命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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理想の伴侶、ぼんやり系男子ときっちり系女子
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     先々週の金曜は世の光ジェネレーションXの収録でした。今回からはKGK東海の学生たちへのインタビューが素材。

     番組の素材となるのは、春季学校に参加した学生たちに対しての一時間を超えるインタビュー。番組の台本を書くために聞き返したのですが、特に「理想の結婚相手」については、クリスチャン学生たちの男女の違いが実に明確で興味深いのです。

     理想の結婚相手について男子学生に尋ねるとあがってくるのは、まずは、「クリスチャンであること」次に「やさしい」か「かわいい」、その後が「善悪の区別ができる、自分の生き方を持っている、ちゃらちゃらモノをつけてない」など。まとめて言えば、以下のようになるでしょう。

    1にクリスチャン
    2にかわいくてやさしい
    3に強い、賢い、堅実

     2についてはいかにも日本の男性ですね。と言いながらも、3が来るところはさすがです。やはり一定聖書的な価値観があるのでしょう。20歳前後でこれなら立派なものでは?きっと今後は2と3が逆転することでしょう。

     まだまだ焦点が定まりきっていないので、失礼ながら「ぼんやり系男子」と呼ばせていただきますが、「いつまでもぼんやり系とは呼ばせない」という成長を感じさせる学生たちでした。自分の学生時代と比べれば、年齢以上に成熟しているのは認めざるを得ません。

     一方の女子学生はすごいです。すごすぎます。1に「クリスチャンであること」、そして2に「誠実さ」、「しっかり」、「優しさ」などがくるのです。大正解だと思います。驚きをもって「きっちり系女子」と呼ばせていただきましょう。

     しかし、焦点が定まっているだけに、ストライクゾーンも狭まりがちなのでは?たとえば「誠実さ」は大正解ですが、「誠実そのもの」という男性はめったにいませんぞ。男性の多くには弱さ、ずるさ、卑劣さなどの誠実に反する罪深さがあり、なかなかそうした女性の要求水準には達しないのでは?

     ですから、誠実な男性というより、「基本的に誠実な男性」「誠実さの可能性を秘めている男性」「誠実な夫に成長しそうな男性」あたりをストライクゾーンにしてみては?と思うのです。要求水準に達するような「誠実な男性」になるのは結婚後の成長次第くらいに考えるのも聖書的で現実的なのでは?

     なぜ、それが現実的で聖書的ですかって?妻を王に差し出し自己保身を図った信仰の父アブラハムと人妻に手を出し証拠隠滅を図った信仰の勇者ダビデ。旧約聖書を代表する信仰者二名は、およそ誠実とは言いがたい男性であったわけです。
     神に対しての献身、優れた信仰をもちながらも、いざ、女性や妻のことになると不誠実なのは、この二人も、現代日本の多くのクリスチャンも同じなのでは?時代に関係なく「信仰的かつ誠実」と言い切れる男性がそうはいないことを聖書は私たちに教えているのでは?

     ぼんやりの男子学生は今後焦点がきっちりとなるように。きっちり焦点が定まっている女子学生は、現実の男性理解を深めた上で要求水準を緩和して少しぼんやりしてみては?

     意外にも、理想の結婚相手については、「ぼんやり系男子」は、きっちりすることが成長で、「きっちり系女子」は、ぼんやりすることが成長なのかも?

     この怪しげな仮説を、「男女・ぼんやり・きっちり、逆転理論」と名づけよう。やっぱり、誰も支持しないかな?
    | | 婚活と伴侶選択のために | 06:45 | comments(5) | trackbacks(0) | - |
    今回の記事の本筋と外れたコメントになってしまいますが・・・
    学生さん達が、まず「相手がクリスチャンであること」と答えていることがすごく嬉しかったです。

    自分がノンクリスチャンだったときに結婚し、後に救われた方は別ですが、
    すでに救われたあとでノンクリスチャンと結婚し
    「相手の家族の偶像礼拝に参加することへのプレッシャーが辛い」とか
    「結婚前は一緒に教会に行ってくれると約束してたのに」とかいう話を
    よく見聞きするからです。
    偶像礼拝に参加することへのプレッシャーは、クリスチャン同士の結婚でもありますが
    やはり伴侶がクリスチャンかそうでないかというのは大事な
    要素になってくると思います。もちろん、クリスチャン同士の
    結婚イコールクリスチャンホームになるわけではないのは
    承知しています。

    配偶者がノンクリスチャンであっても、後に配偶者や家族が
    救われる例はたくさんあると思いますが、「しなくていい苦労」は
    しなくていいと思うのです。

    でも、だんだん年を重ねていくと結婚へのプレッシャーがのしかかり
    相手がノンクリスチャンだということに目をつぶって結婚したり
    そもそも教会できちんと「ノンクリスチャンと結婚することの
    リスク」をあまり教えてもらっていないのかもしれません。

    学生さん達はまだ若いですし、結婚へのプレッシャーはあまりないかもしれませんが
    これからもその心を忘れずにいてほしいですね。

    | ぽん | 2009/06/24 9:17 AM |
     親や指導者から言われたから「クリスチャン」ではなく、深い納得や聖書的根拠から学生たちが、建前でなく本音でそう語っているのには私も驚きました。若い時に具体的かつ聖書的に結婚教育がされることの大切さを痛感しました。
     時に「未信者の夫に中絶を強要されるクリスチャンの妻」という構図にも触れる私としては、現実面においても、リスクは知っておいて欲しいと願います。
    | ヤンキー牧師 | 2009/06/24 9:58 AM |
    自分も、毎日いろんな罪を犯してしまい、
    神さまに悔い改めの祈りをたくさんささげて、
    時には苦しくなりますが、
    そうしながらも、少しづつ、変わって行っている自分を発見しています。

    どこを見ても完璧に誠実であることは不可能ですが
    毎日、イエスさまに焦点を定めて従っていこうという生き方の方向性が大切なように思います。

    男も女も罪人だけど、
    夫婦が見つめているゴールが一緒なら、大丈夫な気がします。
    聖書を中心とした家庭なら、間違いがあっても聖書に立ち返ることができますものね。

    反対に、
    どんなに外面的に立派に振舞っていても、
    イエスさまに焦点を合わせていない生き方の人とは、どこまでいっても噛みあわないのだろうなあと思ってしまいます。
    | ぽぽんた | 2009/06/24 10:06 AM |
    こんにちは。KGK東海地区主事の浜田です。
    今年三月に行われたKGK春期学校でのインタビューをこのような形でご紹介くださって大変嬉しく思います。

    先生のご指摘、その通りだと思いました。
    学生たちにも紹介したいと思います。
    | KGK浜田 | 2009/06/24 12:25 PM |
    ぽぽんたさんへ。正直な思いを伝えてくださりありがとうございます。「何が中心、ゴールか?」が問われますし、それが一致の根拠ですものね。

    浜田主事へ。実名でのコメント恐縮です。こちらこそ感謝です。学生たちに知らせていただき、少しでもお役に立てたらうれしいです。
    | ヤンキー牧師 | 2009/06/24 3:57 PM |









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