命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
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ツチノコ男生態研究所(2)
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     先日、桂さんからいただいたコメントは、多くのクリスチャン女性の葛藤を代表しているように思います。本ブログでは、「ツチノコハンター女」を推奨する一方で、こうした「ツチノコスルー女」が多いのも事実ではないでしょうか?

     ツチノコハンター女とツチノコ男が出会えば、最高なのでしょうが、なかなかそうは行きません。実際にはツチノコ男がツチノコスルー女と出会うことも多く、当然、恋愛には発展しません。場合によっては、昨日の新学説のようにツチノコ男のセルフイメージを低下させ、じゃんけん回避行動に至らせることも。

     だからといって、「ツチノコスルー女」を「男を見る目がない」とか「結婚というものがわかっていない!」などと一刀両断できるほど、簡単なものではありません。桂さんのコメントは、我々ツチノコ男研究者らに、単なる学説では、割り切れない心情や葛藤というものを伝えてくれています。まずは、コメントのご紹介。

     適齢期だからちゃんと良い結婚に結びつく相手を選びなさいと言うのはよく分かるんですけど。ついつい蛇さんを好きになってしまう事ってありますよね。その人の悪い所とか、とても結婚相手に出来るような人ではないのもよく分かっているんだけど。

     私はけっこうツチノコを見かけます。捕獲済のツチノコを見かけた時は成る程こういう人と結婚すれば幸せになれるのだろうと思いましたし,毎日のように顔をあわせて話し掛けてくれたり,自分の通う教会に誘ったりしてくれた野良ツチノコとは「良い人だなぁ,本当はこういう人とのおつきあいを望むべきなんだろうなぁ」と思いつつ「私,蛇さんが好きなの・・・」と「相談相手」にしてしまいました。

     恋愛相手をツチノコ度数で選ぶ事は出来ないと思います。立派な人か,良い結婚生活を送らせてくれそうな人かどうかなんて事を確かめてから,青信号を確認したから心が「好き」の方に傾く訳ではないです。

     結婚って本を読んだり絵を描いたりする事のように自覚的に,自発的に行う事だけど,恋愛はしゃっくりやくしゃみのように自分自身では制御することができない心の動きだと思います。

     でも蛇さんが好きでいながら、忘れられないだろうなぁと思いながら,結婚相手にはツチノコを選ぶ程、利己的にも打算的にもなれないんですよね。
     だからどうしたら良いのかなんて分からないし,蛇さんと結婚する蛮勇も忘れてしまえる決断力も持ち合わせていなくて

     以上がコメントです。「彼にするなら蛇、でも結婚相手はツチノコ」と割り切れるほど、単純ではない女性も多いのでは?「結婚を願って恋愛をするのだから、彼氏はツチノコ候補、度数を確認してから結婚」というのが、最も賢い女性でしょう。二人で神様に仕えていく、神の栄光をあらわす家庭形成という目的のためなら、それは利己的でも打算的でもなく、信仰的なのでは?恋愛を捨てて結婚をすべきなのでは?と思う私です。でも、そう思えれば苦労はしないのです。

     恋愛を捨てきれず結婚に踏み出せない自分、蛇さんを好きなってしまう自分、ツチノコ男に魅力を感じない自分・・・・。そんな自分を十分客観視して、自己評価している桂さん。このコメントは多くのクリスチャン女性の共感を得る優れた自己開示だと思います。

     >ツチノコ男に出会いながらも「私,蛇さんが好きなの・・・」と「相談相手」にしてしまいました。

     これはもう典型的な「ツチノコスルー」状態です。スルーした桂さんに「もったいない」と思う女性もいれば、「それって、あるある」と同意する女性もいるでしょう。「ツチノコ男は安全だけど、刺激に欠ける」とのご指摘もあるかも?

     私の予想ではツチノコ男の半数以上はこうした経験があるのでは。「オレは女の子の恋愛相談対象、恋愛対象ではないの」「僕は女の子から信頼されて、相談してもらえるいい人、でもそこから先を期待すると裏切られる」などの苦情を周囲のツチノコ男から聞いています。

     私が「そこから恋愛関係に発展させないのか?」と言えば「それを期待すると傷つく」と言い、「そんな信頼関係から恋愛に移行したら最高じゃん?」と言えば「そんな不純なことはできない」と言う、セルフイメージの低さと純粋さを持ち合わせたツチノコ男たちもちらほら。

     希少価値であるからこそ、命名されたはずの「ツチノコ男」。しかし、クリスチャン女性たちが「ツチノコハンター」かと言えばそうでもない、むしろ、「ツチノコスルー女」も多いのが現実なのかも?桂さんの正直で優れたコメントをいただいて、私自身が葛藤を覚えています。

     女性読者の皆さんは、どうですか?ツチノコハンター女ですか?それとも、ツチノコスルー女でしょうか?そんな自己評価、自己分析も、楽しく有意義なのでは?

     そうそう、もう一つ示唆を与えさせてください。
    あなたが恋愛で悩んだとき、信頼してその相談をできる男性が「ツチノコ男」かもよ?その男性と結婚したら幸せなのでは?えっ?「ありえなーい!」「考えられなーい」って?それが現実か・・・・・。
    | | 「ツチノコ男」&「いい男」シリーズ | 08:48 | comments(4) | trackbacks(0) | - |
    先生のブログは毎回考えさせられますね…。
    僕の場合「セルフイメージ云々の前に、そもそも今の自分はいわゆるツチノコ男であるのか?」と考えてしまいます。ツチノコ男でないのにセルフイメージが低いかどうかなんて考えても仕方ありませんし。ツチノコ男の基準が明確にわからないと言うのもありますが、今の自分が相手に相応しいかどうかわからないし、まだ相応しくないとして、どうなれば相応しい存在になれるのかも具体的にはよくわかりません。
    デートではないですが、今日は意中の女性と会う機会がありまして、気持ちを伝えて相手にも祈ってもらおうと思っていました。
    しかし明日は日曜日で礼拝なのに、その最中も相手にあれこれ余計なことを考えたり悩ませるようなことになっては良くないかなと思って言えませんでした。
    上記の理由はもっともと思う人が多くいるかも知れませんが、本音は自分が臆病になって勇気を出せなかったことに後から理由を付けただけだったかも…と思ったり。
    とりあえず今は何とか相手に伝える必要があると(ひとり勝手に)思っています。
    しかし自分がいわゆるツチノコ男と呼ばれるような基準に当てはまるか男か、相手に相応しい存在であるかがわからないので、前進するべきかどうかも分かりません。
    こういう時の判断って聖書的にはどうすべきだと考えますか?
    それから自分がツチノコ男かどうかは、どういう風に自己吟味すべきなんでしょうか?
    | とある学生 | 2008/11/22 9:12 PM |
     ツチノコ男の基準は過去の記事に書かれています。しかし、そうした固定的な基準で自分は該当するかどうかではないのです。UGOUGOさんが、提唱したようにむしろ、ツチノコ男とは結婚後に脱皮して、基準に到達していける可能性のある男なのです。
     ですから、今どうかよりも大切なことは、これから、どちらに向かっていくかです。さんざん、キリスト者の成長論を展開したパウロは、こう結論しています。「それはそれとして、私たちは既に達しているところを基準として、すすむべきです」(エペソ3:16)
     ツチノコかどうかは、それはそれとしてです。今達しているところから、脱皮していくのかしないのかが、大切なのです。現状より、今後の方向性、前進や成長の意志が求められるのでは?拙いアドバイスですが、お役に立てば感謝です。
    | ヤンキー牧師 | 2008/11/22 10:32 PM |
    ありがとうございます。もうひとつ何かわかったような気がします。
    現状がどうあれ、現状維持ではなく常に信仰的な、人格的な成長を求めて行きたいと思います。
    ちなみに今日その人に祈って欲しいということを伝えました。
    結果は神様に委ねて返事を待つ間も祈り求めて主に喜ばれる道を歩みたいと思います。
    先生の日々の奉仕の働きと守る会の働きが守られるようにも祈っています!
    | とある学生 | 2008/11/23 10:28 PM |
     お役に立ててうれしいです。
    | ヤンキー牧師 | 2008/11/24 8:40 AM |









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