命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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野田聖子議員の妊娠報道、「好き嫌いは本質に先立つ」?
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     「実存は本質に先立つ」とは実存主義哲学者サルトルの言葉。私が思うに日本大衆の哲学は「好き嫌いは本質に先立つ」ではないでしょうか?本質に視点を置き、それを考察に是非を断することから逃げているというより、そういう「面倒くさい事」を怠けているように私のようなおじさんは思えるのです。

     「本質を見るより現象を見る」、「本質について考察せず、現象に触れての印象で終わる」「考察の結果の判断でなく、印象、好き嫌いによる判断」というのが現代日本の大衆の「事象に対する反応」であり、それが世論を形成し、一定社会を動かしているように観察するのです。これはかなり危ない大衆社会ではないでしょうか?


     野田聖子議員の第三者卵子提供を受けての妊娠について、あちこちで報道がなされております。「生命に対してどこまで人間の介入は正当か?」といいう本質を問うような報道もある一方で、「女性の生き方・自己実現」という大切ですが表面的一方的な報道もあるようで残念です。

     高田・向井夫妻のように第三者が妊娠して産む姿は、印象として違和感を与えやすいでしょう。逆に、野田議員のように卵子提供を受けて自分が妊娠することは見える現象としては、あまり違和感を与えません。
     でも、高田・向井夫妻は遺伝的には夫婦関係の間の子どもであり、野田議員は異なります。事実婚の夫と別の女性との間の子どもです。日本では夫以外の第三者の精子による不妊治療はかなり一般的ですが、この点では野田議員の方に違和感を覚えるでしょう。

     どう感じるか?は大切ですし、時に理屈抜きの違和感が本質を示すことはあります。ただ、それは不確実極まりなく、本質に迫る前に、安易な答を出してしまうことも少なくありません。それは誤答であることが多いのです。

     他者やその人の行為や人格まで、よく観察し考察もせず、表面だけに触れて安易に「好き嫌い」「好感度・嫌悪感」で判断し、支持したり、バッシングしたり・・・。まさに「好き嫌いは、本質に先立つ」というようなあり方で野田議員の件に反応していては心配です。

     野田議員とその行為より以上に、芽生えた命、その命のへの責任、その命の意味、それが社会にもたらす影響、さらには人間がどこまでいのちの領域に介入することが正当か?女性の産みたい気持ちは、それに優先するか?という本質が問われるような報道、それが常に大衆レベルで、論じられる日本社会であればと願います。
    | | 妊娠・出産・不妊治療 | 08:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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