命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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ここにも差別?宣教編(1)
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     宣教の中で差別問題に出会うことはしばしば。今回のタイトルは「君は外国人登録証を見たことがあるか?」偉そうに言う私も一度しか見た事がありません。在日のクリスチャンの知り合いは山ほどいるのですが、そうした方から見せていただいたことは皆無。一度だけ、頼みもしないのに見せていただいた時のお話を紹介。

     それは十数年前のこと。一度だけ森本春子師の牧する山谷の教会の伝道をお手伝いに行った事があります。車で現地到着、ドアを開けて教会の前で降りようとすると、いきなり日雇い派遣労働者と思われる60歳ほどのおじさんが話しかけてきました。

     「おい、何しに来た?」「教会のお手伝いに来ました。」「そうか俺は吉村ってんだ、この教会の教会員だ。」

     私は内心ホッとして「そうですか、お迎えありがとうございます。」と握手。握手をすると吉村さんは、突如、表情を変えて「オレたちゃー、この国でどうやって生きていけばいいんだよー!」と真剣な眼差しで私に訴え始めたのです。私の目の前に一枚のカードを差し出しつつ

     そのカードは免許証のようでしたが、そこに記されていた名前は「吉村」ではなく、「朴」でした。私は彼の訴えの意味が分った時、何も答えられず立ち尽くしてしまいました。不信仰かも知れませんが、「イエス様信じて・・・・」と日本人の私が言うのはあまりに軽率に思えたのです。強制連行、差別、ホームレス、クリスチャン・・・そんな言葉が一瞬のうちに私の頭を駆け巡っていました。

     黙ってしまった私に対して朴さんは正解発表「だからオレたちはイエス様信じるんだよー!」その言葉に「そうですね、そうですね」と私は敬服してうなづくだけでした。

     ある神学校は特別講義として在日教会や在日社会の歴史や文化を学ぶそうです。ただ一度だけ見せていただいた外国人登録証。この日本社会で宣教するとき、本来、避けて通ることはできなはずの問題でしょう。 
     
    | | 「ここにも差別?」シリーズ | 08:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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