命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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(村崎)太郎物語(2)
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     村崎太郎を語るのに、父親の村崎義正をはずすことはできないようです。私自身も、AERAの記事で初めて、この義正さんのことを知りました。wikipediaの「村崎義正」の項には、簡潔に彼の生い立ちやいくつかの業績が記されています。是非とも、読者の皆様にはご一読いただいたいのです。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B4%8E%E7%BE%A9%E6%AD%A3

     日本の被差別部落の職業は多様ですが、主なものの一つは芸能です。角付芸(かどつきげい)といって、家々を訪ね、角先で芸能を披露して生計を立てていたのは、主に被差別部落民でした。有名な「春駒」や「獅子舞」もその一つです。また、文字通り路上で行われていた大道芸も、被差別部落の人々が発展させてきた芸能。

     そして猿回し芸はそんな大道芸の一つです。蚤から像まで調教できる調教師でも、知恵のあるニホンザルは不可能だと言われるそうで、それ程、猿回しは、世界の誇りうるレベルの高い芸能なのです。にもかかわらず、歴史的な経緯と差別によって、この優れた芸能は卑しいものとされてきたわけです。

     wikipediaの記事によれば、村崎義正さんは「同じ地区で生まれた同級生12人全員が、部落差別にさいなまれ、ある者は自殺し、ある者は社会から落伍して、なんとか生き残ったのは義正を含めわずか3人だけというすさまじい状況下の青春時代を過ごす。」とあるように、壮絶な差別の中で育ちました。

     後に山口県光市市議会議員に当選、部落解放同盟を結成し活躍します。後にあの俳優、小沢昭一さんと遭遇。猿回し芸の家系にあった義正さんは、小沢さんの勧めで、市議会議員を辞職してまで、途絶えかけていた猿回し芸の復興に尽力。

     息子である太郎さんがそれを継承し、新たなエンターテイメント性を付加して、日本中の人気者となったのは、記憶に新しいところ。しかし、日本中が太郎さんの芸を絶賛しても、彼の心に本当の意味での誇りや達成感があったとは言えないかもしれません。差別は、他の何によっても補いきれないものを人の人生に与えてしまうのでしょう。
    | | 「村崎太郎」関連 | 11:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - |









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