命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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婚活系クリスチャンのための自己決定、自己管理、自己責任セミナー(1)
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     最も本質的な結婚準備は何か?私は間違いないく自立度向上だと思います。このブログで繰返しているように、創世記には「男は、父母を離れ、妻と結び合い」とあります。両親を離れてから、結婚するのです。「親離れ」「心理的自立」こそが、聖書が明確に示す結婚の前提であります。

     では、その自立度の具体的な現われ、あるいは指標は何かと言えば、「自己決定」、「自己管理」、「自己責任」の三つであります。つまり、自分の事は自分で決めて、有形無形与えられたものは自分で管理して、決定や管理の結果は自己責任として受け止める生き方であります。

     こうしたことは、成人前までで一定訓練されてから、社会に出て行くのが、従来のパターンでした。今や、極端な例としては、入社式に親が突いていこうとしたり、職場の人事に親がクレームをつけるような社会となりました。親たちが、子どもを親離れさせないまま社会参加や結婚をさせてしまうケースが増えています。

     私はずばり、結婚の破綻が増えてきた理由の一つは、親離れできない自立不足の結婚者の増加だと思います。自己決定、自己管理、自己責任が訓練されず、そうした能力がないままの結婚が破綻しやすいのは当然でしょう。そうした傾向はキリスト教界でも、クリスチャン同士の結婚でも増加中のようにお見受けします。私の観察と考察では、クリスチャンホームの親が子どもを「父母を離れ」の方向で育てていないケースも多いように思えて心配です。

     そこで、読者やご家族や知人が、十分な備えをして、順調な結婚生活を送られることを願って、「自己決定」、「自己管理」、「自己責任」の三者について記していくシリーズです。

     まずは、自己決定です。これは10代のうちから、子どもに一定の自己決定権を与えていくことが大切なように思います。親の指示と意向と許可がないと、何も決められないというのは、親の側は安心でしょうが、子どもの自己決定権は育ちません

     原則として親の意向に従わせるという親子関係は、せいぜい児童期までだと思います。中高生以降は、親の意向や許可が重視されつつも、対話によって、徐々に自分で決めていく機会を増やしていくことかと思います。たとえば、中学時は、小さなこと中心で30%が自己決定項目、高校生なら、少し大きなことも含めて70%は自己決定項目というようにです。重大な決定親の意向は伝えつつも、親子の対話を経て、できるだけ自己決定をさせるのが理想的かと思います。もちろん、事によっては、子どもの意向はどうであれ、親に従わせるべきこともあります。

     逆に言えば、そうでないと、神様との関係で決めることができないクリスチャンになってしまいかねません。クリスチャンホーム育ちの青年たちからは、「自分の決めたことでも、親が認めてくれないと安心できない」「親の意向に沿うことが御心と思えてしまう」という葛藤をよくお聞きします。これは、親を離れきれていないので、神様と結びつきが弱く「主にある自己決定」ができないということでしょう。

     クリスチャンの親の使命は子どもを親から離し、キリストに結びつけることです。「子どもを親に結びつければ、子どもは順調にクリスチャンとして育ってくれる」というのは、聖書的には全くの不正解でしょう。聖書によれば、子どもは、親から離すことでキリストに結びつき、健全なクリスチャンと成長していくのです。

     一方、子どもの側は、是非とも「主にある自己決定」を、実生活の中で、訓練していただきたいと願っています。小さなことなら、親に逆らっても、これが御心と信じて選び取り、成功したり失敗したりという試行錯誤も大切かと思います。小さな選択の失敗を恐れ、親のお墨付きがなければ、自己決定できないようなあり方ですと、やがて、社会に出たり、結婚していく際に、しっかりとした自己決定ができなくなってしまいます。

     神様の導きかどうかは二の次で、親が決めた就職先、牧師が勧めた結婚相手にすることで、自分が安心し、御心を確認するようなあり方は、信仰的でも従順でもないと私は思います。たとえ、親が勧めた就職先、牧師が勧めた結婚相手でも、そこに神の導きを見出し、御心であろうと判断し、主にあって自分が決断していくのが、成熟したあり方でしょう。同じ就職先、同じ結婚相手でも、前者と後者では、その職業生活と結婚生活は雲泥の差が生じることでありましょう。

     「子育て=子離れ」「子育てのゴールは自立」「父母を離れることが成長」。そんな当たり前の聖書的原則さえ、忘れさせるような日本の子育てのありようです。そうした中、自己決定の機会を与えられず、判断力、選択能力、決定責任などが、育たないまま、社会参加や結婚をしてしまうケースが増加しているのが現実でしょう。そうならず、健全な社会参加や結婚生活が可能となる原則を聖書は「父母を離れ」と明確に示しています。

     「父母を離れ」が明確に現われてくるのは、中学生以降でしょう。そこから10年前後をかけて、自己決定力を訓練することの大切さを思います。その10年前後が、将来の社会参加や結婚の質を、かなり決定してしまいます。親の立場、子の立場で、それぞれが、「父母を離れ」の具体的イメージを「主にある自己決定」という面で、考えてみてはどうでしょう?
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 19:21 | - | - | - |
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