命と性の日記〜日々是命、日々是性

水谷潔が書き綴るいのちと性を中心テーマとした論説・コントなどなど。
 目指すはキリスト教界の渋谷陽一+デイブ・スペクター。サブカルチャーの視点から社会事象等を論じます。
聖書人物、理想の男性は誰?
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     独身クリスチャン女性との交わりの中で、時々 「聖書に登場する男性の中で、誰が理想のタイプか?」ということが話題になります。あるいは、自分から理想の男性像として、聖書の登場人物を挙げる方もいらっしゃいます。そこで、本日はこの件について、「誰が人気で、誰が不人気か?」と「それはなぜか?」を書いてみます。

     日本中どこでもクリスチャン独身女子から人気が高いのが、ボアズです。やはり、誠実さとリーダーシップを兼ね備えているからでしょう。婚活系クリスチャン男子の読者、ここ、ポイントですぞ。誠実さとリーダーシップを兼ね備えていると希少価値もあっていけるのでは?同様の要素を持つダニエルあたりも、人気が高いです。あとは、バルナバです。この方は「癒し系年上男性」ですね。慰めと励ましを求める女性には最適でしょう。資産家の家系でもあったようだし、それも現実派の女性にはプラス材料になるかも。

     逆にイケメンなのに、理想の男性にあがることはほぼ皆無なのがダビデやソロモン。それもそのはず、女性問題があるし、家庭人としても失格と評価されてしまうからでしょう。

     モーセなどは、リーダーシップがあるから、好まれそうなのですが、そうでもありません。きっと、既婚者のイメージが強いのでしょう。本当は柔和なのですが、どうも、厳しそうで怒りっぽいイメージが定着してしまっているからかも。

     多くの預言者たちは孤高の人のイメージで、結婚対象外のようです。エリヤやエリシャなんかと結婚したら、生活大変そうだし、いつ殺されるかわからないし。バプテスマのヨハネなどは、妻が止めるのも聞かずに、言うべきことは言ってしまい、最後は殉教してしまいます。ヨナなどはヘタレで不従順で幼児性高そうだし、論外ということでしょう。


     そして、びっくりするほど人気がないのが、12使徒たちです。リーダー格のペテロなどは、妻帯者だからなのか?どうも、数々のしくじりがまずかったのか?お調子者的性格が災いしたのか、まったくダメです。

     ヨハネは若くて独身だからいいだろうと思うのですが、これまた意外と不人気。イエス様の母マリヤの介護をしたようですから、二世代同居や嫁姑問題がネックなのか?はたまた、最後は迫害され流刑になるからなのか?


     興味深いのは、パウロです。パウロは、女性からの評価が分かれる人物です。先日の女性合宿参加の一人は、「一つのことに打ち込む男性。でも、その一方で広くものごとを見ることのできる人」と理想の男性を語りました。そこで、私が「一事に励み、広い見識の持ち主なら、パウロがいいでしょう」と尋ねると、やはりパウロが好きだとのこと。不謹慎にも私はこれを「パウロ萌え」と命名してしまいました。

     神様のために文字通り命をかけるパウロの姿に、クリスチャン女子が萌えるのは、理解できます。聖書を読みながら、「パウロのような男性と共に伝道に励みたい」とクリスチャン女子が思うのは、極めて健全だし、宣教的で立派だと思うのです。しかし、パウロには、クリスチャン女子に敬遠されてしまう要素もあるようです。「もらった手紙が長そう」「話が理屈っぽくてうざいかも」「会って話してみると実はショボイ」「ペテロを面前で非難したのはドン引き」「バルナバと決裂するよう人は結婚生活も不安」・・・。結婚生活を想像する女性たちの目には、パウロはハイリスク・ハイリターンと映るのでは?

     
     一方の男性には「聖書人物萌え」というのは、極めて少ないようです。「聖書人物で誰が理想の女性か?」など、男性の交わりで話題にした記憶がありません。「熟女好きのルツ萌え」とか「セレブ好きのエステル萌え」のクリスチャン男子など出会った試しがありません。

     聖書には、信仰的で尊敬できる女性や外見上の美女も多く登場しますが、男性の聖書読者は、まず萌えません。結婚後に醜い女の争いを繰り広げたり、キツイ女に変貌するケースも多いからなのか?これは、男性が想像力(あるいは妄想傾向?)に乏しく、聖書の物語を読んでも、映像化しないからでしょう。むしろ、物語を通じての神様が語ろうとしている真理を思索してしまうからでしょう。

     「パウロ萌え」をしている女性などは、誤解を受けて、「そんな不純な動機で聖書を読むな!」とお叱りを受けてしまうのかもしれません。もちろん、この方を含めて、クリスチャン女性たちが、少女漫画のように理想の男性像を目当てに聖書を読んでいるわけではありません。「聖書の登場人物で理想の男性は?」と問われて「そんなふうに聖書読んだことないから、急には出てこない」という女性も多いのです。

     最初から、聖書の登場人物を恋愛対象として読むなら、それは不謹慎でしょう。でも、女性たちが、映像つきのように想像力をもって聖書を読み、登場人物の心情に寄り添い共感をする中で、特定の男性に尊敬や魅力を感じるのは決して不純ではないでしょう。むしろ、信仰的に恋愛や結婚の対象を考えるのですから、バーチャルな彼氏に萌える二次元萌えや韓流ドラマを見て仮想恋愛を楽しむより、よっぽど健全かつ信仰的かと思うのですが、どうでしょう?


     とりわけ文学や人物描写や物語を読む時、同じ聖書の記述を読んでも男女では大きな違いがあるのだろうと私は考えています。きっと男性は「情報処理」「真理追求」「情緒排除」という傾向が強いのでは?それに対して女性は「映像的」「想像発展的」「情緒を含む全人的」な読み方をしているのでは?と予想するのです。

     その差異の現われは、男女の「聖書人物萌え」の有無の違いにも現れているように思うのですが、どうでしょうか?
    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 07:16 | - | - | - |
    女性合宿で婚活クリスチャン女子の模範を見る
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       今日も、日曜夜の女性合宿の話題。集会の最初には、私のリクエストで、自己紹介に際して好きな男性のタイプを言ってもらいました。これは中心的な参加者であるアラサークリスチャン女性の結婚希望の傾向を知ろうと思ったからです。お聞きしてみて、意外と少なかったのは、「リーダーシップの取れる男性」。

       これは度々、このブログで書いているように、結婚したくてもできないクリスチャン女性の最大要因の一つ。結婚前の男性のリーダーシップを望むのは、ストライクゾーンを最も狭めること。また、独身男性のリーダーシップの大半は、根拠のない過剰な自信、はったり、自己中心などと背中合わせであるように感じています。

       男性のリーダーシップは、結婚後に育てるものです。健全なリーダーシップが取れる男性は、大抵、既婚者のはず。なぜなら、結婚後に妻によって育成されたからです。結婚前からそうであったのではありません。「相手にリーダーシップを願うより、自分が結婚後に、夫に従うことを通じて、夫のリーダーシップを育成できる女性になりなさい」というのが、私のいつもの指導方針です。

       もっともリーダーシップを上げた女性が少なったのは、このブログや拙著や講演に触れているからかもしれません。あるいは、「本当の意味でのリーダーシップをとれる独身クリスチャン男性はいない」という現実認識をしっかりと持っているからでしょう。


       逆に、多くて驚いたのが、「自分が見えている人」「自己客観視できる人」「自分に対する他者からの評価が分かっている人」「万事においてバランス感覚のある人」「信仰と現実生活のバランスが取れる人」など。これには、「さすが成熟したクリスチャン女性は違うなー」と感心。

       自己客観視は、人間としての成熟度に直結しますし、バランス感覚は、現実生活を送る上で非常に大切です。彼女たちは、恋愛対象ではなく、共に人生を生き、生活を過ごし、神の恵みを分かち合う相手として、現実的な相手をちゃんと考えているのです。逆に言えば、「熱心だけど、独りよがりのクリスチャン男性」「信仰的でも自分が見えていない痛い人」「信仰が先行し過ぎて現実生活が伴わない人」は、ちゃんとスルーするわけです。幼児性を温存し、現実性に欠けた男性は見送るのですから、この選球眼はさすがです。これぞ、婚活クリスチャン女子における好球必打であります。


       集っていたアラサー女子の多くは、結婚のための実際的努力をしている方です。悩みや課題はあるのですが、それらは、前進するが故のものなのです。だから、その悩みや課題に向き合うことが、前進を促進し、結婚に向けて整えられていくことにつながるわけです。今回は、そのことを実感しました。

       具体的な努力をしている女性は「いいクリスチャン男性がいない」などと愚痴りません。そんなことしている場合ではないからです。そして、具体的努力をしていく過程で当人たちは結婚に向けて整えられていきます。神様に結婚を願ってささげる祈りも、その言葉は以前とは大きく異なります。かくして、「理想の男性は?」という質問に対しての返答も、成熟したものになるのです。

       10名の返答には、大いに教えられ、また、うれしく思いました。結婚に向けて着実に備えられ、整えられている女性たちの姿に触れたからです。きっと、来年の今頃は、参加者のうち何名かは結婚しているか、婚約中となっていることでしょう。
      | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 08:51 | - | - | - |
      婚活クリスチャン女子のための十戒(10)「あなたは脳内婚活に留まっていてはならない」
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         今日で最終回です。第十戒を入れて、全部をまとめるとこうなります。
         今日は、第10戒です。

        「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
         あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
         あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
         あなたは、80点以上を合格としてはならない。

         あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
         あなたは、快適な独身生活を送ってはならない。
         あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。
         あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない。
         あなたは、隣人の夫(のような伴侶)を欲しがってはならない。

         あなたは、結婚のための投資を惜しんではならない。

         あなたは、脳内婚活に留まっていてはならない。


         本ブログでは、具体的な行動を伴わない婚活を「脳内婚活」と呼んできました。結婚を願って祈ること、結婚について書物や先輩や指導者から学ぶこと、賢い恋愛をしてその経験を結婚に活かそうとすること、親からの精神的自立を心がけること。これらはめちゃめちゃ大切です。祈りと学び、恋愛経験と親からの自立は、結婚の準備となります。

         しかし、スポーツにたとえるなら、これらは「事前学習」、「準備体操」、「イメージトレーニング」なのです。それに対して婚活は「競技」です。祈って、学んで、備えて「待ち」でいたら、将来の伴侶が現れたり、不思議なように道が開かれて結婚というケースは、あまり多くはありません。

         それは、奥ゆかしく信仰的に見えますが、信仰には積極的な面があります。天国は激しく責めるべきですし、聖書は「求めなさい、探しなさい、叩きなさい」と命じます。直接、婚活を差しているわけではないでしょうが、こうした「積極的平和主義」ならぬ「積極的信仰主義」は、結婚に際しても必要なのでは?


         実際に一歩を踏み出さないために何も始まらず、脳内でどんどん否定的になり、失望してしまうクリスチャン女子は少なくありません。逆に一歩を踏み出すことで、ようやく現実の厳しさを実体験することがあります。お見合いをしてみて、自分が結婚したい異性は、祈り願ってきたのことは違うのでは?と再検討します。脳内婚活で「みこころの人」を祈ってきたはずが、本当の婚活の現場にいくと、通用しないこともあるのです。スポーツ同様「イメージトレーニング」通りに「競技」ができるわけではありません。

         そうした挫折や葛藤を超えた向うに、可能性が見えてくるのです。事前学習やイメージトレーニングは、大いに役立ちます。でも、実際にプールに入り、ゲレンデに行ってみないと、わからないことが多いですよね。実は婚活も同様です。「脳内婚活」はまだ、プールに入らず、ゲレンデに立っていない状態です。

         プールに入って水を飲み、ゲレンデで転ぶことなしに、水泳もスキーも上達しません。失望するような男性を紹介されたり、相手から断られて傷つき、交際し始めても結婚に至らないなどの試行錯誤を恐れていたら、婚活の実を結ぶことは不可能です。水着を買って泳げる気分になっているのでなく、着替えてプールに飛び込みましょう!スキー用具をそろえて颯爽と滑る自分をイメージしているのでなく、それをもって、ゲレンデへと出かけましょう!

         そういうわけで、牧師や先輩などに紹介を御願いするとか、出会いの場に行くとか、紹介機関に登録するとか、好ましい異性がいたらアプローチしてみる(所属団体や教会のルールや秩序を守って)とか、そういう具体的行動によって「脳内婚活」を卒業することを強くお勧めします。


         このことを福音書風にまとめてみます。

         この「脳内婚活時代」は何にたとえたらよいでしょう。プールに入らずに泳げるようになろうとしている子どもたちのようです。水着やゴーグルを購入します。洗面器に顔をつけて水への恐怖を克服します。お風呂では、頭まで潜って水中で目を開けてみます。寝る前には、布団にうつぶせで寝て、クロールのイメージトレーニングをします。この練習を積み上げた後、泳げるとの確信をもって、プールに飛び込び、おぼれかけて、周囲をあわてさせます。この時、ようやく自分がまだ泳ぐ能力のないことを自覚するのです。


         というわけで、第10戒です。
         
        「あなたは、脳内婚活に留まっていてはならない。



         「脳内婚活」については、多くの記事を書いてきました。痛い内容も少なくないですが、該当者のクリスチャン女子の皆様が、ご自分の状態を客観視して、健全な危機意識と信仰的希望をもって、具体的一歩を踏み出す助けになれば幸いです。
           



         というわけで、断続的ではありましたが、10回にもわたるシリーズにお付き合いいただき、ありがとうございました。

        | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 17:07 | - | - | - |
        婚活クリスチャン女子のための十戒(9)「あなたは結婚のための投資を惜しんではならない」
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           今日は、第9戒です。

          「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
           あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
           あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
           あなたは、80点以上を合格としてはならない。

           あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
           あなたは、快適な独身生活を送ってはならない。
           あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。
           あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない。
           あなたは、隣人の夫(のような伴侶)を欲しがってはならない。

           あなたは、結婚のための投資を惜しんではならない。

           

           結婚を願っているクリスチャン女子にクリスチャン結婚紹介所などへの登録を勧めると「お金」の話になり、登録や紹介に際しての費用が高額だから登録しないというケースが結構あります。雇用状態が不安定だったり、収入が少なく経済状況が厳しいのなら分かります。そうではなく、ちゃんとした雇用があり、親と同居をして、家賃も払わず、携帯や趣味などに月に何万も消費していながら、そう言うのです。「そもそも結婚を願う人間の経済観念や優先順位でないでしょ!」と言いたくなります。


           人生において大切な出会いの機会を与えてくれるなら、それは本来お金に変えられない程、価値のあることです。「10万や20万円程度のお金を惜しんで、どうすんの?」と思います。いわゆる結婚資金を削ってでも、投資すべきでしょう。いくら結婚資金を貯めても、相手がいなければ意味がないからです。あなたが見たいのは、残高の多い貯金通帳ですか?それとも、夫となる男性の姿ですか?


           あくまで一般論ですが、必要な費用が高額な紹介機関は、プロ意識も責任感も強い傾向はあるようです。やはりプロのシステムがあり、登録者数が多い方が、紹介はしてもらいやすいわけです。ただ、高額を支払ったのですが、契約と違いクリスチャン男性を紹介してくれない、出会いの場には高齢者や結婚生活に不安要素のある男性ばかりなどの心配な報告もいくつかお聞きしたこともありますので、入念に検討された方がよいでしょう。

           また、クリスチャンビジネスではなく、信徒の方や教会がボランティアのようにしているものもあります。交通費を除けば数千円の費用で済むような出会いの場もあります。そこで、出会い結ばれる方々もちらほらです。コストパフォーマンスは抜群です。


           婚活系クリスチャン女子に知っておいていただきたいお金に関する情報があります。それは、「結婚を願いつつも、できないでいる女性のお金の使い道ベストスリー」です。

           それは「旅行、ペット、習い事」です。

           結婚前に、この三つのために出費してはいけないとは言いません。ただ、これらの三つが、結婚に向かう意欲を阻害し、婚活の本気度を減退させる要素はあると思うのです。その点は注意した方がよいでしょう。旅行やペットは、孤独を紛らわせてしまいます。孤独に向き合い、孤独に苦しんでこそ「一人はよくない」と実感するもの。これは人を結婚へと向わせる「孤独の持つエネルギー」を低下させてしまうわけです。

           また、習い事も考えものでしょう。結婚や職業のために習い事をすることは、むしろよいこでしょう。しかし、それによって、自分が何かを成し遂げた達成感をもってしまい、それが、結婚への達成欲求を減退させるとしたら、問題でしょう。神様にあって自分が一番達成したいことの一つが、結婚でなくなってしまってはどうかと思うわけです。

           さらに、「旅行、ペット、習い事」には、結構な出費が伴います。それらに月平均何万円も消費しているながら、婚活に伴う費用を惜しむのはおかしいでしょう。そのお金を貯めれば、結婚紹介所への登録費用にはなるはずです。別の視点からすれば、格差社会が進み、慢性的不況にあっては、結婚することは、多くの場合、そうした金銭的余裕を捨てることを意味します。そうした出費を減らしていくことも、結婚する者としての自覚を高めるのではないでしょうか?もちろん、結婚したら、すっぱり放棄する決断ができていれば、問題はないのでしょうが。


           というわけで、第9戒です。

           「あなたは、結婚のための投資を惜しんではならない。

           結婚を願われる婚活系クリスチャン女性に皆様には、どうか、本気で寂しさに向き合い、結婚によってしか満たされない空白部分をしっかりと見つめ代理機能で解消することなく、また、投資を惜しまずに「聖なる婚活」に励まれますようお勧め申し上げます。
          | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 19:33 | - | - | - |
          婚活クリスチャン女子のための十戒(8)「あなたは隣人の夫(のような伴侶)を欲しがってはならない」
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             大変、長らくお待たせいたしました。ほとんど忘れかけられているかもしれませんが、シリーズ再開です。おさらいを兼ねて第7戒までを紹介しておきます。
             
             さて、それでは、第8戒です。

            「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
             あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
             あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
             あなたは、80点以上を合格としてはならない。

             あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
             あなたは、快適な独身生活を送ってはならない。
             あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。
             あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない。

             あなたは隣人の夫(のような伴侶)を欲しがってはならない。


            「あなたの隣人の夫を欲しがってはならない」ではありません。それなら、本当の十戒も命じていることです。「隣人の家を帆欲しがってはならない。すなわち隣人の妻・・・」と、他者所有の尊重の最優先は伴侶なのですから。不倫は姦淫の罪であるだけでなく、他者の所有権(汽灰蝪珪呂砲茲譴佗徂悗梁里倭蠍濬衢)を侵害する泥棒です。第十戒は、実行でなく、心で願うことを禁じています。

             本物の第十戒との違いは、「のような伴侶」です。つまり、「既婚者のクリスチャン男性を理想像としてはならない」ということです。時々、希望する伴侶の条件を尋ねると「○○さんみたいな人」と既婚者のクリスチャン男性の名前をあげる方がいます。名前をあげられた男性は、信仰がしっかりしており、リーダーシップがとれていたりします。しかもイケメンだったり、社会的地位もあったり、高収入だったりします。でも、一番のポイントは、愛妻家で家庭を大切にしているように見えることです。

             実際の既婚者クリスチャン男性を理想像とする気持ちはよくわかります。また、そうしたモデルとなるクリスチャン男性が身近にいることは、素晴らしい恵みでしょう。でも、気を付けましょう。既婚者のクリスチャン男性を理想像として、そのような男性を求めていくと、残念な結果を生み出すことが多いのです。今日は具体的に二つの残念な結果を記してみます。


             一つ目は、「結婚した後、大きく失望する」という結果です。なぜ、こうしたことが起こるのでしょうか?それは、理想としていた「○○さん」について美しすぎる誤解をしていたからです。極度の美化と過大評価をしていたからです。つまり、「あなたが理想像としている〇○さんは、あなたが思っているような、夫、父親ではない」ということです。


             聖書はそのことを記していると思います。三つの実例を示します。

             まずはイサクです。彼は祝福の家系、信仰のサラブレッドです。今で言えば、牧師一族の何代目か長老や中心的役員の息子さんで優等生タイプのクリスチャン男性に相当するでしょう。新婚時代のイサクを見れば、理想の伴侶に見えたことでしょう。しかし、神様との個人的関係においては模範的であったイサクも、家庭内の人間関係においては、最低でした。

             ご存知のように、食い意地から、わが子を偏愛し、妻に呆れられ、家庭内離婚状態に陥り、二人の息子の人格を著しく歪め、神様が祝福したくてもできない状況にまで至らせました。橋本真也がプロレス界の「破壊王」なら、イサクは、信仰界の「家庭破壊王」です。

             次の例は、ハンナの夫、エルカナです。不妊に悩み、食事ものどを通らぬ妻ハンナを責めるどころか、「お前は10人の息子以上」と語りかけるエルカナは愛妻家優しい夫に見えます。このエルカナを見たら、独身女性は、「自分を責めない優しい夫」として理想にしてしまうかも。

             だけど、私はハンナの心情にたって、こう推測するのです。きっとハンナにとっては、自分の悲しみを理解し、受け止めようとしない、心に寄り添うことをせず、正論ばかりの「イラッと夫」だったのでは?と。「妻への愛情は本物だけど、妻の心に寄り添えず、正論ばかりでイラッとする夫」。これは、現代でも、真面目なクリスチャン男性が陥りがちな失敗なのでは?

             三人目は祭司エリです。「信仰面でリードしてくれる男性」を願うクリスチャン女子は多いです。きっと、外から見れば、祭司エリはそんな女性たちの目には理想像と映ったことでしょう。しかし、現実は、先日の記事「和歌山小5刺殺事件容疑者は、現代版「祭司エリの息子」なのか? 」でふれた通りです。エリは当時は、最高の信仰リーダーでした。しかし、彼は息子には、盲目甘すぎたようです。「神を知らない」レベルの息子たちに、聖なる祭司の働きをさせました。

             そればかりか、神の御前での盗みと姦淫の罪を知りながら、適切な戒めをしませんでした。懲戒免職どころか悔い改めに導こうともせず、神様の怒りを燃え立たせ、つには息子を死に至らしめてしまいます。息子の死の責任は、父であるエリにもあると私は思います。「対外的には最高の祭司、家庭内ではダメおやじ」。これがエリが現実です。


             信仰のサラブレッドであるイサク、優しい愛妻家エルカナ、信仰のリーダー祭司エリ、この三人を合わせて三で割ったら「信仰がしっかりしていて、優しくて、信仰面でリードしてくれる最高の伴侶」のように思えます。しかし、結婚してみると、家庭を破壊し、妻をイラッとさせ、子どもをダメにしかねないのです。

             「信仰的で、優しくて、信仰面でリードしてくれる男性」を求める気持ちは当然でしょう。でも、既婚者クリスチャン男性である「○○さん」は、そう見えるのですが、現実はそうではないことが多いのです。少なくとも、そう見えるほどそうではないのです。ですから、今日、既婚者であるイサク、エルカナ、祭司エリを外から見て、「あんな男性が理想」と考えて、同じタイプの男性を求めて、結婚したりしないことです。期待との落差が大きすぎて、結婚後の失望がヤバいレベルになりかねません。


             二つ目は、結婚前に「○○さん」のような男性は、まずいないということです。理想的に思える夫になったのは、結婚後の夫婦の努力によることが多いのです。とりわけ、理想的な既婚者クリスチャン男性の背後には、そのように育てた賢い妻がいるものです。ですから私は「○○さんのような人」というクリスチャン女性には、「今の○○さんに育てた奥様のような賢い女性に、あなたがなることですね。」と意地悪なアドバイスをします。

             そうです。結婚前には、「○○さんの卵のような男性」はいますが、「○○さんのような男性」はまず、いません。「○○さんの卵のような男性」と結婚しても、あなたが、「○○さんの奥様のよう」でなければ、「○○さんのように」はならないでしょう。つまり「○○さんのような人」は、結婚前にいるのではなく、結婚後に育てられるのです。

             そういうわけで「誰と結婚するか?」は大切ですが、それ以上に決定的なのは、「結婚後に夫が成長するような夫婦関係を築き上げるかどうか?」です。もっと、厳しいことを言えば、結婚式の誓約通り、夫を愛し、夫に従い、夫を慰め、励まし、夫を成長さる妻となるのか?誓約を破棄したかのように、夫を軽蔑し、ダメ出しと否定を繰り返し、委縮させ、夫の成長を阻害する妻となるかどうか?です。

             どうか、婚活系クリスチャン女子の皆様におかれましては、できれば、学生時代から、自分は男性を伸ばすタイプか、潰すタイプかを自己チェックして下さい。後者のタイプのままで、結婚をされますと、誰と結婚しても不満に満ちた結婚生活になるものと予想されます。ですから、高校生以降は、教会の男女の交わりの中で、女性たちが、男性を育てて活かすように心がけることは、将来自分が、幸せな妻となることにつながっていくと思うのです。


            再度、第8戒です。

             あなたは隣人の夫(のような伴侶)を欲しがってはならない。

             特定の既婚者クリスチャン男性を、「理想の伴侶」として、心に思い描いている皆様におかれましては、どうか、本当に理想なのかどうか?を検討されますように。また、そうした男性は結婚後に育てられることを、理解していただき、まず、自分が結婚後に夫を育てる妻となることを願い、今の男女の交わりの中で、その練習をされますようお勧めします。
            | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 12:06 | - | - | - |
            婚活クリスチャン女子のための十戒(7)「あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない」
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               このシリーズも後半に入ってきました。今日は七つ目です。 第七戒はこれです!

              「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
               あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
               あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
               あなたは、80点以上を合格としてはならない。

               あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
               あなたは、快適な独身生活を送ってはならない。
               あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。
               
              あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない。」



               時々、30歳前後の独身クリスチャン女性からこういうお話しをお聞きしたり、相談を受けたりします。相談者はこうおっしゃいます。

              「結婚しないのか?」「結婚はどうするの?」と親はうるさいし、周囲は心配して言って下さるけど、自分には「やりたいこと」があるので、今のところ、結婚する気はないというのです。

               では、「一生結婚しないのか?」と尋ねると「いつかはしたい」と答えます。さらに「では、そのいつかはいつなのか?」と質問すると「やりたいことを実現できてから」とか「やりたいことの目途がついたら」などの答えが返ってきます。さらに「では、その時、その年齢で結婚できると思いますか?」と意地悪な問い掛けをすると「難しいと思う」「無理なのは覚悟している」と答えたりします。「生涯、結婚しない結果になっても、そのやりたいことをしたいのか?」との問いには「そうだ」と返答する女性も少なくありません。ダメ押しで、覚悟のほどを確かめようと思い、「妊娠出産できないで一生を終わってもよいか?」と迫っても、「それでもよい」とおっしゃいます。

               しかし、お話しを聞いていると、どうも心配になってきます。その「したいこと」がそこまでのこととは思えないのです。そこで、「この点は、はっきりしておかないと人生全体が不正解になりかねない」と思い、超本質的な質問を投げかけます。

              「それって、自分がしたいことなの?それとも、神様があなたにして欲しいと願っていることなの?」

               大抵の女性は、まず、黙り込みます。何も言わずに泣き出す女性もいます。正直に「わからない・・・」とつぶやくケースも少なくありません。後者だと明言する女性は、まずいません。後者である女性は、話をお聞きしていたらわかるので、私もこんな質問をする必要はないのです。

               
               「神様が自分して欲しいと願っておられること、それは神様からの使命だから、結婚を先送りにしても、最優先にすべきことかもしれませんね。でも、自分がしたいことなら、どうでしょう?神様はあなたにそのことでなく、結婚をして欲しいと願っておられたら、そのみこころに従うべきではないかな?」

               「自分のしたいことをして、それを神様が応援するのが信仰生涯ではないよね?神様が自分にして欲しいことをして、神様がそれを応援したり、神様自身が成し遂げて下さるのが、信仰生涯だよね」

               「そこんとこ、どう、考えてるの?」

               傷つけないように、また、反論できるように優しく尋ねるのですが、まず、反論してきません。ある意味、反論の余地を与えない残酷すぎる正論なのでしょう。あるいは、「牧師の正論に反論しても無駄、どうせ対話にならない」と諦められているのでしょうか?どうも、「結婚」や「したいこと」より前に、向き合うべき根本的課題がクリアできていないように思うのです。

               
               結婚願望がない方だけでなく、結婚を願うクリスチャン女性にも同様のケースを見かけます。「自分にはしたいことがあり、それを理解・応援してくれる男性」あるいは「それを共有して共に実現する男性」と結婚したいとおっしゃる方です。もちろん、それが、「神様が自分にして欲しいと願っている使命」であるなら、模範的な結婚観とも言えるでしょう。しかし、逆にそれが単に「自分がしたいこと」だけなら、逆に結婚観としては論外だと私は思います。


               クリスチャンは「自分のしたいことをするため」に生きているのではありません。

               「神様が自分にして欲しいと願っておられることをするため」に生かされているのです。

               クリスチャンの人生の目的は、「おこころ(自分の意志)の実現」ではありません。

               「みこころ(神の意志)の実現」であるはずです。

               いわば、「自己実現」ではなく、「神実現」であります。

               そして、結婚について、確認したいのです。

               結婚相手は、あなたの自己実現のアシスタントではありません。共にみこころに従い、神様の恵みを分かち合い生きるパートナーであります。


               さらに付け加えますと、結婚から逃げたい思いから、責任ある人生からの逃避から、あるいは、結婚を願ってうまくいかず傷つくことの予防線として、「どうしてもしたいこと」を作り上げて、それを口実として、結婚から逃げている事例を時々お見受けします。つまり「今したくない」「今は考えずに済ませたい」「とりあえず先送りしたい」「親と周囲の干渉をやめさせたい」との思いを実現するための格好の口実として「仮想・どうしてもしたいこと」を作るのです。そうして結婚に向けて歩まない自分のあり方を周囲に対して正当化することができるわけです。

               そうせざるを得ない事情や心情は理解して差し上げたいのですが、そのままでは、結婚の問題だけでは済まなくなってしまいます。そうです。結婚から逃げていることが本当の問題ではないのです。そうした姿勢によって、クリスチャンでありながら「一女性として神の前に責任ある誠実な生き方を失ってしまうこと」が大問題だと私は感じています。


               結婚に際して「自分にはしたいことがある」と口にするクリスチャン女性には四つのパターンがあるように観察しています。

              一つ目は、それがまさに神様からの使命であり、結婚を先送りにしたり、より低い優先順位にすることが、正しい場合です。

              二つ目は、その思いと言葉によって、神様からの結婚への召しに耳を閉ざしてしまっているケースです。

              三つ目は、その思いと言葉が、自己実現のための結婚との結婚観を示しており、伴侶候補の範囲を不当に狭めているパターンです。

              四つ目は、仮想としてそれを作り上げ公言することで、結婚に向き合うことなく、責任ある生き方から逃避するという残念なあり方です。


               二つ目から四つ目に該当する女性には、今日の第七戒をお授けします。

              「あなたは、自分のやりたいことを握っていてはならない」

               どうか、「自分のやりたいこと」が、「神様が自分にして欲しいと願っていることかどうか?」をしっかりと神様の前に自問された上で、ご自分の結婚問題を考えられますよう切に願います。
              | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 17:16 | - | - | - |
              婚活クリスチャン女子のための十戒(6)「あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない」
              0
                 今日は六つ目の戒めを授けると致しましょう。第六戒はこれです!

                「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
                 あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
                 あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
                 あなたは、80点以上を合格としてはならない。

                 あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
                 あなたは快適な独身生活を送ってはならない。
                 あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。



                 以前の記事で、「30過ぎたら、2年でごめん」のお勧めをしました。これは、某レンジごはんのCM、「玄関開けたら二分でごはん、玄関開けたら二分でごはん」のパロディーであります。その意味は、30を過ぎて、特定の男性と交際中なら、二年を期限としましょうとのお勧めです。二年の交際を継続して、結婚の決断ができないなら、別れましょうとの提案であります。

                 こうした過激かつ強引な提案をするのは、30歳を過ぎて、特定の男性と3年から5年以上の交際を続けて、結婚に至らずに終わり、その時点で35歳前後となり、次のチャンスが得られず大苦戦を強いられている事例を多く見てきたからです。

                 この記事を書いてから、1年経ちまして、思っていることは、「30過ぎたら」では、遅すぎるということです。今思っていることは、結婚を希望するなら、結婚が見えてこない交際は長期継続しないのが賢明だということです。仮に数字をあげるとしたら「25過ぎたらかな?」と思います。多くの女性は25歳あたりから、男性を中身で評価するようになります。また、賢明な女性なら、好みや損得や条件よりも、現実に一生を共に生きる相手としてふさわしい異性を願うに至ります。

                 そうなれば、もう、「恋愛のための交際」ではありません。ましてや寂しさを紛らわせたり、自己価値確認をするための恋愛などすべきではないでしょう。「結婚に直結する交際あるのみ」です。そのためには、結婚が見えてこない交際については、ある程度の期間で見切りをつけて、長期継続しないことを強くお勧めします。


                 そうした趣旨で、以前の記事を少し書き換えて、再度、掲載します。「結婚が見えない交際」それは、大きく二つのパターンに分かれます。

                 一つ目は、男性が未信者の場合です。未信者の彼氏がいて、彼を信仰に導いて結婚しようと願います。未信者のままで、結婚する気はありません。場合によっては、彼が救われなければ、結婚自体御心でないと考えたり、神様の前に、救われなければ結婚しないと約束して、救いを祈り願っていることがあります。私はそうした真実なあり方は大絶賛したいです。

                 しかし、困った事は、いつまで待つかの期限がないのです。「彼はいつか救われる」と信じて祈るのですが、当然神様はあらかじめ期限を指定しません。そして、彼が救われないまま、5年以上も交際を続けているクリスチャン女性も少なくありません。その忍耐と愛、信仰姿勢はアッパレです。しかも、、最終的に彼が救われなければ、年齢的に次のチャンスが厳しくなることも、自覚しているのです。そのリスクを背負い、葛藤の中で、長年祈り続けているのですから、それを否定するつもりはありません。

                 ただ、現実に、最終的に救われず別れて、30歳を過ぎていると、そこからの婚活スタートは、やはり不利であるとの現実認識だけは、持っていただきたいと願うのです。多くの男性にとって、結婚に際して異性としての魅力を感じるのは、20代の後半でしょう。この年齢は、結婚にふさわしい人格的、信仰的成熟に至っており、なおかつ外見上の衰えに向かっていないからです。

                 その意味でも、彼氏が、二年以内に、求道生活を始めて、信仰決心するかどうかを、一つの目処とするのはどうかと思うのです。男性側も交際して、すぐ求道を始めて2年以内で、一旦、信じるかどうかの決断をしていくのも、大切な彼女の人生を無駄にしない男のけじめかとも思います。


                 さらに考えなければ、ならないことがあります。それは、「別れた後に引きずること」です。長年未信者の彼氏を導こうとして、最終的に別れた場合、すぐに次の恋愛や紹介、お見合いなどに挑めるかと言えば、心情的には厳しいでしょう。また、心情的に引きずったままで、交際やお見合いなどをすることは、神様に対しても相手に対しても誠実とは言えません。それは慎むべきでしょう。

                 そうなると、別れてから、次のチャンスまで、また1,2年を要します。たとえば、3年の交際後に別れて、2年が経過すれば5年となります。20代後半から30歳をまたいだ5年間を、結婚に向けて前進することなく過ごしてしまうるわけです。これが、婚活女子にとって、かなり致命的であることは、ご理解いただけると思います。

                 こうした考察やお勧めがを人間的で、不信仰と思われるなら、仕方ありません。確かに、神の時を人間がコントロールする小ざかしい知恵なのかもしれません。人の救いについて期間を切って考えることは、確かに不信仰と言われても仕方がありません。しかし、このパターンで、彼氏が救われることなく、空白の婚活期間を過ごし、後悔したり、自分が信仰的にしてきたことを疑問視しているクリスチャン女性をあまりに多く見てきたので、こうしたある意味不信仰なおススメをしているわけです。


                 二つ目は、相手男性がクリスチャンの場合です。女性が25歳を過ぎていれば、クリスチャンであれば、結婚を前提としての考えての交際であるのが、当然でしょう。しかし、それが当然でない男性クリスチャンも時に存在します。未信者男性のように、結婚する気や、相手女性への責任感がなく、恋愛自体を楽しむために、彼女が欲しいだけの恋愛をするクリスチャン男性がいます。そのような男性である事が判明したら、とっとと別れましょう!未練は不要です。結婚しても、ロクな夫にはなりませんから。自分から捨てることをお勧めします。

                 また、結婚を考えながらも、自信がなく、決断を先延ばしするクリスチャン男性もいます。「自分のやりたいこと」や「夢」のために結婚は約束できないとしながらも、交際は続ける男性がいます。いつまでもだらだら延ばして、25を過ぎた女性に対して結婚の約束もせず3年も4年にもなる男性には、とっとと見切りをつけることをお勧めします。

                 むしろ、「自信がない」、「経済基盤がまだ」と言いつつも、「結婚をしたいから、自分は変わる!どんな仕事でもする!」と決断をするような男性の方がよいでしょう。愛ゆえのがむしゃらさや努力、決意できる男性は、結婚後も、妻のために自分を変え続け、成長すると予想できるからです。

                 就職や転職などの関係で、4,5年後の結婚の目処があるなら、いいのです。そうでなく、見通しのないまま、決断を先送りにする男性はやめましょう。大抵は、「優しいだけで責任感と決断力のない男性」です。彼氏にしておくには、悪くないですが、共に人生を送るパートナーとしては避けた方がよいと思います。


                 では、なぜ、2年かと言えば、それが恋愛感情の賞味期限だからです。恋愛感情や性的興奮にともなって分泌される脳内物質があります。それが、ドキドキやときめきを生み出すそうです。しかし、その分泌は時間と共に減少し、通常、2年から3年で枯渇します。この強烈な恋愛感情や性的興奮を、「神様が与えられた結婚への起爆剤」だと私は勝手に考えています。

                 この仮説が正しいとすれば、その恋愛が結婚至るかどうかは、二年で目処がつくはずです。特にクリスチャンの彼女を持つ未信者男性が、二年程度の恋愛期間に求道や信仰決心をしないで、その後にするだろうか?と、同じ男性として思ってしまいます。男性の場合、彼女への強い思いが、求道の大きなモチベーションになるからです。実際に、未信者の彼氏が信仰決心するのは、2,3年以内がほとんどのように観察しています。女性が25歳以上でなおかつ結婚を意識して交際を始めて3年以降に彼氏が救われたという事例は、私は、ほとんど記憶にありません。きっと統計をとれば、多分、私の暴論も一定の信頼は得られると予想しています。

                 「彼を諦めきれない」、「諦めることは、信仰的でない」との葛藤は当然でしょう。ただ、彼氏への執着心や自己感情などから、冷静さを失い、自分の人生に対しての責任ある展望をせずに、突き進むことは、必ずしも信仰的とはいえないでしょう。

                「玄関開けたら、二分でごはん」

                交際始めたら、2年でごめん


                 女性が25歳を過ぎていたら、2年程度で、信仰決心や結婚の約束だろうと私は思います。


                六つ目の戒めはこれです。

                 あなたは、結婚が見えない交際を長期継続してはならない。


                 かなり、強引で過激な提案とは、自覚しておりますが、多くの残念な事例に触れてきた者として、余計なお世話であります。婚活クリスチャン女子の皆様は一度、ご検討を。
                | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 19:45 | - | - | - |
                婚活クリスチャン女子のための十戒(5)「あなたは快適な独身生活を送ってはならない」
                0
                   今日から再開します。さっそく、五つつ目の戒めを授けましょう。第五戒はこれです!

                  「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
                   あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
                   あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない。
                   あなたは、80点以上を合格としてはならない。

                   あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない。
                   あなたは快適な独身生活を送ってはならない」

                   この戒めについては、以前の記事で何度か書いているので、今日はその中の二つの過去記事を結合させてお伝えします。

                   一つ目のポイントは「孤独」の問題です。「圏外孤独」という四文字熟語をご存知でしょうか?これは、創作四文字熟語で、優秀賞受賞となった、現代を象徴する四文字熟語であります。携帯電話の普及と共に、現代の若者は孤独を実感しづらくなったように思います。正確に言えば、孤独な自分に気がつきにくくなったと言うべきでしょうか。あるいは、孤独をごまかしやすくなってしまったと考える方が適切なのかもしれません。

                   実際は自分の深い真情や思いを分かち合う友も、異性もいないのに、ケイタイでの絆に一定の安心をしてしまうわけです。そこでの、表現的な情報交換のつながりを、人間の深い絆の代理にしてしまい、深い孤独に陥らずに済むわけです。一人暮らしの家に帰り、カップヌードルを食して、孤独を痛感し、結婚を切望するという時代は、既に大方、終わっているのでしょう。

                   そうです。ケイタイはある意味、究極の「孤独軽減器具」であります。もちろん、軽減であって根本的解消ではないのです。そこで、ケイタイ世代は、孤独である自分の現実を痛感せずに、暮していけるので、晩婚化、非婚化が進んでいるのはないかとさえ、考えてしまいます。「ケイタイ普及、晩婚・非婚化促進説」という仮説などは、意外と当たっているのでは?


                   神様は創世記2章の時代と同じく、独身男女をご覧になり、その多くについてはきっと「人がひとりでいるのはよくない」と評価しておられることでしょう。責任が軽く、自由で快適な独身生活に「自分はひとりでいるのがよい」と自己評価しておられても、神様は、創世記2章の「人がひとりでいるのはよくない」とのご評価かも。

                   独身者の皆さんは自分の視点からの自己評価でなく、神様の視点から独身のご自分を評価してみてはどうでしょう?時にはケイタイやPC使用をやめて、孤独と向き合ってみてはどうでしょう?

                   私は思います。孤独とは逃げたり、ごまかしたりするものではなく、向き合うものであると。そして、その孤独に向き合うときに、神様が自分に「ひとりでいるのはよくない」とお考えかどうかも、分かってくるのでは?その意味で、ケイタイ世代に必要なのは、自らを「圏外孤独」に置き、孤独とまた、神様と向き合うことでしょう。
                   

                   二つ目のポイントとしては、「自由になるお金と時間」です。これはリアルに結婚の大きな妨げとなります。よく「結婚するのは得か損か?」という議論を読んだり、聞いたりします。何でも男性たちが結婚に際して一番損だと思うのは「自由になるお金が減ること」だそうです。一方の女性は「自由になる時間が減ること」なのだとか。

                   どうも、結婚生活において、「男は金を失い、女は時間を失う」ということのようです。それは、その通りでしょう。だからと言って「損だから結婚したくない」「損をするシステムだから結婚先延ばし」「快適な独身生活を可能な限り続けたい」という発想は、結婚願望や性欲が快適さに勝る肉食系世代の私には、ちょっと共感できません。

                  「結婚なんて損得でするもんじゃないだろー!」
                  相手のために損しても構わないと思うほど、人を好きなれよー!」
                  「相手のために金と時間を与えることが、リアルな結婚生活なんだよ!」
                  「結婚の本質は自分を相手に与えることだ!相手からもらおうと思っていること自体、お子ちゃまなんだよ!」

                   などと、肉食系おじさんは、さばき心満載で叫びたくなってしまうのであります。いかんともしがたい世代間格差でもあります。でも、冷静に考えてみれば、「与えることの喜び」「他者のために生きる人生の豊かさ」を教えもせず、見せても来なかった親や大人たちの責任の方が大きいように思えてなりません。損得優先で結婚に消極的な世代はそうした前の世代の犠牲者なのでしょう。そんな暖かい理解なしに、さばいてはいけないなーと反省であります。

                   ある本で読んだのですが、何でも「結婚」を意味するヘブル語は「献身」という意味なのだとか。まさに、「自分の自由になるお金と時間を相手に与えて減らす」などは、結婚=献身の具体的現われなのであります。性生活も、お互いの体をむさぼりあうことでなく、お互いの体を与え合うことです。相手の体を利用して自らの性的満足を得ることでなく、相手の性的満足のために、自らの体を与えることです。

                   結婚生活の現実は、常に自分を相手に与えることの連続です。だから、自己中心で罪深い私たちは、結婚で苦労をするのです。しかし、同時に、結婚を通じて、自らの自己中心を嫌でも見せ付けられ、与える恵みや他者のための人生が訓練され、成長させていただけるのでしょう。

                   結婚とはこういうものなのですから、結婚準備として大切なのは、「自己管理能力」です。結婚前に一定の自己管理能力を身に着けておくことが、結婚後の良好な夫婦関係につながります。なぜなら、愛する相手に喜んで与えられる人になるためには、その前に、自分のものは、ちゃんと自分で管理できる人になるべきだからです。つまり「与える前の自己管理」ということです。逆に言えば「あんた、自分のものもろくに管理できないのに、結婚してから相手のために与えていけるの?」ということであります。


                   というわけで、五つ目の戒めです。

                  あなたは快適な独身生活を送ってはならない」

                   結婚に召されているなら、神様はその女性をご覧になり「人がひとりでいるのはよくない」とご判断されることでしょう。それなのに、「自分はひとりがいい」と思っていては、結婚へのモチベーションは下がり、本気モードの婚活には入れませんぞ。

                   孤独を避けたりごまかしたりする生活はやめましょう。また、独身の快適さが孤独感を上回るような生活形態は避けましょう。親と同居している方は、可能なら、ひとり住まいをして、親離れと自己責任を徹底して、一人暮らしで孤独に向き合いましょう。

                   具体策としては、親と暮すなら、食費や家賃を親に支払って、独身の快適さを自ら放棄することをおすすめします。パラサイトシングルは、ある時期まではよいですが、結婚を考えたら、やめるべきだと私は思います。それは親への依存心を維持させ、孤独を和らげてしまい、本気になって結婚に向かうエネルギーを奪い去りますから。
                  | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 21:58 | - | - | - |
                  婚活クリスチャン女子のための十戒(4)「あなたは、『いい人がいない』と言ってはならない」
                  0
                     では、四つ目の戒めを授けましょう。第四戒はこれです!

                    「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
                     あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
                     あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない
                     あなたは、80点以上を合格としてはならない

                     あなたは、『いい人がいないと言ってはならない

                     この戒めについては、以前の記事で何度か書いているので、今日はその中の二つの過去記事を合体させてお伝えします。

                     何年か前、某牧師よりこんな記事をご紹介いただきました。これは、専門家による極めて現実的かつ厳しいアドバイスです。

                     結婚相談員が明かす「結婚できない女」五つの特徴
                    http://getnews.jp/archives/286858


                     この記事中にこういうフレーズがあります。

                    「いい人がいない」という言葉で自ら結婚を遠のけているのです。

                     経験上、「いい人がいない」を連発する女性のほとんどは、「いい女」になる努力をしていません。クリスチャン女性として成長し、結婚のために具体的努力をしている女性は、まず、この言葉を言いません。いいえ、言わなくなるのです。「なかなか出会いがなくて」とは言います。「導きがわからなくて」との言葉は出ます。でも、「いい人がいない」はその口から出ません。

                     「いい人がいない」を連発するクリスチャン女性は、周囲からどう評価されるでしょうか?身近なクリスチャン女性は、共感はしてくれるでしょうが、知り合いの男性クリスチャンを紹介しようとは思わないようです。「出会いがない」と「いい人がいない」は似ていますが、同性の友人に与える印象は雲泥の差なのかもしれません。

                     「いい人がいない」を連発するクリスチャン女性の結婚のお手伝いを、多分、牧師や先輩クリスチャンはしたがらないでしょう。私なら絶対にしません。なぜなら、私が「いい人」と思うクリスチャン男性を紹介しても、多分「やっぱりいい人がいない」という結果が予想できるからです。「いい人がいない」を連発するクリスチャン女性は、「自分にとってのいい人」に執着しており、「神様が自分に備えてくださるいい人」ではないからです。もし、後者の意味での「いい人」なら「いない」などと、人間が簡単に断定できませんから。

                     周囲のクリスチャン男性からも、「いい人がいない」を連発する女性は、敬遠されます。「結婚してからも不満の発言の多い妻になる」と予想されてしまうからです。さらには、その言葉を、寂しそうにポツリと言えば、共感もできるのですが、不満感情を込めて言われてしまうと、はとんどの男性はかなり悪い印象を抱くだろうと予想します。結婚適齢期の男性は、その女性を対象からはずすでしょうし、自分の友人である男性クリスチャンを紹介しようとは思わないでしょう。

                     残念ながら、「いい人がない」という言葉で、自ら結婚を遠のけているクリスチャン女性は少なくないようにお見受けします。「結婚対象にできるようなクリスチャン男性が少ない」というのは、多分、残念な事実なのでしょう。しかし、その事実認識と「いい人がいない」発言は別物です。正しい事実認識は大切ですが、それと戦わずして敗北宣言をしているかのような「いい人いない」になっていたら残念です。

                     「いい人」とは、誰にとってのいい人なのか?どういう人を「いい人」と思っているのか?一度、自問してみてはどうでしょう?そして、「いい人がいない」を誰かに対して、発言するその意図は何でしょう?これも自問してはどうでしょう?さらに、その発言が他者に与える影響が、好ましいものかどうか?考えてみてはどうでしょう?

                     「いい人がいない」を連発している女性は、いつの間にか自らを「婚活系自滅女子」としている可能性がありますぞ。自らを「選ばれない女」とし、自ら結婚を遠ざけているからです。婚活クリスチャン女子の皆様におかれましては、この地雷踏みまくり記事を通して、意識や言動の変革をされ、自滅に向うことのなきよう切に願うばかりであります。そう、願うのです。与謝野晶子のごとく・・・。

                    君、婚活系自滅女子となるなかれ


                     もう、一つです。以前、「20代に使ってはいけない100の言葉」という書物を見つけました。いわば20代のNGワードなのでしょうが、そこにあったのがこの言葉。

                    「周囲にいい男(女)がいない」

                     著者によれば、イケテル人は大抵、既にイケテル異性と付き合っているもの。そして、イケテナイ者たちが群れて「イケテル異性がいない」と愚痴るのが、世の常だとのこと。そういう群れに入ってしまうと、群れから離れて単独行動で、イケテル異性のために戦うのが大変になるのだとか。

                     著者は痛い質問を読者に発しています。

                     それは「いい異性がいたなら、その人を振り向かせることができる自分なのか」という趣旨のもの。

                     どうも、「振り向かせる自分かどうかを問わない人」、「振り向かせられない自分の現実に向き合えない人」、「振り向かせる自分になる努力をしない人」がこのNGワードの使用頻度が高いようです。

                     「お金がないからできない」という人は、大抵お金があってもできません。「時間がないからできない」という人も多くの場合は時間があっても、大した事はできない人です。そうです。「〇〇がないから××できない」という人の現実は「〇〇があっても××できない人」や「××できないことを〇〇のないせいにして正当化している人」であることが多いのです。そういう世界から、信仰的希望を与えられて、解放されたはずのクリスチャン女性が、そこに留まっていてはなりません。


                     しかし、残念なことに、キリスト教会の中でも同様の現象があるようです。「教会にいい男性がいない」とか「いいクリスチャン男性がいない」と言うクリスチャン女性に、「誰かに伴侶紹介お願いしたことある?」「クリスチャンの結婚紹介所に登録は?」と尋ねると九割が、そうした努力を一度もしていないと返答します。「紹介してもらったけど・・・・」「登録はしたけど・・・」と返答するのは1割です。このNGワードを発するクリスチャン女性たちの多くは、愚痴る群れに所属して、単独行動で必要な努力しないというパターンに陥っているのでは?と心配です。

                     同著の著者は、今日からの意識変革を勧めます。それは、今日から自分がイケテル人になる努力をしようというもの。イケテル人にはイケテル異性が磁石のように集まってくるそうです。教会の中でもそうした実例をどれだけみてきたか分かりません。

                     NGワードを捨てて、共に人生を歩みたいと異性が思うような自分に成長すること、必要な自己変革の努力をすること、前進を妨げるプライドを捨てて、本気で祈り具体的努力をすること!

                     結婚を願うクリスチャン女性が使ってはならないNGワード

                    それは「教会にいい男性がいない」とか「いいクリスチャン男性がいない」であります。


                    というわけで、四つ目の戒めです。
                    「あなたは、『いい人がいないと言ってはならない」

                     これを、発し続けている限りは、いよいよ出会いが遠のきます。地雷踏み覚悟の今日の記事でありますが、婚活系クリスチャン女子の皆様!悪いことは言いません。まずは、素直になられて、今日からこのNGワードを使わない決心をされることをお勧めします。それが第一歩かと思いますよ。
                     

                     余計なお世話とは思いますが、過去にはこんな記事もありますので、ご参考に。

                    見つけよう、いい男(1)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=633

                    見つけよう、いい男(2)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=635

                    見つけよう、いい男(3)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=637

                    見つけよう、いい男(4)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=640

                    見つけよう、いい男(5)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=641

                    見つけよう、いい男(6)
                    http://blog.kiyoshimizutani.com/?eid=643
                    | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 16:31 | - | - | - |
                    婚活クリスチャン女子のための十戒(3)「あなたは、80点以上を合格としてはならない」
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                       本日は三回目。三つ目の戒めはこれ!


                      「わたしは、あなたを世の婚活、将来の空しい結婚生活から連れ出した、あなたの神、主である。
                       あなたには、わたしの導きほかに、赤い糸があってはならない。
                       あなたには、わたしの時のほかに、時があってはならない
                       あなたは、80点以上を合格としてはならない



                       婚活クリスチャン女子の皆様には、様々な理想や希望があることでしょう。どうしても譲れない条件やこだわりもあるでしょう。では、それらをどの程度満たせば、結婚対象として考えられるのでしょうか?よくお見受けするパターンは以下のようなものです。

                       20代後半80点が合格ライン。ハードルが現実的でないのですが、信仰でそれにチャレンジします。でも「みこころの人」が「おこころ基準の80点」に至っていない場合が多いのでしょうか?20代の内は結構、出会いもチャンスもあるのですが、80点に満たない相手ばかりなので、結婚に踏み切りません。「いざとなったら、欲が出てしまった」と正直に告白するクリスチャン女性もいたりします。

                       30代に入っても、まだ、強気です。自分がおかれている厳しい状況への認識不足なのかもしれません。80点の合格ラインを譲りません。そこそこのチャンスがあるのですが、誰一人、80点をクリアできず、結婚の決断をしません。

                       30代も半ばが近づき、さすがにヤバいと気づいたのか、ようやく60点に合格ラインを下げます。ところが、この時点になると、60点以上の男性がいなかったり、いたとしても、そうした男性から自分が選んでもらえなくなることも。

                       30代の半ばを超えて、ついに40点まで下げるのですが、それでも対象者不在という厳しすぎる現実が待っていたりします。


                       このパターンに入るタイプの代表は、プライドの高い女性です。よきサマリヤ人の譬えのきっかけとなった律法学者が「私の隣人とは誰のことですか?」と自分中心発想で隣人を取捨選択したように、肉的プライド系婚活女子は「誰が自分にふさわしいでしょうか?」と自分中心発想で相手を取捨選択するのです。自分が相手からも評価され選ばれるという相手視点に欠けているのです。

                       つまり、「御心の人」「神様の導き」と口では言うものの、周囲から評価されて、自分の満足度が高い男性を望んでいるのです。結局「自分のおこころ>神のみこころ」、「世間の評価と自己満足度>神様の導き」なのです。このまちがった優先順位がいつまでも逆転しないことが、結婚を遠ざけてしまうわけです。後者が前者を上回らない限り、光は見えてきません。


                       そういう姿勢は、成熟した既婚者クリスチャンには、まるわかりです。周囲の既婚者クリスチャンから「理想ばっかり」とか「贅沢言っててもねー」とか「わがままなんじゃない」とかよく言われる方は気を付けて下さい。親を除いた3人以上の既婚者からそう言われた人は、大抵、当たっていますからね。自覚しましょう。

                       ですから、「自分が採点者、相手は評価される側」「自分の理想と条件に8割合致したら」という発想は、捨てるべきだと思います。「理想とはかけ離れているけど、なぜか好きになれそう」とか、「祈ってきたのと違うけど、不思議に導きを感じる」などの男性は、十分に結婚相手として検討すべきでしょう。特に、理想とは違うけど、クリスチャンとして信頼、尊敬できる男性は、積極的に考えた方が、将来、後悔せずに済むと思いますよ。

                       何度も申し上げますが、誰と結婚するかは大切ですが、結婚してからどうするか?は、それよりはるかに大切です。イサクとリベカのように100点の相手に出会って、結婚後に0点になることもあるのです。むしろ、50点か60点でOKにして、結婚してからお互いが成長して、100点を目指そうではありませんか!


                       ついでにもう一つ付け加えておきます。これを必須条件にすると伴侶候補が限りなくゼロに近くなる条件があります。それは「私をリードしてくれる男性」「リーダーシップの取れる男性」という条件です。この条件を固持すると、結婚の可能性ははるかかなたへと遠のきます。この条件については、妥協した方が、賢明です。

                       なぜなら、現在の日本の社会において結婚前にリーダーシップのある男性は、ほとんどいないからです。あるように見えるのは誤解で、単に強引でわがままなだけだったりします。仮にいたとしても、日本のキリスト教会では該当者の多くがが20代で結婚してしまいます。どうしてもという方は、裏ワザ?で国際結婚するしかないかも。(安易に国際結婚は勧めませんが・・・)

                       夫のリーダーシップは結婚前に備えられているものでなく、結婚後に育てられるものです。リーダーシップのとれる男性を探すより、自分が結婚後に夫のリーダーシップを育てる妻になる方が、はるかに近道です。この割り切りがないと、泣ける程、結婚対象者がいなくなります。特に「私をリードしてくれるクリスチャン男性と願っているしっかり者のクリスチャン女性」は、結婚できそうでできない典型ですので、お気を付けください。


                       そのあたりのことは本ブログの以下の記事をご参照下さい。

                      「男性のリーダーシップの欠如=結婚対象外」発想は聖書的か?(1)

                      「男性のリーダーシップの欠如=結婚対象外」発想は聖書的か?(2)

                      「男性のリーダーシップの欠如=結婚対象外」発想は聖書的か?(3)

                      「男性のリーダーシップの欠如=結婚対象外」発想は聖書的か?(4)

                      妻から夫への信頼と夫から妻への責任感

                      黙らずオレについて来い?!(1)

                      黙らずオレについて来い?!(2)

                      黙らずオレについて来い?!(3)


                       今日は、よきサマリヤ人の譬え風にしめましょう。

                       80点以上を合格としている婚活クリスチャン女子が、自分の正しさを示そうとしてイエスに言った。「では、私にふさわしい人ですか?」

                       イエスは答えて言われた。「ある婚活クリスチャン女子が、自宅から教会へ上る道を歩いていた。

                       たまたま、茶髪でロン毛のチャラ男系賛美奉仕者がその道を下ってきた。「一緒に賛美しない?」と誘われたが、彼を見ると彼女は道の反対側を歩いて去っていった。

                       同じように、瓶底メガネをかけて一生けん命聖書を読んでいるみ言葉オタク男子が、その道を下ってきた。「一緒に聖書読まない?」と声をかけてきたが、彼女はガン無視して、教会へと向かって行った。

                       さらに、教会で奉仕を終えた、いい人だけど恋愛対象には無理タイプのクリスチャン男子が、その道を下ってきた。「一緒に、教会で奉仕しませんか?」と話しかけてきたが、彼女はチラ見しただけで、すれ違って行った。」

                       イエスは尋ねられた。「この三人の中で誰がこの女性にふさわしい男性だと思いますか?」

                       80点合格ライン女子は言った。「一人もいないと思います。つきましては、私にふさわしい人は誰でしょう?」

                       するとイエスは言われた「あなたが結婚にふさわしい人になりなさい


                       
                       重ねて第三戒です。

                       「あなたは、80点以上を合格としてはならない

                       100点の相手を目指して祈り労してきた婚活系女子には、めちゃめちゃむかつく暴論かと思いますが、そこは一つ寛容な心で受け止めていただき、冷静になってから、一度、ご検討いただければ幸いです。
                      | ヤンキー牧師 | 婚活と伴侶選択のために | 14:24 | - | - | - |
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