命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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自己愛性信仰障害の時代(2)〜愛についての受け止めと応答
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     昨日に続いて、大渕憲一著「満たされない自己愛ー現代人の心理と対人葛藤」を読んで考えたことを記します。この書物に触発されて、不健全なまでに自己愛が強く、信仰理解と信仰生活に著しい困難を生じる霊的病理を「自己愛性信仰障害」と命名してのシリーズ、第二回目です。どうも、私たちが信仰生活を送っているこの時代は、「自己愛性信仰障害」の時代となりつつあるのかもしれません。自己愛が正常な信仰理解と信仰生活を妨げる事例として、最も分かりやすいのは、愛についての受け止めと応答だろうと思います。

     「昔は、あるがまま愛されたと分かると、その愛に応答し、愛してくださった方に従い、その方の栄光のために生きる献身的歩みへと向かったのに、今は、まったくそうならない・・・・」そんなボヤキや苦悩を、牧師夫妻や超教派の働き人から、お聞きすることもしばしば。そうした現象の一因には、この「自己愛性信仰障害」もあるように思うのです。

     それまで神様の愛を知らなかったものが、あるがままで自分が神様に愛されているという事実を知ります。健全レベルの自己愛者は、「こんな罪深い者、ちっぽけな者を愛される神の愛はすごい」と応答します。しかし、不健全レベルの自己愛者は、「こんな大きな愛で神様に愛されている自分ってすごい」となるのです。

     健全な自己愛者は「この神の愛に応えて生きて行きたい」と願いますが、不健全自己愛者は、「この愛を受け続けるすごい自分であり続けたい」と願うようです。

     さらに、健全な自己愛者は成長し、「愛して下さった神に従い、献身的な歩みをしたい」と願います。一方、不健全自己愛者は、「一生あるがままでOKのお墨付きを神様からいただき、24時間自己実現サポートを受け続けたい」を願います。

     そのように健全な自己愛者は、不徹底や失敗を経ながらも、自己中心から神中心の歩みへと転換していきますが、不健全自己愛者は、あるがまま愛してくださる神様の愛を根拠に、自己中心の歩みをいよいよ徹底してゆきます。それどころか、愛をもって、自己中心を罪と指摘する者や成長させようとする人々を、「愛がない」と攻撃しかねません。

    図にするとこうなるでしょうか?

    〈健全自己愛者の場合〉
     あるがままで愛されている事実
    →こんな罪深いものさえ愛する神の愛はすごい
    →この愛に応えて生きたい
    →神に従い献身的に生きる願い
    神中心の歩みへの転換。

    〈不健全自己愛者の場合〉
    あるがままで愛されている事実
    →こんな愛で神に愛されている自分ってすごい
    →この愛を受け続けて生きる自分でありたい
    →神に永遠の現状肯定と自己実現サポートを願う生涯
    自分中心の歩みの徹底(それを戒める者への逆切れ)。

     大渕先生は社会心理学者だそうです。そして、自己愛の本質を「自尊心」だと特定します。意外にも「自己関心」や「自己中心」、「自己顕示」や「自意識」(他者からの自己評価など)、そして「自益認知」(事実を自分に都合よく歪めて認識すること)ではないのです。(このことは、後の記事で紹介します) 確かに不健全自己愛者が健全な場合と異なるポイントが「自尊心」だとすると納得できるのでは?「自分には価値がある」「自分ってすごい」が、永遠にそして、底なしに続くわけです。

     大きな愛で愛する神の価値より、その愛で愛される自分の価値が大切なのです。そこに執着し、そこから視点を離せないのです。神や人や教会や社会に視線を移せないのです。間違っても、この愛に応えて、自分の価値を下げ、自尊心を犠牲にしてまで、神様に従おうとはしません。ましてや神の栄光など、目標にしません。そのために自尊心を傷つけられるリスクなど犯しません。どこまでも目標は不変、自尊心を満たし続けることです。そして、その自尊心は底なしですから、どんな愛も恵みも、その自己愛を満たしきることはありません。絶対に、自己愛の貯蔵池が満タンになり、あふれ出して、神と他者へ向かうことなどありません。

     神様に出会い神様の愛を知って受け止める前に、この愛に応答できないまでの「強い自己愛体質」にされてしまった人々が存在し、それは年々増加しているのかもしれません。いつくもの教会にお邪魔し、現場での苦悩や葛藤の声をお聞きし、そのように推察しています。不健全自己愛者クリスチャン、それは病める現代社会の犠牲者とも言うべきでしょう。

    神に愛されてるオレってすげー!

     これが、不健全な自己愛者クリスチャンを象徴するフレーズでありましょう。私たちは、好むと好まざるにかかわらず、こうした時代と社会に生き、証しをし、宣教し、教会形成をしていくのです。こうしたクリスチャンを嫌悪し、批判し、よき時代を回顧していても、何も変りません。逃げることなく、理解し、受け止めるしかないのでしょう。まずは、この現状認識と自覚を持つことかと思います。

    | ヤンキー牧師 | 自己愛シリーズ | 20:03 | - | - | - |
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