ご両親は刑事告発をされたのですが、注目すべきは、「業務上過失致死」ではなく、「傷害致死罪」で訴えていることです。つまり、医療ミスではなく、故意による大量投与であったという疑いがあるわけです。報道によれば、成人への適量の三倍もの投与だったようです。
内部告発資料によれば、投与された薬物の中には、今後、適応範囲を拡大させたいものもあったようで、大量投与は治療目的ではなくデータ集めが目的であったとの疑いが持たれています。ご両親は、幼い息子さんが、実験材料にされたのでは?と悲しんでおられます。さらには、この男児の死亡後、鎮痛剤投与を指示したと病院側が説明している当時の研修医は、外国に留学しており、警察は事情聴取もできないとのこと。
同病院は、特定機能病院として指定されていましたが、2002年に、医療ミスの可能性が疑われる手術の後に死亡した患者のカルテを改ざんし、ミスの可能性を隠ぺいしたことで、指定を取り消されています。(東京女子医大事件)2007年には再承認をされてわけですが、今回も隠ぺいが疑われています。現在留学中の当時研修医が単独で指示を出し、大量投与したと考えるのが不自然だからです。つまり、2002年時に続いて、今回も、特定機能病院の指定取り消しを恐れての隠ぺいという可能性があるわけです。
両親の会見はこちら。
東京女子医大病院で男児死亡 両親が会見
大量投与を指示したとされる研修医の留学と隠ぺい疑惑について。
東京女子医大2歳児死亡 渦中の医師は留学中だった
2002年の「東京女子医大事件」について
東京女子医大事件
この事件についていろいろと考えたのですが、その結果、これは医療現場だけの問題ではないことに思い当たりました。そして、一つのフィクションを考えたのです。それは、この事件報道を受けて怒り心頭の牧師が、見た夢の物語です。以下にそれを記します。
短編フィクション小説「一牧師が見た夢」
2015年のこと。東京女子医科大病院での二歳児死亡に際しての報道となくなった男児の両親の会見を見て、一人の牧師が、怒り心頭で眠れずにいた。それでも、明け方となり眠りに落ちた時、ある夢を見た。
あの預言者ナタンが、牧師のところへやってきた。そして、ナタンは言った。
「日本のある病院で、医療ミスが疑われる手術の後で患者が死亡した。しかし、病院側はそのことの隠ぺいを図った。その罪は、公になり、病院は再発防止を約束した。そして、その約12年後、データ集めのために幼い命が奪われたとの疑惑が生じた。責任医師は、警察の追求を逃げるかのように海外に留学した。どうも、隠ぺい体質は変わらず、再発防止は失敗に終わったと予想される。」
すると、牧師は、その病院に対して激しい怒りを燃やし、ナタンに言った。
「主は生きておられる。もし、その疑いが事実であるなら、そんなことをした病院は、営業停止処分だ!隠ぺい体質を変えられなかった病院の責任者たちは、死んだ患者と遺族たちに、最大限の償いをしなくてはならない!」
ナタンは言った。
「その病院とは、あなたたちです。」
ナタンは、ダビデに向かって、富んでいる人が貧しい人の子羊を取り上げた話を説き明かしたように、病院の話を、その牧師に説き明かした。
重大な倫理的罪や犯罪行為、
それによって失われた尊い命、
そのことの隠ぺい、
当事者の海外渡航、
問題発覚後の謝罪と償い、再発防止の誓い
同様事件の再発とそれに対しての隠ぺい、
再発の土壌が温存されたいたことの発覚・・・・・。
ナタンの説き明かしに、牧師は心を痛めた。
牧師の脳裏に、該当するいくつかの事例が浮かんでは消えた。
報道された病院の姿は、もはや他人事ではなくなっていた。
そして、病院への怒りは、教会としての悔い改めに変わった。
牧師は祈った。
「主よ、私たち日本の教会をあわれんでください。」
涙を流し、そう祈り始めた時、牧師は夢から覚めた。
涙でぬれた枕を見ながら、牧師は主なる神の前に決意をした。
「この悪夢を、決して、正夢にしてはらない」と。
「そのために自分の立場、牧する教会、所属団体で、できることを始めよう」と。
〜完〜