命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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婚活系クリスチャンのための自己決定、自己管理、自己責任セミナー(3)
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     結婚のマイナス点を男女それぞれがが「自由なお金」と「自由な時間」の減少と答えているのは、正しい予測であります。結婚とは相手のために与えること。リアルに、自らの自由なお金と時間を、削って、相手に与えるのが結婚生活。それを喜んでできるなら、結婚生活はうまくいく可能性は一気に高まります。まあ、「結婚するなら金や時間を相手に与える覚悟でせーよ」「献身的覚悟で結婚しようね」ってことです。逆に言えば、「それが嫌なら結婚するな」ということ。

     「与える前の自己管理」ということですが、リアルさと分かりやすさを優先して、対象をお金と時間に絞りましょう。

     まずは、金銭管理です。結婚を考えるなら、独身時代からしっかりと金銭管理をしましょう。基本中の基本は、献金です。献金の大きな意味の一つは、「すべては神様のもの」との信仰告白です。そして、教会によって様々な指導があるでしょうが、ささげる心が重要。「神への愛の故に喜んでささげること」が大切です。そう!「愛の故に喜んで」であります。

     目に見えない神様に愛の故に喜んでささげられる人は、結婚後の目の前の伴侶にも愛の故に喜んで金銭を与えられる人となります。「愛する」と口では言いながら、強く惜しむ心にまけてばかりですと、その愛は観念的で本物度は怪しいと言われかねません。「愛すること」と「相手にささげる」ことの結びつきは、献金によって訓練される私は思います。多くのクリスチャン達は、「愛すること」と「喜んでささげる」ことの一致を献金を通じて、無意識のうちに訓練されているのでは?対象が神と伴侶との違いはあれ、「愛の故に、愛の対象にささげる」という本質は似ているわけですから。

     また、献金以外でも、自分のお金を一定管理できなければ、愛する相手に与えていくお金が確保できなくなったり不十分になったりします。結婚前の金銭管理は、結婚後の二人での経済生活にかなり直結するものだと思うのです。結婚を願っているなら、浪費をしない、節約をする、将来に備えて貯金するなどの具体的努力を可能な限りされることをお勧めします。中高生で携帯電話を使うなら、一定の金額を守り、お小遣いの範囲や決められた金額までにして、間違ってもも親に不足分を払わせるようなことがあってはなりません。携帯電話は正しく使えば、お金と時間両方の管理の訓練に結構役立つようにも思います。。

     時間の管理も原則は同様です。愛の故に愛の対象に時間をささげていくのです。そのためには、前提として自分に与えられた時間を管理することが大切。具体的には、中高生の時から、学校や部活、礼拝などに遅刻しないよう努力を積み上げていくことです。

     未婚のクリスチャン達から「好ましい結婚相手は?」と尋ねられると私は条件の一つとして「礼拝に遅刻しない人」と回答します。礼拝に遅刻しないとは、何を意味するのでしょうか?神を愛する故に、時間を惜しみなくささげること、あるいは神様に愛の対象に優先的に時間を与えることを意味します。自分の時間を削って、惜しまず時間をささげているのです。自分の都合より神様の都合を優先しているのです。

     ですから、目に見えない神様に時間をささげ、優先的に時間を与えることができる人は、結婚後に、目に見える伴侶に、惜しみなく時間をささげ、愛する伴侶のために優先的に時間を使おうとするのです。「愛する」ということと「ささげる」ということが、時間の面において結びついているわけです。逆に言えば、神を愛していると言いながらの礼拝遅刻者は、結婚後に伴侶を愛すると言いながら、伴侶のために時間を優先的に使おうとしない可能性が高くなると予想されます。これは、愛が、時間管理に結びつかない愛の観念化だと私は思います。

     また、礼拝遅刻問題は、結婚生活だけでなく、子育て子どもへの信仰継承にも、影響を及ぼすことが予想されます。独身時代に、礼拝遅刻常習のクリスチャン青年がいます。めでたく結婚しますが、結婚後は、それまで礼拝遅刻などしなかった伴侶まで、礼拝遅刻に付きあわせます。夫婦そろって遅刻常習というトホホ状態に。やがて、子どもが与えられます。すると、親子、一家で礼拝遅刻です。一人の礼拝遅刻常習者が、10年ほどかけて、3人、4人に増えていくのです。こういう光景に触れると私は本当に心が痛みます。

     このことは何を意味するでしょう。「神様が求める礼拝より、人間の都合が優先」「礼拝時間を最優先するほど、礼拝も神様も大して価値がない」と親が子どもに行動で示しているようなものです。こうなってしまうと「礼拝は大切」「神様第一」といくら言葉で教えても、親がそれを行動で否定していることになります。子どもは成長すれば、親の言葉ではなく、行動が示すメッセージの方を選び取ることでしょう。

     ですから、結婚を願う独身クリスチャンの皆さんは、とにかく、礼拝遅刻をしないことかと思うのです。それ自体に意味があることはもちろんのこと、主にある時間管理の訓練となり、さらには、よき結婚と子育ての準備という副産物までついてきます。これは一粒で三度おいしい三重の祝福であります。

     というわけで、結婚したら自由に使えるお金が減ると思っている独身男性のみなさん!結婚したら、自由な時間が減ると予想している女性の皆さん!はい、正解、正解、大正解!その通りです。

     結婚生活とは自由になるお金と時間を愛する相手のために、喜んで与える生活です。そのような生活を通じて結婚した者は、愛を訓練され、愛において成長するのです。それは、痛みや苦痛を伴いますが、だからと言って逃げてはもったいない世界だと私は思います。それを通じて、夫婦の絆は強められ、共に生きる幸福を味わいます。霊的人格的も成熟に向かい、より豊かで実り多い人生を送るのです。

     結婚後にそうなるためには、独身時代にこそ、お金と時間の管理を訓練することです。教会での献金や礼拝時刻厳守などは、実は、そのために役立つのではないかと思います。献金や礼拝時間厳守によって、独身者は、無意識の中にも結婚に向けて整えられていくように私は思うのですが、どうでしょう。一度、考えて、実行してみては?
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 15:32 | - | - | - |
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