命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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弱者偽装、弱者利用、弱者冒涜としての佐村河内問題
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     一昨日あたりからでしょうか?世間にショックと失望を与えている佐村河内守問題であります。なんちゃって現代音楽ファンとして、また、社会倫理的な関心もあり、調べてみると、本日発売の週刊文春に掲載される記事が、きっかけとのこと。そこで今日の午前中に、またまた文春を購買。そこには、ゴーストライターである新垣隆(にいがきたかし)氏の告白を中心に神山典士(こうやまのりお)氏が書いた記事が。

     この記事の優れているのは、ゴーストライターが告発ではなく、共犯者としての懺悔の思いで、真実を公にしていることと、神山氏自身も、佐村河内をこれまで取材し応援してしまった共犯者として書いていることです。記事は、事の経緯を通じて、佐村河内氏の残念な人間性や病的とも思える歪んだ性格を伝えています。

     そもそもゴーストライターは、タレント本などでは当たり前ですし、有名ミュージシャンの名義の作詞作曲にも、時にゴーストライターがいると言われています。まあ、社会的には一定容認されているわけです。しかし、法律的にはこれは、犯罪行為に相当するのだそうです。名義となっている人物とゴーストライターの間で契約や合意があったとしても、処罰を伴う犯罪なのだとか。きっと野菜で言えば、不特定多数の消費者に「この生産者」と嘘をついて売っているようなものですから、やはり、これは犯罪です。ゴーストライターの存在がミエミエでも、タレントが決して公けに認めないのは、このためなのでしょう。

     今回、私自身が、この記事を一読し、最も、その卑劣さに怒りを覚えたのは、これが「弱者」に関する詐欺行為であることです。タイトルにもあるように、「この事件は、弱者を偽装し、弱者を利用し、弱者を冒涜するものであった」。それが私なりの受け止めとなりました。

     文春の記事は、佐村河内氏が、全聾者を偽装していたことを明言しています。虚偽だらけの自伝によれば、30代に入り左耳の聴力を失い、35歳で全聾となったとされています。しかも、その三年後には身体障害者手帳の交付を受けています。これは立派な詐欺罪でしょう。しかし、新垣氏は、それが演技であることを見抜いていました。最初は、手話と読唇術を使い演技をしているのですが、話しが盛り上がると普通に会話をしていたのです。さらに、悪質なのは、その聴覚障害が、被爆者二世であることに起因する可能性を語っていたことです。

     どうも彼は、被爆者二世という境遇を利用して、そこにさらなる被爆故と思われる全聾を付け加えて、自らを悲劇のヒーローに偽装したようです。つまり、「被爆者二世、全聾の天才作曲家」という注目を集め、話題となるような嘘のセルフ・プロデュースをしていたのです。

     さらに佐村河内氏は多くの弱者を利用してきました。現代音楽家では生計が成り立たず、作品発表の場もない新垣氏を利用してきた面は否めません。二人の最初の共同作品が完成したとき、佐原河内氏は、自分ひとりの作品として発表させて欲しいとお願いしたそうです。非凡なセルフプロデュース能力で映画やゲーム音楽で大きな仕事を取ってくるようになっても、そのあり方は変りませんでした。彼は新垣氏と共に作りながらも、新垣氏をパートナーとして、尊重せず、自分のさらなる成功のために利用し続けたと思われます。

     その後、「タイム」誌に「現代のベートーベン」として紹介され、話題に。その頃出版された自伝を読み感銘を受けた広島市長は、彼に会います。それを受けて、佐村河内氏は、既に完成していた「現代礼典」という曲を「交響曲第一番HIROSHIMA」と改題し、元来は全くなかった原爆というテーマをつけます。騙された広島市長は、演奏されていなかったこの曲をG8サミットの記念コンサートの演目として抜擢します。つまり、彼は被爆者二世でありながら、被爆者たちを利用したのです。ありもしない「平和、反核」を後付けしたのです。

     これによりいよいよメディアの注目を集めます。その後は、被災地でのレクイエムの演奏、被災地の障碍者施設を訪ねての音楽交流、義手のバイオリニストとの出会いなどをメディアと共に演出し、さらに名声を高めます。やはりここでも、自らが弱者を偽装して、弱者との交流を通じて、自らを宣伝しているのです。つまり、「弱者偽装と弱者利用の合わせ業」です。すっかり騙されて、こうした安易な企画で視聴率獲得を狙ったメディア側の責任も問われることでしょう。特に「Nスペ」のディレクターは佐村河内氏の背後にいるゴーストライターの存在を知っていながら、番組制作をしていた可能性があり、問題視をされています。

     そして、最後は、弱者冒涜です。全聾者と偽り、虚偽申告で障害者手帳の交付を受けるなどは、社会的弱者に対しての冒涜です。被爆、平和、反核という崇高なる希望や障害者、被災者との音楽交流などまで自己名声目的に利用するのは、それぞれの弱者に対しての冒涜に他なりません。また、本件は、彼の音楽、彼のとの交流に励まされ、希望を与えられてきた方々への冒涜でもあります。

     「佐村河内氏が、弱者を偽装し、弱者を利用し、弱者を冒涜しながら、自らの名声を高めてきた。」

     今回、文春の記事を読み、私はこれが本件の本質であろうと思いました。そして、その根底にあるのは、彼の残念な人間性、あるいは病的と思われる人格の歪みであろうと予想しています。最初の共同作品の時から、共作でなく、自作としたことは、彼が最初から「そういう人間」であり「そういう魂胆の持ち主」であったのだろうと思わせます。新垣氏の協力と成功が、いよいよその闇を増長させてしまったのでは?などと考えているところです。

     真実を明らかにするよう説得する新垣氏に、佐村河内氏は、「世間に謝罪をして夫婦でいのちを断つ」と自殺をほのめかします。そこまでしてでも、彼は、対人操作をして、新垣氏を利用し続けようとしたかのように記事は記しています。彼は「ハリウッド映画の音楽を担当」「アカデミー賞受賞」を本気で狙っていたそうです。このように自分の能力と実績を過大評価し、異常な熱心さと他者利用によって、そのような自分を目指し、最後は破綻していくというのは、「リーダーシップのダークサイド」が描く「自己陶酔型リーダー」の典型のように思います。

     ここまで大きな社会的影響を持ち、お金も動いているので、今後彼は、(あるいは新垣氏も)、民事で賠償請求されかねませんし、詐欺罪などの犯罪で告訴される可能性もあるでしょう。こうした自己愛的なタイプは、さらに自分を被害者にしたて、世間の注目を集めたり、自殺をほのめかしてメディアや周囲を操作しようとしたりで、誠実な対応をしないのでは?と心配です。良心が少しでもあるなら、佐村河内氏には、生きつづけて、新垣氏同様に真実を語り、誠実な謝罪と償いをと願っております。

     新垣さんに今回の決断をさせたのは、義手のバイオリニスト少女「みっくん」であったようです。彼女の一家が、佐村河内氏から、不当な目にあったことが、きっかけのように思われます。高橋大輔選手がオリンピックで使用する曲は、新垣氏が幼い頃から知り合いでピアノ伴奏をしてきたみっくんのために書いた曲です。文春の記事の最後に、このみっくんが、オリンピックに臨む高橋大輔選手に記した手紙が文春の記事の最後に掲載されています。その文面に触れて、この闇のような事件の中にあって、光を見るような思いがしました。

    | ヤンキー牧師 | キリスト者として考える社会事象 | 14:41 | - | - | - |
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