命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
<< 今年もご愛読をよろしくお願いします | main | 昨日の記事に大量「いいね!」 >>
「ヨイトマケの唄」は、被差別者による被差別者のための被差別者の歌である!
0
     この大晦日は、紅白歌合戦を観て本当によかったと、久しぶりに思えました。理由は三輪さんの「ヨイトマケの唄」をフルバージョンで聴けたから。

     youtubeで、フルバージョンが視聴可能です。
    http://www.youtube.com/watch?v=KYJgKHfA5IE

     紅白では、キムタクは、「親子の信頼」「無償の愛の歌」と紹介しています。確かに歌詞内容はそうでしょう。しかし、この歌が持つ歴史は、それだけの歌ではないことを示唆しています。人権オタクの私はこの歌を、「被差別者による」「被差別者のための」「被差別者の」歌であると受け止めています。

     ヨイトマケの唄についてwikipediaが解説しています。これをお読みいただければ、私の見解も暴論とは言い切れないと思っていただけるかもしれません。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B1%E3%81%AE%E5%94%84
     
    (1)被差別者による歌 
     まず、この歌は、被差別者が作詞作曲し歌っています。まさに「被差別者による歌」であります。三輪さんを単なるオネエとか、スピリチュアルの大御所、日本中を魅了したかつての美少年だと思ったら、大間違いです。三輪さんは、同性愛者がカミングアウトするなどありえない時代に、そのことを公にしました。当時の一般的な感覚では、その決断は、テレビ出演などできなくなることを意味していたようです。実際にそのために人気は低迷していたとのこと。

     以前、テレビ出演で話しておられたのですが、三輪さんのカミングアウトの背景には、同性愛者であることを周囲から責められて自ら命を絶った友人を思っての世間への抗議の意味もあったようです。同性愛の是非とは別に、それを理由に友人を死においやったことへの怒りが、そこにはあったと思われます。自らすすんで世間から蔑まれ、抑圧される道を選んだ歌手だからこそ、この歌のリアリティーが倍増したのでしょう。

    (2)被差別者のための歌
     また、この歌は、被差別者のための歌でした。多分、当時の三輪さんは華麗な衣装でシャンソンを中心に歌っていたと思います。しかし、wikipediaの解説にあるように、手違いで炭鉱労働者たちの前でうたうこととなった時、労働者のための歌の必要性を覚えたのです。

     一般的に炭鉱労働者は最も過酷な労働条件の故に、底辺労働者として扱われます。地域にもよりますが、被差別部落出身者や在日の方も少なくありませんでした。ちなみに麻生副総理の家系である麻生財閥が経営していた麻生炭鉱は、そうした被差別者を多く含む労働者に極めて過酷な労働を強いたことで知られています。ですから、この歌は元来、底辺労働者として蔑まれ、差別されることもあった炭鉱動労者などの貧しい労働者のための歌なのです。

    (3)被差別者の歌
     さらに、この歌が歌っているのは、被差別の労働者たちのことです。この歌は、人気曲でヒットもしているのに、長い間、放送禁止扱いを受けてきました。理由は「土方」「ヨイトマケ」などの言葉が、職業に対する蔑称であり、自主規制により、放送禁止用語とされているからです。また、日本社会では、職業差別の背景として部落差別と民族差別が指摘されるケースが多いです。それだけに、この歌の扱いにはメディアも慎重にならざるを得なかったのだろうと予測します。私見ですが、結果としては、「言葉狩り」となり、優れた楽曲が、公のメディアに乗らなかったことは、日本の芸能において、大変な不幸であり、損失であったと思います。

     キムタクが解説したように、親子の信頼と無償の愛がそこにはあります。しかし、そんな美しく高尚な内容で終始するものではないでしょう。そんなキレイごとではありません。貧しい母子家庭で、子どもを育て、生きていくためには、ヨイトマケとして日雇い労働をせざるを得ない現実があっての親子愛なのです。この歌詞において、日雇い労働者の子どもは「汚い」と言っていじめられています。論理的根拠もなく、特定の職業が「汚れ」と結びつけられています。生々しい当時の職業差別を知らずして、この歌の持つリアリティーと本来の感動はないでしょう。

     貧しい母子家庭でヨイトマケの母に育てられた息子が大学まで出てエンジニアになり、母に感謝しているだけの歌としてこの歌を聴くなら、それは普通の名曲です。森進一の「おふくろさん」、海援隊の「母にささげるバラード」、コブクロの「蕾」でも代理可能です。「ヨイトマケの唄」がそれらの名曲とは異質の魂への深い感動を与えるのは、この歌が持つ歴史とスピリットでありましょう。私はこの歌に匹敵するのは、近年ではザ・ブームの「島歌」くらいであろうと思っています。それぐらい、この歌は強いスピリットを持っており、それが紅白の会場であったNHKホールを静まり返らせたのだと私は考えています。

     そう、「ヨイトマケの唄」とは、差別される痛みを身を持って知っている歌い手が、差別される炭鉱労働者ら貧しき底辺労働者のために、差別されていた土方、ヨイトマケの親子のことを歌った歌だと私は考えます。この歌は、「被差別者による」「被差別者のための」「被差別者の」歌でありましょう。そして、これまでの経緯と共に後世に伝えられていく価値ある作品であると確信しています。
    | ヤンキー牧師 | 人権問題 | 11:35 | - | - | - |
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << July 2014 >>
    + SELECTED ENTRIES
    + RECENT COMMENTS
    + RECENT TRACKBACK
    + CATEGORIES
    + ARCHIVES
    + MOBILE
    qrcode
    + LINKS
    + PROFILE