命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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演歌の女?ロックの女?(3)
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     女性の性欲については多様性と個人差があるようで、私自身、確信を持って語れません。ちょっと逃げ腰なのですが、それでも何とかある程度責任もって書けることだけでも。

     どうも、女性を天使や聖母のように思ってはならないようです。女性を自分の母親のように愛のためなら自己犠牲を惜しまぬように思うのは、美しすぎる誤解。そのことは男性を自分の父親のように命がけで愛して守る存在と信じている女性と同じこと。

     女性も罪人であり、自己中心であり、性的欲求があるなら、男性を誘惑したり、男性の「愛し合っていたら」を引き出そうとする誘導したり、性を手段として利用することは大有り。性の世界における女性のずるさ、卑怯さは男性が知っておくべき現実なのでは?

     聖書に登場するウリヤの妻について、三浦綾子さんはこうした見解を記していました。正確な引用ではありませんが、私の記憶で再現するとこうなります。
     「私は女性だから分る。ウリヤの妻はきっとダビデが見ることを知っていて、わざわざお城から見える場所で行水をしていたに違いない。」
     昔の私は「三浦先生、いくら何でもそれは独断的すぎるでしょう」「昔の信仰者の女性がそんなはしたないことをするはずないでしょう」と思ったものです。しかし、女性の性をある程度学び、見聞きしてきた今は、三浦さんの意見にかなり同意できます。一度性の喜びを知った後に夫を戦場に送った妻なら、そうした可能性は否めません。

     しつこいようですが、女性は天使でも聖母でもありません。生身の人間です。質は違うでしょうが、男性同様、自己中心で性的欲求を持っていることを忘れてはなりません。演歌の女は性欲が眠っていて目覚めるのを待っています。一方、ロックの女は既に目覚めており、本人の内にも葛藤や戦いがあるのでしょう

     
    | | ポップと演歌が描く恋愛と性 | 08:41 | comments(2) | trackbacks(0) | - |
    意識する男性を「落とす」ために効果的に性的なアピールする女性は多いような気がします。
    クリスチャンの女性は男性の性のことを正しく知り、慎みを持った服装や行動を心がけないとと思います。
    | くり | 2007/05/21 10:15 AM |
     セクシーな服装で意中の男性を落とそうとする女性は、札束をちらつかせて女性を落とそうとする男性と同じくらいみっともないと思う。
     女の性も男の金もどちらも利益誘導だろうが!
    | ヤンキー牧師 | 2007/05/21 11:09 AM |









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