命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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臓器移植法改正に際して
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     臓器移植法案のA案が衆院通過だとか。臓器移植の願う患者達とその家族の切実な思いは、大切な要素。しかしそれ以外の様々な思惑や要素もあるようで、純粋に死生観を問うものでも、国民的合意を図るものでもないというのが私の考え。

     2007年の下旬には「患者様は神様?お医者様も神様?」という医療関係者には申し訳ないような挑戦的なタイトルで、記事を書いております。私なりの拙い私的見解を記しているので、その(2)と(3)を再度記事として掲載しておきます。患者とその家族の願いを中心とした感情論や、治療効果を最優先する功利主義的な発想に埋没するのでなく、問題の本質、深い部分への考察を大切にしていただきたいと願っての再度掲載です。

    (2)
    昨日に続いて最相葉月著「いのち〜生命科学に言葉はあるか」(文春新書)を取り上げます。今回は脳死・移植問題について著者と額田勲さんの対談から。額田さんは神戸の病院の理事長。医療関係者と一般市民で組織する「生命倫理研究会」を全国に先駆けスタートした方。

     額田さんは日本の脳死論争の特徴の一つとして、推進派側の論理がほぼ同一であることをあげます。臓器提供をする善意の人がいて、移植によって助かる患者がいて、それを仲立ちできる医者がいる。当事者がみなよしとするのに、それを実践して何がいけないのか?という論理。三者合意があれば、OKということ。それに対して反対派や慎重派の意見は多種多様であると指摘します。

     この推進派の論理は、援助交際を肯定する理論と酷似しています。性を売ってでもお金の欲しい女子高生がいる、女子高生とエッチしたいオヤジがいる、それを仲立ちできる風俗業者がいる。当事者がみなよしとするのに、それを実践して何かいけないのか?という論理は、当事者だけが主張していて、社会的にはおよそ認められません。三者合意があっても、三者以外のところに基準はあるのです。

     脳死移植と援助交際の違いは何か?金銭欲性欲などの欲と善意や幸福を願う動機の違い。取引に売買関係がないこと。援助交際自体はすでに法律違反とされていることでしょう。完全に同一視はできないのは確か。

     しかし、本質的に「当事者がよければ、実践してよい」という論理はめちゃくちゃ。「苦しいから死なせてくれ」と頼まれて医者が、善意のつもりで医療機器をはずしたら大問題。当事者がよくても、正しくない医療行為はあるはず。

     脳死移植も援助交際も当事者はよいことが、そのまま社会的に許容されるわけではない。当事者たった三名の社会の中だけで医療も援助交際も終結しているわけではありません。それは地域社会や日本という国家を現場としているのですから。医療も援助交際も社会的行為です。故に社会的な評価を受けて是非が判断されるべきでしょう。

     さらにもう一つ共通の問題点があります。両者とも「当事者がよければよい」で判断を終えてしまうと、さらに本質的な判断を放棄してしまうことになります。援助交際なら、そもそも女子高生が性体験をしていいのかという年齢における性行為の是非、性を金銭と交換してよいかという売春の是非、買ったオヤジは妻がいながら、そんなことしていいのかという不倫の是非。そうしたより本質的な問題が議論されず、置き去りのまま、援助交際が続いていくわけです。

     脳死移植医療も同様。「当事者がよければいいではないか」がまかりとおれば、もはや「脳死は人の死か?」「そもそも移植医療は正当な医療行為か?」などの本質的な議論は全くの置き去りになってしまいます。

     「当事者がよければいいではないか?誰に迷惑かけるわけでなし、他者のことに干渉する権利はない」。それは普遍的な真理や絶対的な基準を失った現代人独自の危険な思想。

     脳死が死でないとしたらどうでしょう?いくら本人の願いとは言え、生きている人間から臓器を取り出して、その移植を願う人に移植。患者は健康となり医師は役立った満足感や達成感を持つとしましょう。これら三人は第三者から見るなら、三名の閉鎖社会における異常行為、不法行為と判断されても仕方ないでしょう。

     脳死臨調メンバーの中で、脳死は人の死ではないと判断しながら、脳死移植を許容した梅原猛さんは生きながらにして死を覚悟し、生ける自分の臓器を他者の幸福を願い提供するのはキリスト教の隣人愛、仏教の菩薩行に相当するので道徳的に正しい行為であると判断されました。これもドナーのほとんどは脳死を死と理解した上で、臓器提供するわけですから、隣人愛や菩薩行ではなく、従来の献体における善意の延長となるでしょう。

     欧米のキリスト教社会はいとも簡単に脳死を死と認めたようですが、その判断基準は聖書とは別の思想によるものとしか思えません。死に向かいつつありながら死に到達せず逆戻りできないいのちを既に死に到達したと合理的に割り切る思想は、聖書とは別のもののように私は考えています。それは霊肉二元論や愛を最優先する倫理などでしょうか?

     聖書の生命観、死生観、身体観はそうした発想を支持していると私には思えません。誰が何を根拠にどう判断するのか?そしてその判断の責任は誰がとるのか?そうした肝心の議論もそれなりで結局、死生観の議論の深まりは過去のこととなり、本質とは別の要因(経済的理由や競争心など)で決まってしまったように感じています。
     
     著者の最相さんは「当事者がよれけばよい」という倫理的な判断は再生医療や不妊治療も同様だと指摘します。組織提供者、それを必要とする患者、仲介する医師の三者がいれば再生医療はOK。組織採取に際しての様々な問題は不問とされます。精子提供者と不妊女性と仲介する医者がいればAID(第三者の精子による不妊治療)はOK。生まれてくる子どもや家庭や社会的影響、さらにその医療自体の正当性の判断は置き去り。

     大切な判断を置き去りにしながら、当事者間の利益や善意だけを根拠に実践されていく様々な医療技術。それは「何のために生きるか」を考えることを放棄し、快楽と豊かさを追求する日本人のあり方に共通する問題があるように思うのですが。実は共通ではなく、同一も問題かも

    (3)
     最先端の医療技術が持つ問題の所在は?そのことを深く教えられたのが、著者の最相さんと発生生物学者の中辻憲夫さんとの対談。

    中辻さんは「生命科学の最先端で問題視されていることは、人間の欲望や現代社会の成り立ちの方に根本的な問題があるという気がするんですね。」と鋭く問題の所在を指摘します。

     人間の欲望や社会の成り立ち・・・実は、私自身もそう思っていました。医療技術が問題視されるのは医療の世界でのことではなく、内側では人間の欲望とそれに伴う罪の問題、外側にはグローバルな視点も含めた格差社会や世界の貧富などの不平等性の問題だと考えてきました。中辻さんの発言は私の頭にあったことを言語化していただいたようで感激です。

     中辻さんは様々な事例をあげる中で、最相さんと共に結論めいた会話をされます。

    中辻「精子バンクで精子を買うことも、夫の死後、その精子で出産することも結局、自分が中心ですよね。子ども自身のことをよく考えていない。技術は進歩して暮らしも良くなったけど、人間の欲望って、ますます悪くなっているんじゃないでしょうかね?」

    最相「そうですね。」
    中辻「手段が与えられれば、与えられるほど、欲望が肥大化している。」
    最相「いい加減にして欲しいですね。」

     欲望達成の手段が与えられるほど、際限なく自己中心の欲望を肥大化させていく、現代人。それを肯定し、実現を援助していく現代社会のシステム。

     医療が人の健康と幸福に貢献するものから、患者の自己中心な欲望を実現するサービスに変質し、さらに、そのことが患者の欲望を肥大化させるという悪循環に陥っているように思えてなりません。

     聖書は際限なき欲望の肥大化を「むさぼり」と呼んでいます。そしてコロサイ3:5は「このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです」と指摘しています。欲望の肥大化こそが現代の偶像礼拝。へたをすると医療技術は偶像礼拝の実現手段となりかねません。

     最近、ある教会でお聞きした話。アメリカの白人夫妻アジアの貧しい国の女性と代理母の契約。やがてアジア人女性は、白人夫妻の子どもを懐妊。ところが、依頼者である白人夫妻は、離婚。そこで、「もうその子は、いらない」ということになり、白人夫妻は両者とも子どもの引取りを拒否。不平等で一方的な契約だったのでしょう。結局、アジア人女性はお金を全く受け取ることなく、白人夫妻のあかちゃんを生まざるを得なくなったというのです。

     これは、まさに人間の欲望と現代社会の成り立ちに、問題の本質があることを示している例でしょう。子どものことも、貧しいアジアの女性のことも、自分たち夫婦のことさえ考えてない人間。その欲望を達成させることが医療として正しいと言えるでしょうか?

     さらに、この社会の成り立ちは、一部の富裕層が、貧しい人々の犠牲や搾取の上にその富を独占しているというもの。医療の世界でもこうして豊かな人のわがままな欲望達成のために、貧しい人々が道具のように使われて、都合が悪くなれば捨てられたり、傷つけられたり。

     貧しい国では、数百円のワクチンで、一人の子どものいのちが救われるその一方で、豊かな国では、数百万の大金を投資して一人の我が子を得ようとするのです。貧しい国では、生活のために闇で臓器を売る人々がいます。一方、豊かな国の一部の金持ちは数千万円から億というお金をかけて臓器移植を試みます。グローバルな視点に立つなら、貧富の差は医療の差にリンクしています。

     我が子を願う思いや移植医療での治療を願う方々のその切望を批判するつもりは毛頭ありません。しかし、正当な手段と不当な手段の判別だけは必要だと思うのです。内側にあっては自分の欲望を検証すること、外側にあっては、現代社会の成り立ちから、自分の願いを検証すること。とてつもない欲望を実現する医療手段があるからこそ、現代人はそうした視点を持たなければ、ならないことを中辻さんから教えられた気がします。
    | | 脳死問題・臓器移植 | 18:08 | comments(4) | trackbacks(1) | - |
    私は現在,麻酔科医として大学病院に勤務しており,移植手術にも数回立ち会ってきました.

    麻酔科医という立場上,全身麻酔を施すのに不可能な場合を除いては,治療方針を決定するほどの権限は与えられておりません.移植手術にゴーサインが出されたら,麻酔の依頼を受けて麻酔を行うほかありません.

    クリスチャンとして中絶の麻酔はこれまで断ってきましたが,移植医療の是非についてまだ自分の中では整理できておらず,内に葛藤を抱えたまま移植手術の麻酔を行っています.

    移植医療は単に脳死移植に限るものではなく,生体間移植そして輸血も含むものです.「延命への欲求」という観点からこの議論を扱うならば,脳死移植の是非と共に移植医療の是非も問われるべきでしょうが,輸血や生体間の移植については,確かに議論されることが少ないように感じます.輸血医療を考えるときに必ずエホバの証人が引き合いに出されますが,これは教義上の問題を含んでいますので,「輸血の是非を考える=エホバの証人の教義を認める」という短絡的な発想は避けられるべきです.血液を提供することと,心臓を提供することに違いがあるかどうかを,生命科学や生命倫理に携わる人,あるいは宗教者は提示することができるでしょうか.

    またこういったデリケートな問題を扱うときに必ず遡上するのが「当事者の心情」というものです.物事の是非を論じるときに当事者の心情を斟酌しない冷酷な意見は慎まれるべきでしょうが,「当事者の心情」を錦の御旗にして議論を停止させるのは大きな愚行です.

    いくらでも進歩する可能性を秘めた医療ですが,医師にその進歩に「STOP or GO」を言うことができるのでしょうか.患者に治療の選択権が大きくゆだねられるようになった今,医師は患者の要求に助言はできても拒否をするのは難しいと考えてよさそうです.
    | パライソ | 2009/06/20 10:08 AM |
     現場からの現状と課題の報告をありがとうございます。移植医療についてのさらに根本的な問題提示。また、言論上、常に課題とされる「当事者の心情」についての適切な姿勢などを示していただき、感謝。

     現場や医療分野によって異なる面はあるでしょうが、私自身が大変勉強になりました。
    | ヤンキー牧師 | 2009/06/20 12:06 PM |
    いつも愛読させて頂いております。

    私もA案の成立に危惧を抱いていた者の一人です。そんな中でこのポストを拝見し、非常に深い洞察を見た気が致しました。特に「当事者間の合意があれば何も問題は無い」という論理の破綻を、様々な視点のたとえをもちいて、これ以上なく明確に示して下さったことに、心から感謝致します。

    教会でも機会があれば、紹介させて頂きたいと思います。
    | nob | 2009/06/20 11:25 PM |
    お役に立てたようで感謝です。拙い記事ですが、何とか「当事者間合意あればOK理論」への反論として機能すればと願っていたので、そのようなご評価に励まされています。
    | ヤンキー牧師 | 2009/06/21 5:59 PM |









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    [クリスチャンの気持ち]複雑な気持ち
    昨夜、臓器移植法の改正A案が衆議院で通過した模様をNHKで見ました。その時私は涙を流しておられる一人の男性に目を奪われました。この方はどうして涙を流しておられるのだろうか。たぶん移植を待っている親御さんの一人だろうと推測しましたが、その後そのシーンが頭
    | Rushuriのプラン | 2009/06/19 9:47 PM |
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