命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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クリスチャン新聞最新号に臓器法改正特集
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     クリスチャン新聞8月23日号の8,9面は医療特集として、大きく臓器移植法改正を取り扱っています。今回特別に紹介したいのはいくつかの理由があります。

    (1)臓器移植の基本的な説明や改正前後の対照表など、初心者にもわかりやすい解説があること。

    (2)専門家に限らず広くクリスチャンたちの意見を多様な立場と視点から集めていること。

    (3)何より当事者の立場からの意見が掲載されていること。

     実際に渡米し、脳死臓器移植を受けた日本人牧師の声が掲載されています。様々な葛藤があったこと、移植を受ける決断をした根拠。議論不足の指摘など、当事者ならではの思いや考えが記されています。個人的には、死を受け入れる選択肢も考えるなど、永遠のいのちを持つ者らしく延命に執着していなかったことに、真実さを覚えています。

     こうした倫理的な問題はよく当事者を除外しての判断がなされやすいのですが、さすが、ジャーナリズム。「事件は牧師の書斎や神学校にあるのでなく、病室や患者の家庭にある」ということでしょうか?ぜひ、この移植経験者の立場からの見解はお読みいただきたいものです。

     また、四名(いずれも匿名)からの見解が記されているのですが、本ブログの愛読者は本誌を一読すればあることに気づいてしまうでしょう。

     聖書的な考え方の筋道の典型と思われるのは以下の通りです。
    聖書は人間の生命と身体についてどう示しているか?」→「脳死とは何か?脳死体からの移植は何をしているのか?」→「聖書の生命観、人間観に立つとき、脳死は死か?移植は正当な行為か?」

     聖書信仰というのは、現実の社会事象を聖書を最優先の基準として考察し判断することでしょう。こう考える時、どうしても、脳死や脳死臓器移植については、消極的否定的にならざるを得ません。「では、キリスト教文化に立つ欧米ではなぜ、脳死が死とされ、移植が多いのか?」と疑問に思うでしょう。以前、大和昌平先生の見解をブログで紹介しましたが、そうした判断は、「非聖書的思想」に由来するようです。それは、霊肉二元論のギリシャ思想やデカルト以来の機械的人間観によるものです。ですから「欧米では脳死は死、脳死体からの移植を申し出るのは愛の行為」→「それは聖書的、あるいはキリスト教的思想によるものであり、クリスチャンは賛同すべき」という判断は、過ちであると私自身は判断しております。

     こうした生死観が法律的根拠を与えられてしまうと、「いのちとは脳」「人格は脳」「人間とは脳」という「唯脳論的生命観」(聖書に著しく反する)が宗教心を失った日本社会には、深く浸透するのではないかと危惧をしています。

     紙面中、クリスチャンの小児科医師は、専門家として回復例があることなどを根拠とし、脳死を死と判断することに疑問を呈します。その他にも、医療人ならではの優れた見解が記されています。これは実に教えられます。

     私が今回教えられたのは一人の牧師の視点。この牧師は二つの視点から問題提起をします。キリスト者としての社会的視点と人権上の視点からの考察には私自身も大いに考えさせられました。

    (1)国旗国家法案が「強要しない」はずが実際は強制力をもったように、同法も同様な展開になるのではという危惧。今回の法案通過が、純粋な死生観や医療上の判断ではない要素、政治的で功利主義的な要素が強く将来的には国民が予期しなかったような新たな課題が起こるのではないかと私も考え始めました。

    (2)「誰が一番弱い立場か?」という発想での判断。その場合の弱者とは移植を受けられず死に至るいのちだけではなく、脳が機能しないという理由で死体とみなされるいのちもまた、最弱者であるとの見解です。
     キリストが弱者の側に立ち、宣教し、生きられたことを思う時、こうした発想は大変聖書的だと思います。脳死移植があれば、生きる可能性のあるいのちと不可逆的に死に向いながら回復の可能性がゼロに極めて近いいのちとのどちらが「弱者」でしょうか?

     当事者を除外した倫理的判断には、聖書的な正論であっても、なお限界や欠けがあるかもしれません。しかし、この場合の当事者とは、脳死臓器移植を願う患者と家族たちだけではなく、脳死状態にある方とその家族でもあるのです。自分を両面の当事者に置いて考えることが大切でしょう。こうしたことを思いながら、いよいよ深く多面的な視点から本件を考えさせられました。

     クリスチャン読者の皆さんが「生きることを願うのは当然」という感情論や「いのちがすくわれるのだからいいのでは?」という功利主義的な発想ではなく、聖書を根拠に、現実の当事者に自らを置きながら、深く多面的に考えていただければと願うのです。

     関心のあるなしにかかわらず、個人的には、是非ともご一読いただきたい特集です。 

     
    | | 脳死問題・臓器移植 | 07:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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