命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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教会不祥事問題、「鎖国政策」から「開国」へ
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     昨日に続いてクリスチャン新聞最新号の「オピニオン」より。不祥事については、日本のキリスト教界は、従来の「鎖国政策」から「開国」へと転換しつつつあるのではないかと思うのです。オピニオンの記者は、アエラによる報道記事「キリスト教会の性犯罪」を「日本のキリスト教界に黒船のような衝撃を与えたようだ」と表現しています。なぜ、黒船にたとえられるのでしょう?

     アエラ報道と黒船襲来の最大の共通点。それは「外圧による自己開示」と言えるでしょう。教会内部もキリスト教メディア(例外はあるが)も、従来の「良識的配慮」の範囲で抽象的な表現で報じてきました、それは鎖国状態に似ています。外部に発信されず、内部でもあいまいな情報で終始したのです。ところが、多くのクリスチャンにとっては、予告なく外圧によって強制的に内部事実を報じられたわけです。まさに「黒船襲来」です。

     オピニオンは、こう記しています。

     本紙も含めてキリスト教界がはっきりと伝える事をためらってきた「不祥事」の実体が、それは「性犯罪」に他ならない、という社会の常識によって糾弾された。

     これはクリスチャン新聞がメディアとしての自己検証をも含めて記した真摯な言葉だと私は受け止めています。これは、自らとキリスト教会の鎖国政策の限界や破綻を示しているのではないでしょうか?少なくとも教会内部の不都合な問題や情報を鎖国政策的に扱うことは、今後検討されるべきでしょう。

     もちろん他国のキリスト教界に見られる暴露合戦や、興味本位での言いふらしを進めているのではありません。適切な一定の具体的情報が伝えられ、それを一教会や団体の恥や失敗としてではなく、共通課題として当事者感をもって受け止め、共通認識と協力をもって克服に努める方向に今後方向転換することを私自身は願っています。それが可能となるまでに、日本のクリスチャン個人と教会が、聖められ、成熟することを神様ご自身も願っておられるかと思うのです。

     「不祥事」という言葉を私自身も使っているのですが、都合はよい言葉ですが、どうかとも迷っています。「何が不祥事ですか?ずばり、牧師による性犯罪じゃないですか?」「それを隠したり、配慮を理由に曖昧に伝えるなど、教会外部では通用しませんよ!」「教会は一般社会に対して説明責任があるのでは?」それが一般社会の声なのでしょう。私が尊敬する先輩牧師はこう言い放ちました。

     「悔改めよ」、それは今や、教会が一般社会に向けて語る言葉ではなく、一般社会が教会に対して発する言葉になっている。

     AERAの編集長、尾木和晴さんがはMISTRY誌においてこう語っています。
    「世界中を見ても、こんなにキリスト教のイメージがいい国はありません」
    「外国では、教派同志が互いに不祥事をあばきあう競争関係があるのに、日本では教会の悪行が全然報道されないので、みんな予定調和的に生きている。」と。

     都合のよい外部からの「美しい誤解」に支えられてきた日本の教会です。これまでのあり方は「そのことは触れないようにしようね」「なかったことにしましょう」と予定調和に生きてきたと指摘されかねない面もあるでしょう。


     その他のアエラ編集長の発言については10月の記事にあるのでご参照を。
    Aera編集長に学ぶ(1)
    http://blog.chiisana.org/?day=20091007
    Aera編集長に学ぶ(2)
    http://blog.chiisana.org/?day=20091008

     聖書は教会内部の問題については原則的に教会内部での解決を勧めています。しかし、それができない隠蔽体質と自浄作用喪失が、一部の教会にはありますし、多くの教会もそうなりかねない可能性があると思われます。そうした鎖国政策の終焉が訪れました。

     それは、残念ながらキリスト教界の内側からの自己改革によるものではありませんでした。AERA報道という外部からの強制的な鎖国解除でした。

     既に鎖国時代は終わりを告げています。教会内部では従来の美しい幻想をいただき続けるべきではないし、それはできないこと。不都合な現実に向き合うしかありません。外部に対してももはや従来の美しい誤解、善意の現状認識は期待できません。不都合な事実を認めて、地道な証しによって信頼を回復するべきでしょう。

     ペリー来航の際にはこんな川柳が詠まれたとか。

     「泰平の眠りをさますじょうきせん たった四はいで夜も寝られず。
     「上喜撰(じょうきせん)」は高級茶の名前、「蒸気船」とかけているわけです。「高級茶をたった四杯飲んだら眠れない」と四隻の黒船来航で大騒ぎの日本社会をかけたということ。アエラ報道を受けたキリスト教界の状況も、そうだったのかもしれません。

     「教会は清いところ」「牧師は善良」「宗教持つならキリスト教」そんな泰平の眠りは、黒船は来航によって破られました。目覚めるべき時は既に来ているはず。そして、黒船は来航して、鎖国政策は破綻し、開国状態になっている現実をしっかりとその目で見据えるべきなのでしょう。

     そうです。日本社会に生きるキリスト者として、しっかりとそうした歴史認識や社会への責任意識が今、問われているのではないでしょうか?
    | | 教会不祥事&AERA報道関連 | 08:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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