命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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ここにも差別?沖縄編(2)
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     宿泊先から更新ができず、29日から24時間さかのぼっての、日時偽装更新です。
    10程前のこと、日本基督教団の右派(教会派)を代表するある牧師先生にお会いする機会がありました。その先生は「沖縄の基地問題は政治問題ではないと思う。あれは民族問題だと思う」とのお考えを公に話されました。

     私も最近いよいよそう思っています。そう、民族問題、まさに民族差別問題でしょう。なぜ、多くの日本人たちは沖縄にばかり基地などの安全上の負担を押し付けて、同じ日本人としての痛みを覚えてないのでしょう?

     沖縄は長寿日本一、出生率日本一といういのちに関して素晴らしい日本一をもっています。同時に離婚率日本一、完全失業率日本一、人口あたりの風俗営業所数、深夜酒類提供飲食店数が日本一でレイプ犯罪発生率日本一、言うまでもなく米軍基地の面積は日本一で平均年間所得は日本最低

     日本本土に生きる者に自覚的な差別心はなくても、歴史を通じて差別構造が築き上げられてきたのは間違いないでしょう。それは在日や被差別部落の人々に、日本文化の中では忌み嫌われる職業を押し付けながら、その生産物やサービスだけを受け止めている構造と酷似しています。構造的に差別が固定化されているわけです。

     沖縄戦の犠牲者は20数万人で、その6割以上が沖縄県民、しかも約10万人は一般住民つまり非戦闘員。昭和19年の沖縄の人口が59万人であることを考えると、本土はありえないような数の一般市民の戦死者を出していることが分りますね。

     敗戦時は沖縄を犠牲にしては時間稼ぎと自己保身を図り、その後も沖縄に様々なワーストワンを押し付けながら、日本は安全と平和、経済発展と物質的豊かさを享受して来ました。戦後の本土での安全、平和、経済繁栄などは沖縄の犠牲の上に成り立っていると言っても過言ではないでしょう。にもかかわらずその自覚がどれ程の日本人にあるでしょうか?

     ライフスタイルや食文化、音楽や芸能などで沖縄が評価されブームとなってしますが、日本本土に生きるものはそんな安易なレベルで終始してはならないと思います。沖縄の痛みを知り、理解し、共有することなく、沖縄の優れた文化を享受することは、決して赦されない「おしいとこどり」のような気がします。
    | | 「ここにも差別?」シリーズ | 18:16 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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