命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
東京女子医大2歳児死亡に際してのフィクション〜「一牧師が見た夢」
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     年に一度だけの講義ですが、名古屋大学の医学部保健学科で非常勤講師をさせていただき、「周産期医療」を担当し、人工妊娠中絶について医療倫理や生命倫理をお話しさせていただいています。その関係で、一連の東京女子医大病院の事件には、深い悲しみと強い怒りを覚えています。特に昨日は、鎮静剤の大量投与によって男児を失ったご両親の会見が報道されました。

     ご両親は刑事告発をされたのですが、注目すべきは、「業務上過失致死」ではなく、「傷害致死罪」で訴えていることです。つまり、医療ミスではなく、故意による大量投与であったという疑いがあるわけです。報道によれば、成人への適量の三倍もの投与だったようです。

     内部告発資料によれば、投与された薬物の中には、今後、適応範囲を拡大させたいものもあったようで、大量投与は治療目的ではなくデータ集めが目的であったとの疑いが持たれています。ご両親は、幼い息子さんが、実験材料にされたのでは?と悲しんでおられます。さらには、この男児の死亡後、鎮痛剤投与を指示したと病院側が説明している当時の研修医は、外国に留学しており、警察は事情聴取もできないとのこと。

     同病院は、特定機能病院として指定されていましたが、2002年に、医療ミスの可能性が疑われる手術の後に死亡した患者のカルテを改ざんし、ミスの可能性を隠ぺいしたことで、指定を取り消されています。(東京女子医大事件)2007年には再承認をされてわけですが、今回も隠ぺいが疑われています。現在留学中の当時研修医が単独で指示を出し、大量投与したと考えるのが不自然だからです。つまり、2002年時に続いて、今回も、特定機能病院の指定取り消しを恐れての隠ぺいという可能性があるわけです。

    両親の会見はこちら。
    東京女子医大病院で男児死亡 両親が会見

    大量投与を指示したとされる研修医の留学と隠ぺい疑惑について。
    東京女子医大2歳児死亡 渦中の医師は留学中だった

    2002年の「東京女子医大事件」について
    東京女子医大事件


     この事件についていろいろと考えたのですが、その結果、これは医療現場だけの問題ではないことに思い当たりました。そして、一つのフィクションを考えたのです。それは、この事件報道を受けて怒り心頭の牧師が、見た夢の物語です。以下にそれを記します。



    短編フィクション小説「一牧師が見た夢

     2015年のこと。東京女子医科大病院での二歳児死亡に際しての報道となくなった男児の両親の会見を見て、一人の牧師が、怒り心頭で眠れずにいた。それでも、明け方となり眠りに落ちた時、ある夢を見た。

     あの預言者ナタンが、牧師のところへやってきた。そして、ナタンは言った。

    「日本のある病院で、医療ミスが疑われる手術の後で患者が死亡した。しかし、病院側はそのことの隠ぺいを図った。その罪は、公になり、病院は再発防止を約束した。そして、その約12年後、データ集めのために幼い命が奪われたとの疑惑が生じた。責任医師は、警察の追求を逃げるかのように海外に留学した。どうも、隠ぺい体質は変わらず、再発防止は失敗に終わったと予想される。」

     すると、牧師は、その病院に対して激しい怒りを燃やし、ナタンに言った。

    「主は生きておられる。もし、その疑いが事実であるなら、そんなことをした病院は、営業停止処分だ!隠ぺい体質を変えられなかった病院の責任者たちは、死んだ患者と遺族たちに、最大限の償いをしなくてはならない!」

     ナタンは言った。
    「その病院とは、あなたたちです。」

     ナタンは、ダビデに向かって、富んでいる人が貧しい人の子羊を取り上げた話を説き明かしたように、病院の話を、その牧師に説き明かした


     重大な倫理的罪や犯罪行為

     それによって失われた尊い命

     そのことの隠ぺい

     当事者の海外渡航

     問題発覚後の謝罪と償い、再発防止の誓い

     同様事件の再発とそれに対しての隠ぺい

     再発の土壌が温存されたいたことの発覚・・・・・。


     ナタンの説き明かしに、牧師は心を痛めた。

     牧師の脳裏に、該当するいくつかの事例が浮かんでは消えた。

     報道された病院の姿は、もはや他人事ではなくなっていた。

     そして、病院への怒りは、教会としての悔い改めに変わった。

     牧師は祈った。

    「主よ、私たち日本の教会をあわれんでください。」

     涙を流し、そう祈り始めた時、牧師は夢から覚めた


     涙でぬれた枕を見ながら、牧師は主なる神の前に決意をした。

     「この夢を、決して、正夢にしてはらない」と。

     「そのために自分の立場、牧する教会、所属団体で、できることを始めよう」と。

                      〜完〜 
    | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 17:03 | - | - | - |
    海自いじめ自殺についての悲しいこと、その共通項としての悲しいこと
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       海自隊員のいじめによる自殺については、加害者上司の横暴と卑劣さ目撃者たちの沈黙、発覚後の隠ぺい工作などが明らかになってきており、怒りと悲しみに満ちております。

      「海自隊員いじめ自殺、35人が目撃も対策とらず」
      http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140902-00000026-jnn-pol 

       少なくともここの隊では、35人もの目撃者がいても、対処がされず、自死に至るまで放置される体質や権力関係があったということでしょう。私なりに「悲しいと思ったこと」を以下に記します。

       
       卑劣ないじめによって尊い命が奪われたことが悲しい。

       国民の生命を守るはずの組織が、内部者の命を奪ったのが悲しい。

       共に命をかけて戦うはずの35人が仲間を見殺しにしたのが、悲しい。

       血税から莫大な防衛費が支払われている組織で起こったことが悲しい。


       でも、そのことを正面から批判できないことが悲しい。

       「教会はどうなんだ?」という問い掛けが心に聞こえてくるのが悲しい。

       極一部の教会での出来事で、いじめによる自殺ではなくても、上の四つの要素が共通しているのが悲しい。

       様々なかたちの暴力で命が傷つけられ、命を活かすべき教会が命を損ない、共に戦う仲間を見殺しにしいるその組織に尊い献金がささげられていることが悲しい。

       繰り返される悲劇の前に、自分が何もできていないように思える無力感がまた、悲しい。
      | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 21:09 | - | - | - |
      ヨハン教会連合が声明文を発表
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         予告されていた通り、ヨハン教会連合が、サイト上にて声明文を発表しました。これは、団体のトップである金圭東牧師による性暴力・身体的暴力について、団体としての正式な謝罪と悔い改めの結実を約束する内容かと思います。

         「ヨハン教会連合声明文

         この迅速さ声明文の内容については多様な評価があるでしょう。近年、同様の事例が繰り返されているにもかかわらず、予防的対策がなされず、権威主義的な構造の中で問題は起こり、、発覚後も黙殺や隠ぺいがなされ、外部が発信するまで、正常な対処がなされなかったようです。

         本ブログでは何度もこうした課題を取り上げております。拙い記事ばかりでしょうが、何かの助けになればと願い、いくつか代表的なものを紹介しておきます。


        今年になってから、牧師不祥事問題を扱った代表的な記事です。クリスチャンたちの意識変革や失敗から学ぶべき教訓を記しています。

        「真面目、熱心、思いやり+熟年、思慮分別=女性問題大丈夫」からの卒業

        アメリカ大教会の牧師、不祥事辞任、その背景とそこからの教訓

        「教会内・戦前天皇制・再現現象」としてのカルト問題


        私ではない教職が、優れた神学的議論、発信をしているものを紹介しています。

        同じ過ちを繰り返さないために(サミル教会の対応から学ぶべきは?)

        読み応えのあるコメント欄での議論


         また、クリスチャン臨床心理士である藤掛明先生が、この件をご専門の立場から、詳細かつ的確にとらえて、優れた発信をしておられます。こちら記事で、長編の連載を一度に読むことが可能です。

        「牧師のストレスとセクハラ問題」「牧師のメンタルヘルス、教団・神学校への提言編」
        http://fujikake.jugem.jp/?eid=1579

         
         著名メディアが牧師不祥事を記事にし、事が起これば、ネットで広く情報発信が可能な時代にあって、従来の考え方や対処からの転換の必要を訴えたシリーズです。

        教会不祥事、去り行くべき「良識」と来たるべき「常識」

        教会不祥事問題、「鎖国政策」から「開国」へ

        教会不祥事問題、「抽象表現」から「具体内容」へ

        教会不祥事問題、「躓きそうな弱者の立場」から「被害者女性の立場」へ


         「事態収拾」よりも被害者女性とその家族・知人らの癒しと回復を、そして加害者と消極的協力者の真実な悔い改めとその結実を祈りつつ。
        | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 11:15 | - | - | - |
        金圭東牧師の謝罪文が掲載
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           昨日、お知らせした件の続報です。ヨハン早稲田キリスト教会のホームページに、金圭東牧師の謝罪文が掲載されました。自らの罪を認め、関係者への謝罪をしています。

          金圭東牧師お詫び

           また、教会として非常対策委員会を設置し、真相究明と教会の回復を目指していく趣旨が記されています。

          非常対策委員会発表文

           個人的には、事実発覚後とはいえ、こうした迅速で透明性の高い対処が、今後の事例対処のモデルや参考になればと願っています。取り急ぎお知らせします。
          | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 10:11 | - | - | - |
          ヨハン東京教会、金東圭牧師にセクハラ疑惑報道
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             恵泉女学園大学学長であり、キリスト教会のカルト問題についても造詣の深い川島 堅二先生がご自身の「宗教学研究室」の掲示板に、上記タイトルの件に関して投稿をしておられます。


             金東圭牧師については以下のサイトをご覧ください。短期間で大規模教会を作り上げ、日本各地にヨハン教会を開拓してきた教職です。

            wikipedia「ヨハン早稲田キリスト教会」
            http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%8F%E3%83%B3%E6%97%A9%E7%A8%B2%E7%94%B0%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E6%95%99%E4%BC%9A


             セクハラ疑惑については、韓国のリベラル系キリスト教メディアが報道したそうです。

             金圭東牧師のセクハラ疑惑報道
            http://6514.teacup.com/cult110/bbs/2619


             以下がその記事の訳文です。金牧師は、疑惑を否定していますが、教会内の働きを辞するようです。非常に詳細で具体的な経緯も記されており、事実であるとすれば、常習的なセクハラ行為はもちろんのこと、事実発覚後の対処についても、残念な事例と言えるでしょう

            ヨハン教会・金圭東牧師のセクハラ疑惑報道(全文和訳)
            http://6514.teacup.com/cult110/bbs/2624

             
             川島堅二先生は以前よりヨハン教会の問題点を指摘しておられ、以下のサイトの9にあるように、直接と間接で二件のセクハラ被害の相談を受けていたようです。そのこともあり、川島先生は、信憑性が高いと判断し、投稿されたと思われます。

            「ヨハン教会の問題点」
            http://religion.sakura.ne.jp/religion/yohan/yohan_doc_mondaiten.htm

             ヨハン早稲田キリスト教会はJEAにも加盟しており、疑惑の段階とは言え、日本の福音派教会にとっては、重要な情報だと判断し、お知らせします。
            | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 18:38 | - | - | - |
            ビュン氏と小牧者訓練会、民事裁判を受けて、日韓有志牧師による声明文
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               先日の民事裁判の判決を受けて、日韓超教派で20名以上の有志の牧師が、声明文を発表したとのこと。疋田國磨呂師がフェイスブック上で発表されたものを、以下に転載します。

               疋田師のFBはこちら。
              https://www.facebook.com/profile.php?id=100008134897889


               このたび、日韓の有志の二十名以上の牧師先生方と共に、声明文を作らせて頂きました。発表する場所がなかなかないので、こちらに発表させていただくことにしました。ご覧くださり、お祈り下されば感謝いたします。

               「ビュン宣教師と小牧者訓練会(国際福音キリスト教会)に対する民事裁判判決(東京地裁:2014年5月27日)を受けての、日韓の超教派の牧師たちによる声明文」

               私たちは、2008年暮れから2009年1月にかけて、ビュン宣教師の性的不祥事の報を聞いた時、初めはあまりの衝撃に、にわかには信じがたい思いでした。しかしながら、姉妹たちの被害証言と、それに対するビュン宣教師・小牧者訓練会側の弁明の双方に接し、被害証言が真実であると判断せざるを得ませんでした。

               日本でビュン宣教師と関わりのあった牧師たちが中心となって、「宗教法人小牧者訓練会代表役員 卞在昌(ビュン・ジェーチャン)宣教師の性的不祥事を憂う緊急声...明」(2009年2月3日付)を発表した後も、ビュン宣教師と小牧者訓練会には、何らの悔い改めも自浄作用もなく、民事と刑事の二つの裁判が行われるに至ったのは周知の通りです。民事裁判原告の姉妹の方々は、ビュン宣教師とその教団が自分たちの本当の声を抑圧するために、長い葛藤の末、世の法廷に真実を訴える選択をなさったわけですが、5年以上もの間、一貫して真摯な態度で訴えを続けた彼女たちに対して、まるでそのような訴えをすること自体が宣教の妨げであるかのように、冷たくあしらう向きは、キリスト教会内に、陰に陽に常にありました。そして、被告であるビュン宣教師や小牧者訓練会は、原告の方々を、露骨に嘘つき呼ばわりし続けました。

               被害者たちがこの間背負った辛い重荷は、つまるところ、日本及び韓国のキリスト教会全体の不徳のゆえであったと、私たちは考えています。そして、このように苦しい証言を法廷でしなければならなくなった原告の方々が、報われる判決が出ることを、この間祈っておりました。

               新聞やインターネットメディアで報じられている通り、セクハラ民事裁判原告4名の姉妹の訴えがほぼ全面的に認められ、合計70件の性的被害を認定した上で、被告ビュン宣教師と小牧者訓練会に対して総額1540万円の損害賠償を命じる判決が、このたび東京地裁で言い渡されました。この判決は、被害を訴える原告の姉妹たちの証言の信用性と、それを否定する被告たちの反証の合理性を、三人の裁判官が客観的かつ綿密に比較検証した結果であり、小牧者訓練会の組織としての深刻な問題性をも、明瞭に指摘したものでした

               私たちとしては、義なる神様の御手が、司法を通しても現れたと思っております。また同時に、この判決は、今回のような不祥事の被害者を保護し、加害者を的確に懲戒する能力を失った、日本及び韓国のキリスト教会に対する、神様からの警告として受け止めなければならないとも考えています。

               しかるに、ビュン宣教師と小牧者訓練会は、この判決の前後にも、韓国のメディアを通して、「刑事裁判を通して証明された自分たちの潔白を信じて祈り応援してほしい」という趣旨の主張をしています。3年前(2011年5月)の刑事事件無罪判決は、被害を受けた姉妹たちのうちの1名のみについて、しかも2007年2月17日午後のある時間帯において準強姦の犯罪があったかどうかの、1件のみについて審理された結果、アリバイ成立の可能性があるとしてビュン宣教師を有罪にはできない、という司法判断が下されたものでした。この刑事無罪判決をもって、他の姉妹たちが長期に渡って反復継続して受けた全ての被害についてまで、疑惑がすっかり晴れたかのように語るのは、とんでもない欺瞞です。私たちは、この期に及んでもビュン宣教師と小牧者訓練会がこのような態度をとり続けているという事実に、またいまだに彼らと手をとりあっているキリスト教会が存在するという事実に、怒りと憂慮を禁じ得ません

               ビュン宣教師と小牧者訓練会は、今回のセクハラ民事裁判の判決を認めて、速やかに、神様の前で真実な悔い改めをすべきです。「主のしもべを責めてはならない。無条件に全てを赦すべきだ」などという、非聖書的な教えの中にこれ以上閉じこもらず、被害者たちに真実な謝罪と賠償をして、彼女たちから赦しを受け取るための道へと歩み出すべきです。それこそが、神様からの赦しを真に受け取る道なのです。そして、日本および韓国のキリスト教会は、類似の被害を受けている信徒たちに泣き寝入りを強いるような不健全な体質が、自らにないかを厳しく点検しつつ、今回の事件と判決から、主が願われる健康な教会形成に資すべき教訓を、真摯に受け取るべきであります。私たちは、そのことのために努めつつ、原告の方々以外にも存在する被害者たちの癒しと回復を、今後も祈り、助けたいと願います。

              2014年6月25日
              卞在昌(ビュン・ジェーチャン)宣教師の性的不祥事を憂う日韓の超教派の牧師一同

              署名(日本語アイウエオ順)

              赤松望(日本伝道福音教団五泉福音キリスト教会牧師)
              李壽求(札幌国際キリスト教会牧師)
              遠藤明匡(楠葉キリスト教会牧師)
              大杉至(日本同盟基督教団伊那聖書教会牧師)
              小淵康而(日本基督教団元新潟信濃町教会牧師)
              亀井俊博(西宮北口聖書集会牧師)
              金俊起(稲城聖書教会牧師)
              金明皓(韓国・大韓イエス教長老会 大臨教会牧師、前国際弟子訓練院代表)
              齋藤篤(日本基督教団在外教師、ケルン・ボン日本語キリスト教会牧師)
              下道定身(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団 札幌レインボー・チャペル牧師)
              鈴木靖尋(亀有教会牧師)
              千葉明徳(シャローム福音教会名誉牧師)
              鄭斗永(ぶどうの木八王子キリスト教会牧師)
              延藤好英(日本基督教団和気教会牧師)  
              新納真司(上海JCF牧師)
              濱野好邦(基督聖協団青梅教会牧師)
              原田史郎(日本基督教団南房教会牧師)
              疋田國磨呂(日本基督教団大宮教会)
              堀江明夫(日本基督教団金沢元町教会牧師) 
              松永堡智(日本同盟福音教団新津福音キリスト教会牧師)
              山脇久治(アッセンブリー教団明石キリスト教会前主任牧師)
              | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 22:16 | - | - | - |
              「真面目、熱心、思いやり+熟年、思慮分別=女性問題大丈夫」からの卒業
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                 小学校の校長が、校内のトイレで女性教員を盗撮した件が報道されています。詳細はこちらのNHKのWEBニュースで。

                「小学校長がトイレで盗撮容疑逮捕」
                http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140608/k10015057221000.html

                  性的問題を起こす教師は、多くの場合、「真面目な先生」、「指導熱心」、「生徒思い」なのです。「それなのになぜ?」という声が出てきます。しかし、実際には、生徒や父兄や同僚教師から信頼度や評価の高い教師が、この手の性的問題を起こすものです。

                 最近は医師や弁護士なども、同様の事件があったと記憶します。「先生」と呼ばれるような職業にある熟年男性が、引き起こす残念な性的逸脱行為・・・。でも、多くの人は繰り返される報道や経験値から統計学的に、気が付いています。なぜか、「真面目」、「熱心」、「いい人」が、そして、「地位も立場も分別」もある熟年男性が、そうした逸脱に走ることを。


                 このことは、学校だけでなく、企業のリーダーや教会のリーダーも例外ではありません。本ブログは、何度か、地位も立場も分別もある50代以降の熟年男性が性的不祥事を起こる理由を、聖書の事例も引用して、記しています。必要と関心のある方はご参照ください。

                男が危ないTPO(1)
                http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=1285

                「権力者たちの密会現場が意味するもの」
                http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=1859


                 藤掛明先生はこの分野において、ご経験をも踏まえて、優れた見解を発信しておられます。代表的な記事を二つ紹介します。

                「宗教者の二元論」
                理想論に立って努力するタイプほど、危機に直面すると柔軟に対処できず逸脱するのでしょう。
                http://fujikake.jugem.jp/?eid=3895

                オピニオン「指導者の使命感と共感性」
                使命感の視点から、逸脱行為が解説されています。
                http://fujikake.jugem.jp/?eid=1141


                 地位と立場があるからこそ、力の確認作業として性的逸脱行為が必要となるのです。その必要性は、熟年男性の思慮分別など軽く吹き飛ばすほど強力なのでしょう。さらに深く考察するなら、藤掛先生がご指摘されるように「聖職」と呼ばれるような職業においては、特に理想論に走るために、二元論的発想に陥る危険があるのでしょう。真面目で熱心でいい人だからこそ、熟年期の危機に直面した時に、柔軟に対処できず、逸脱行為に走ってしまうようです。

                 この手の事件が起こるたびに、下世話な表現で恐縮ですが「下半身は別人格」のような言葉を耳にします。しかし、私は全く逆の理解をしています。恋愛行動、性的行動にこそ、その人物の人格の歪みが未成熟さや出ると考えるのです。真面目で熱心で思いやりの深く見える人物が持つ、人格の歪みや未成熟さが、逆に性的逸脱行為となって表れてくると理解しています。

                 むしろ、過剰な真面目さや熱心さや思いやりの深さが、実は、その人物の人格の歪みや未成熟さを発信源としていることすらあるのだと考えています。これは極論ですが、最も成熟しバランスのよい人格の持ち主とは、別れてもよい思い出になるような恋愛ができる人、円満な結婚生活幸せな性生活を送ることのできる人物ではないかと思うようになってきました。

                 熱心な教会生活や職業生活真面目一筋の性格強烈な使命感純粋で理想追求姿勢は、一見好ましく思えるのですが、必ずしも、その人物の成熟したバランスのよい人格を意味するわけではないと考えています。(もちろん、未熟さを意味するのではありません)この人格的成熟は信仰者としての成熟と連動しているのだろうとも感じています。このことは、私自身も50歳を過ぎてようやく分かり始めました。個人的には、40歳くらいで卒業しておけばよかったと後悔しています。


                 生徒と父兄から支持される熟年男性教師、部下や同僚の信頼が厚い熟年男性上司、信徒と同労者の尊敬を集める熟年男性牧師。そのこと自体もは、また、そこまでに至った努力も、賞賛されるべきことでしょう。しかし、それは、必ずしも当人の人格的成熟度を意味していはいませんし、逆に、逸脱のリスクの高さにもつながりかねないと思うのです。

                 それなのに、当人も周囲の者も、「真面目、熱心、思いやり」と「熟年、思慮分別」をもって、「女性問題絶対安心」と判断しがちなのが現実です。だから「まさか」「どうして」となるのです。教育現場やキリスト教会で繰り返される同様の事件を、嫌というほど耳にしてきたお互いは、そろそろ、この発想を卒業できるのではないでしょうか?積み重ねてきた残念な事例の数々から、この発想の間違を認めて、別の発想に移るべきだと思うのです。


                「真面目、熱心、思いやり」+「熟年、思慮分別」=「女性問題、絶対安心」→「祈らない、考えない、守らない

                ではなく、

                「真面目、熱心、思いやり」+「熟年、思慮分別」=「女性問題、一応心配」→「祈るし、考えるし、守る工夫するし

                へのシフトチェンジ。


                 「先生」と呼ばれる熟年男性たちが同様の逸脱から守られるために、このシフトチェンジが必要かと思うのです。今回の校長の事件を通じて、そんなことを考えてみました。今回の記事が身近にいる該当者の方を守る一助になれば感謝なことです。
                | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 21:08 | - | - | - |
                国際福音キリスト教会、民事裁判、判決内容と声明文
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                   今朝、モルデカイの会より声明文が送信されてきましたので、責任者の許可を得て、その一部をお知らせします。

                  声明文のタイトルは、「セクハラ原告らの訴え認容、被告ビュン及び被告教団に損害賠償責任、被告ビュンの名誉毀損の訴えを棄却

                   2014年5月27日、東京地裁民事第45部(山田明裁判長)は、被告卞在昌(以下、「被告ビュン」という。)、及び被告宗教法人「小牧者訓練会」(以下、「被告教団」という。)に対し、セクハラ被害者である女性原告ら4名の訴えを認め、内2名に対しては、それぞれ金330万円ずつ、内2名に対してはそれぞれ金440万円ずつ、合計金1540万円の損害賠償金の支払いを命ずる判決を言い渡しました。なお、パワハラ被害者である男性原告の訴えは、残念ながら棄却となりました。

                   一方、被告ビュン及び被告教団による、セクハラ裁判およびパワハラ裁判における原告らの被害主張はすべて虚偽でありこれらの公開等によって名誉を毀損されたとする訴えはすべて棄却されました。


                   以上が声明文冒頭の判決についてのお知らせです。この後にこれまで経緯、判決の評価、問題の本質などが記されています。声明文の全文モルデカイの会サイトのトップページに公表されています。ぜひ、全文をお読みください。

                  「モルデカイの会」
                  http://www.mordecai.jp/


                  一般のニュースでも今回の判決が報道されています。

                  MNS産経ニュース
                  「牧師のセクハラを認定1500万円賠償命令、東京地裁」
                  http://sankei.jp.msn.com/smp/affairs/news/140527/crm14052719520022-s.htm

                  スポニチ
                  http://www.sponichi.co.jp/society/news/2014/05/27/kiji/K20140527008246300.html

                  デーリー東北新聞
                  http://www.daily-tohoku.co.jp/news/shakai/20140527/2014052701002030.html

                  東京新聞
                  http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20140528/CK2014052802000153.html?ref=rank


                  紀藤正樹弁護士のブログにも本件が記されています。
                  http://kito.cocolog-nifty.com/topnews/2014/05/1500-3092.html


                  被告団体である国際福音キリスト教会側の声明文が、ネット上で公開されております。
                  「民事裁判、一審判決について」
                  http://agapechapel.net/news/512
                  | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 11:18 | - | - | - |
                  アメリカ大教会の牧師、不祥事辞任、その背景とそこからの教訓
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                     アメリカでも会衆の多さでは、10位内に入るカルバリーチャペル、フォート・ローダーデール教会の主任牧師であるボブ・コイ氏が突然の辞任。理由は二名の女性との性的罪であったとのこと。このことは4月になり、既にネット上で伝えられており、私自身は、村上密師のブログで知りました。チャック・スミス師を、最も尊敬する牧師の一人とする私は、個人的ショックもあり、記事にできないでおりました。少し冷静になったところで、正確な情報と事の本質を教えてくれるよいブログ記事に出会ったので、今回、記事にしてみました。

                     関心のある方は、まずは、こちらのブログ記事をぜひ、ご一読ください。海外の情報はどうしても、間接的になりがちなのですが、この記事は、カルバリーチャペル内部の教職ならではの正確な情報、内部の視点からの本質についての考察、また、示唆に富む内容があると思います。

                    「ロゴスミニストリーのブログ」より「カルバリーチャペルの衝撃」
                    http://www.logos-ministries.org/blog/?p=5359


                     もちろん、起こったことは、残念な牧師による性的罪です。しかし、このことの背景として「イマージング・チャーチ・ムーブメント」という超教派的流れとその主導者であるリック・ウォレン師の存在が指摘されています。「ポストモダンの時代にあっての有効な福音理解と実践」として、今後、日本にも入ってくるかもしれません。

                     私は責任もって、判断も評価もできませんが、以下のような批判的な声は、念のために知っておくことは有益かと思います。また、私自身は、決して、パーパスドリブンとリック・ウォレン師の反対者(賛同者でもなく判断保留中)ではありませんので、その点は誤解なさらないでください。

                    「パーパスドリブンとイマージングチャーチムーブメントの欺き」
                    http://moriel.jp/news/wp-content/uploads/2010/05/rick-and-emerging-jp-pdf.pdf

                     このことが、不祥事辞任の直接の原因はないでしょうが、背因の一つとして知っておくべきことだと考えています。


                     聖書に登場するリーダーの70%は、晩年に残念な状態となり、生涯を終えているとある方からお聞きしました。知人牧師からは、「列王、歴代誌を読み進む中、主にある僕たちが倒れるのは働きの前半、中盤ではなく、後半戦」「C.S.ルイス著悪魔の手紙の中には、患者(クリスチャン)を長生きさせることが何よりも重要。そうすれば背信に導くチャンスはいくらでも出てくるとの趣旨が書かれている」とのコメントをフェイスブックでいただき、深く納得です。

                     ここ10年ほどあちらこちらの教会にお招きいただき、日本でも、200人超規模の教会を導いてこられた指導者には、同じような課題や危険のあることを覚えます。とりわけ大規模教会の信徒の皆様におかれましては、そのことを覚えて、牧師のために祈り執り成していただければと切望します。それは決して「牧師を疑う失礼な行為」ではなく、「誰も免れ得ない危険から牧師を守る愛の行為」なのですから。

                     また、「働きの前進、拡大と共に神の前に自らを省みることが不可欠」との声もありますが、まさにその通りでしょう。これが、リーダーを守る最大の秘訣でしょう。信仰のリーダーにはこれによって自分を守ることは絶対です。しかし、同時に、このことは、自分ひとりのことですから、簡単にごまかせてしまうのです。ここに「孤高の指導者」ならではの落とし穴があるように思います。


                     ですから、信徒の皆さんのとりなしの祈りに加えて、「妻から叱ってもらえる健全な夫婦関係」「正直な葛藤や課題を伝えて、客観的で適切なアドバイスをいただけるメンター」「信徒の本音が聞けるフラットな交わり」「悩みを分かち合える教職者相互の交わり」などが、大規模教会の牧師を守るのです。正直でフラットで本音を語ることのできる交わりこそが、牧師を孤立と自己喪失と逸脱から守るのです。

                     しかし、皮肉なことに、教会の規模が大きくなるほど、また、晩年になればなるほど、当人も周囲もこうした正直かつフラットな交わりができなくなってしまいます。私はこのことの方を、むしろ、本当の課題のように受け止めています。当人にも周囲にも、ある力学が働いて、大規模教会の牧師を「誰からも何も言われず、自分を見失い逸脱するリーダー」にしていき、逸脱が本格化した時には、既に誰の声も聞かぬ回復困難状態に陥っているように観察しています。だからこそ、伝道者生涯の後半戦に入る前に、自分を守る交わりの形成が必要不可欠だと考えるのです。

                     
                     この残念な事件の中でも、希望が与えられたのは、事後の対処です。アメリカ在住の知人牧師からは、よい印象を受けているとお聞きしました。牧師不祥事が起こった時こそ、教会と団体の成熟度が露呈されるものです。逆に言えば、教会と教団の本当の成熟度は、牧師、同労者の重大な罪の発覚にどう応答し対処するかに現われるわけです。

                     「事実と聖書」によって判断し、愛をもって、当事者を悔い改めと回復に導けるか?「情としがらみ」によって問題の本質をあいまいにし、教会を混乱させ、当人の真の悔い改めと回復に導かない対処に終始するか?が、教会と団体の成熟度のバロメーターとなるのでしょう。

                     通常、聖書的な教職観と教会論が説かれていても、それが、現実化しているかどうかは、そこで測られます。教会が大規模になったのは、「牧師に依存的な信徒の数によるのか?」「自立し成熟した信徒に数によるのか?」も、そこで見えてしまいます。「牧師の真価は、その牧師が教会を去った後に問われる」と言われますが、「教会と団体は、牧師不祥事の時に問われる」というのも、また、真理なのでは?

                     ただ、個人的には、教会の歴史も浅く、長年、牧師性善説で何とかやってこれたために、日本の教会がこの点で未成熟であるのは、寛容な目で見るべきだと思います。その上で、この時代にその面での成熟を目指して、具体的な取り組みが望まれるのだろうと考えています。


                     コン・ヒー氏、チョウ・ヨンギ氏に続く世界的大教会の牧師不祥事は、悲しむべきことであり、反面教師として学ぶべきでしょうが、事後の教会の対応については、今回は、むしろ模範とすべきなのかもしれません。従来、あまりなかったケースと言えそうです。伝えられている該当教会の事後の姿は、闇の中に光を見る思いすらしてします。

                     
                     ボブ・コイ氏の不祥事による辞任にある背景の紹介と、自分なりに学んだ教訓を記しました。拙く失礼な記事かとは思いますが、信仰的リーダーが守られること、それを実現する教会の成熟のための一助になれば、うれしく思います。
                     
                    | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 19:47 | - | - | - |
                    「牧師のパワハラでが自死」と遺族が訴える裁判が進行中
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                       牧師の暴力による犠牲者を出してはならないと常々思っています。その暴力が、性暴力体罰言葉の暴力精神面への暴力のいずれであるにせよ、それにより人格否定をされ、著しい傷や損害を受けることがあってはならないと痛感しているのです。福音とは本来人を活かし人格を尊重し、神の似姿へとその人格を成長させるものだと考えているからです。

                       とりわけ、死者を出してはならぬという強い思いを個人的には抱いています。生きてさえいて下されば、周囲の愛と祈りと労に支えられて回復の可能性は残されています。しかし、いのちが失われては、当人への回復の道は断たれ、遺族は二重の悲しみを味わうことになります。とりかえしがつかないのです。

                       桜宮高校の件を受け、先日、宮本晴美さんにお電話申し上げまたのには、もう一つの理由がありました。実は昨年末、宮本さんから、いただいたお手紙に現在進行中のある裁判の件が記されていました。3年前に牧師のパワハラの後に自死された男性の遺族が、牧師を訴える裁判が始まっているというのです。(これは、クリスチャン新聞がこれまでの経緯と共に裁判開始を報じた宮城県内の教会の前牧師によるパワハラ問題とは別件です。誤解のありませんように)

                       いくつかお尋ねし、宮本さんからは、こうした裁判が進行中との事実をブログに掲載する許可をいただきました。また、裁判を始められたご遺族も、裁判自身については、一人でも多くの方に知っていただくことを願っておられ、詳細については裁判終了後に開示するおつもりだそうです。そこで、今回の記事となりました。

                       「信教の自由はあっても、言論の自由はないのが日本のキリスト教会」との声を時に耳にします。牧師による暴力加害の被害者が、嘆きと訴えの声を出せなくするような権力構造や宗教的メンタリティーが、日本のキリスト教会やクリスチャン個人の内面には、あるのだろうと思います。

                       もちろん、聖書が示すように教会内あるいは教団内での解決を目指すべきでしょう。でも、それが不可能な場合は、裁判という手段を聖書が禁じているとは思いません。もはや裁判しかない状況であるなら、是非とも、事実を明らかに、また、公にしていただきたく願っています。それが再発防止と日本の教会の成熟につながるからです。「そうした発信、報道は伝道のつまづき」との声を今でもお聞きします。でも、その発想は、ネット社会となりAERA報道を通過した今は、既に過去のものとなり、長い目で見て、教会が社会的信頼を失い著しい伝道困難に陥らないためにも、発信は必要かと判断しています。

                       教職の暴力による指導される側の死。それが起こる構造については、学校社会とキリスト教会は共通要素を多く持っています。日本全国の中学校と高校の数が合計1万6千で、日本の教会が8千ですから、キリスト教会の一件は、学校での2件分に相当するでしょう。さらに合理的に教師と牧師の数、生徒と信徒の数で比較すれば、キリスト教会で起きた一件は、学校での何十件分に相当します。こうした件で学校や教育委員会がよく批判の的にされますが、学校数と教会数の比率からすれば、キリスト教会の現状は、教育現場よりはるかに深刻なのではないでしょうか?

                       今回の桜宮高校の事件は、キリスト教会にその何十倍もの課題と責任を突きつけているかのように私には思えてなりません。牧師の暴力で死に至ったその命の重みやそれが意味することの重大さを、お互いは、もっと真摯に受け止めたく願います。

                       現時点では、ここまでお知らせするのが、適切かと思います。いつの日か、裁判の結果と、自死された方のご両親の声をお知らせすることができることを願っています。それも、本ブログを通じて、させていただけるせめてものことかと考えているところです。

                      〈追記〉
                       情報が不正確であるとのご指摘を受け、記事を一部書き換えました。関係者の皆様には、お詫び申し上げます。 

                      | ヤンキー牧師 | 教会不祥事&AERA報道関連 | 17:05 | - | - | - |
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