命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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妻から夫への信頼と夫から妻への責任感
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     聖書は「妻は夫に従うべき」と教えますが、これは決して「妻は夫の言いなりになりなさい」ではありません。従うとは機械的、自動的な従順ではないわけです。大前提として夫婦は交わり。妻が夫を愛し、信頼し、その上での人格的従順。ですから、夫の側は「黙ってオレについて来い」でなく「黙らずオレについて来い」が聖書的だと思うのです。

     クリスチャン夫妻の場合、問われるのは、妻の従順の土台となる夫への信頼。それは「神様に従おうと願う夫、だから、私は夫に従う」というもの。前提は、「(少なくても重大な決定については)夫は必ず神に従って決断する」との信頼であります。逆に言えば、「夫は自分のしたいことを御心、導きと言い換えて、自分をの思い通りにするような人ではない」という信頼であります。

     成熟した既婚者クリスチャン女性から聞く言葉は「夫が神様の御心と受け止め決めことは、私は喜んで従う。」というもの。そこで、夫に問われるのは重大な決断について、自分の願いや都合や利害や好みより、神様のみこころや導きを優先できるか?であります。

     私自身もそうした経験があります。夫である自分を御心にしたがって決断すると信じてくれる妻の信頼がある時、夫は重大な責任をゆだねられるわけです。もし、自分の願いや思いを優先し、御心を外れた歩みとなるなら、妻も家族も共にその刈り取りをするわけです。これは何と重大な責任でしょう。絶対に自分の好みや都合、利害や願いを「みこころ」に優先してはならないと徹底しました。

     妻の夫への「あなたは御心を求め従う人、だから最終的にはあなたに従う」がどんなに夫の信仰者として成長させるか分かりません。逆に「あなたなは御心という言葉を用いて自分の思い通りにする人」と妻から評価されたら、妻の従順は困難でしょう。夫が重大な決断の場面で、神に従うか自分の思い通りにするか?賢い妻は見抜きます。

     夫たる者、妻の従順を云々言う前に自分が神に従っているか?特に重大な決断にそうか、まず自問したいものです。また、妻の側も、多少残念な実績があっても、「あなたが神様のみこころに従って決めてくれる」との期待が、夫を大きく成長させることを覚えて、勇気と信仰のチャレンジをされてはどうでしょう。

     妻から夫への信頼と夫から妻への責任感、それは、ダイナミックな関係。妻が夫を信頼しなければ、夫の責任感は生じず、それがますます夫の妻に対する信頼を失わせる悪循環に。妻が夫を信頼し、それを告げていくなら、夫はその信頼に応答して、責任もって御心を求めていくでしょう。その夫に妻はさらに信頼を増し加えることができるのでは?どうでしょう。現実的には甘いかな?
    | | 夫婦相互の課題と成長 | 21:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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