘘に嘘を重ねる歩み18年も続けてはならないのだと。今からでも遅くありません。正直な自分で神様の前に出ましょう。そこから、キリストに似姿に向けての神様のプロデュースがスタートするのです。

     ローマ8章29節は語ります。「なぜなら、神は、あらかじめ知っておられる人々を、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたからです」と。

     忘れてはなりません。すべてのクリスチャンは「御子のかたちと同じ姿」への聖なるプロデュースのためにこそ、召されていることを。
    | ヤンキー牧師 | 健全信徒・教会・コリント化シリーズ | 15:59 | - | - | - |
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