命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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育てよう健全信徒(13)民主三首相クリスチャン
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     一旦、同様を離れて、思いついたので、記事にしました。今回考えみたいのは、民主三首相クリスチャンであります。つまり鳩山元首相、菅前首相、野田現首相のお三方ようなクリスチャンであります。「つまり」と言いながら「もっと」、分からなくなってしまいました。

     そもそも、これを思いついたのは、野田総理の所信表明演説に対しての小渕優子議員の質問にあります。その中に次のような名プレーズが。

     民主党政権が誕生してから、「できもしないことを言う元総理」、「思いつきを言う前総理」と続きましたが、今は「何も語らない総理」というのでは、言葉を武器にする政治家としてあまりに悲しいことです。

    「できもしないことを言う元総理」
    「思いつきを言う前総理」
    「何も語らない総理」

     もう、かつて総理候補を「軍人」「変人」「凡人」と断じた田中真紀子議員を彷彿させる辛辣なフレーズであります。

     でも、これって教会の中で起こっているなーと思うのです。

    「できもしないことをヴィジョンとか信仰とかの名目で言うクリスチャン」

     神様に由来するのをヴィジョンとか信仰というのだと思うんですけど。自己欲求に由来する自己実現を神様にも周囲のクリスチャンにも、支持応援していただこうとして、ヴィジョンとか信仰とか称するのは困るんですけど。一つ間違うと、聖書が示す「大言壮語」の罪なのではないかと心配。

    「思いつきをみこころとか、導きとか称して表明するクリスチャン」

     聖書を読んで、祈って思いつたこと=御心、導きではねー。「おこころ」を「みこころ」に置き換えて自己欲求を正当化されてもちょっとねー。自己実現のために、自分が神様を導いているのを「導き」といわれてもねー。自分が神様に導かれるのが導きだと思うんですけど。

    「発言責任を問われるのを恐れ、本物の信仰や御心でも何も語らないクリスチャン」

     本当に神様からのものなら、時には、大胆にヴィジョンを宣言し、信仰に立って発言し、御心や導きに従うことを表明するのは、教会の徳を立て、周囲にも信仰の励ましになるはず。こうしたことにおいて、慎重であることは大切ですが、臆病になってしまっては残念ですね。

     私も含め、多くの読者は、大なり小なりこうした未熟さや肉性に由来する失敗を通過しているのでは?

     このことは、牧師や役員なども例外ではないでしょう。リーダー的立場の方が、、民主三首相クリスチャンですと日本国民の政治不信ならぬ、牧師不信や教会不信につながりかねませんから、ご注意を。

    「できもしないことを言う元総理」
    「思いつきを言う前総理」
    「何も語らない総理」


    うーん、辛辣です。お互いは政治批判をする前に、聖なる自己批判をする必要があるのかもしれません。
    | | 健全信徒・教会・コリント化シリーズ | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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